昨年の東京国際映画祭に出品され、一部のファンから熱烈な支持を得た『超強台風』という作品がある。ハリウッド映画や邦画では、一大ジャンルとして確立している感もあるディザスタームービー(災害映画)だが、中国映画・香港映画では、ほとんど前例がなかった。「この映画は中国初の本格的なディザスタームービー(災害映画)である」と宣言するフォン・シャオニン監督の言葉から、知られざる中国映画のVFX事情に迫った。

『超強台風』を監督したフォン・シャオニン

時代を感じさせる特撮で新鮮な映像を創出

『超強台風』では、題名通りに超巨大な勢力を誇る台風が中国本土に発生して、甚大な被害を巻き起こす。映画では、この台風に翻弄される市民や自治体の姿が、ミニチュアワークを駆使したスペクタクル映像で描かれる。

『超強台風』のVFXは昨今のハリウッド映画や邦画の「VFX」とは明らかに違う。特撮がまだ「VFX」ではなく「SFX」と呼ばれていた頃を彷彿とさせる手作業の丁寧なミニチュアワークを大胆に使い、本作の災害シーンを描いた。このミニチュアワークに関して、本作のシャオニン監督は「これまでの中国映画にはないようなスケールの大きな特撮だと思います。ミニチュアワークも、CG合成も、とにかくこれまでの中国映画では実現できなかった世界レベルの映像を目指しました」と語った。

ディザスタームービーなどでよく見られる、「陸地に襲い来る高波」というシーン。実寸サイズの巨大なセットを組んで人工的に高波を起して、スタジオ撮影する。もしくは、フルCGで高波と陸地を描いてしまう。最近の映画では、これらの手法が多用されている。ところが、『超強台風』では、縮小された港や船、陸地などのセットを作り、撮影。そこに別撮影した人間を合成するという昔ながらの手法を多用している。この手法、古臭く感じられる部分もあるが、日本人にはとても身近なものだ。そう、『ゴジラ』や『ウルトラマン』のような往年の特撮作品で、日本人はこういったミニチュアワークに、欧米人以上に慣れ親しんでいるのだ。フルCGの映像を見慣れた最近の人々には意外かもしれないが、特撮ファンの間では、未だミニチュアワークへの偏愛は根強い。PCを駆使し「実景に近い風景をフルCGで描く」という行為より、「撮影カメラの前に実景に近い風景をミニチュアワークで作り出す」という一見古臭い行為こそが「特撮映像の醍醐味」であると感じている人は少なくないのだ。

高波に襲われる漁船。精巧なミニチュアで成立したシーンだ

陸地まで押し寄せる濁流。逃げる人以外全てミニチュアです

実寸サイズの豪華な巨大セットや、フルCG映像を見慣れている目にとって、このような丁寧なミニチュアと実写を合成した映像は新鮮に映る。また、オープン環境で撮影された手作りのミニチュアの船、車、湾岸の町並みといったものの質感が、3DCGで描かれたそれよりも、映像としてある意味リアルに感じられる瞬間が確かにある。この点に関してシャオニン監督は「この映画の特撮映像の全てをCGで描くほどの予算や設備は、現在の中国映画界にはありません。しかし、多くのクリエイターの努力と工夫によって、このリアルな映像を作り出すことが出来ました。クリエイターたちは3DCGを描くよりも、膨大な時間を費やして、ミニチュアを作りました」と語った。

映画特撮において、ハリウッドでも日本映画でも、1980年代まで主流だったミニチュアワークや特殊メイク、それに生身のスタントなどは、確実に活躍の機会をCGに奪われている。手描きのマットペインティングとミニチュアで創造されていた別世界。ストップモーションアニメで動く未知のクリーチャー。命がけのカーアクション。特殊メイクで変容する人体描写。これらは、ほとんど3DフルCGで代用可能となった。そんな時代だからこそ、この『超強台風』の膨大なミニチュアワークは貴重なのではないだろうか? 膨大な予算や最先端技術だけではなく、情熱が迫力ある映像を生み出す可能性もあるということが、この作品から実感できる。

残念ながら現時点では『超強台風』の日本公開は未定で、DVD化も決定していない。しかし、現在の洋邦の特撮映画ではめったに観ることのできなくなった、緻密ながらもどこか懐かしい手触りのミニチュアワークが、より多くの観客の目に触れる日が来るよう、期待したい。

水圧で陸地に打ち上げられた船。大迫力のディザスターシーン

撮影:岩松喜平