徳島県勝浦郡上勝町といえば、"葉っぱビジネス"で全国的に知られる自治体だ。山中で集めた葉を料理に添える"つまもの"として高級料亭に卸す「いろどり事業」。ICT(※)とは無縁そうな高齢者たちが、パソコンを駆使した市場動向チェックやインターネット販売を手がけ、年間2億6千万円を売り上げた。同様の効果を他の事業にももたらそうと、上勝町とマイクロソフトがICTを活用した地域振興に関する覚書を交わしてから1年。両者の取り組みは、順調な経過を見せているようだ。

※ICT=Information and Communication Technology

11月7日、徳島市で「地域ICT未来フェスタ2008 in とくしま」が開催され、サテライト会場となった上勝町から、マイクロソフトとの1年間の取り組みの経過報告や今後の展開に関する発表が行なわれた。ICT活用をアピールする同町ならではのスタイルとしてネット会議システムを利用。Microsoft Office Live Meetingを使い、マイクロソフト東京オフィスのメディアに向けてメッセージが伝えられた。

徳島県・上勝町の会場とマイクロソフト東京オフィスをつないで発表。Office Live Meetingの画面に映っているのは横石知二 いろどり代表取締役

笠松和市 上勝町長はマイクロソフト東京オフィスで同町の取り組みについて説明した

会場から発表を行なった横石知二氏は、"葉っぱビジネス"を展開するいろどり(第三セクター)の代表取締役であり、今年2月に設立された「上勝町ICT戦略検討委員会」の委員長でもある。同氏が「思っていた以上に成果があった」と話すように、この1年間で、ネット会議の実用化による経費削減、農家の情報システム導入増、ブログ等での情報発信による転入者増といった効果があったという。

ネット会議で経費を大幅節減

上勝町のような町では、都市部で開かれる会議への出席経費が大きな負担となる。これをOffice Live Meetingの導入で改善した。映像や音声を使ったコミュニケーションに加え、Microsoft PowerPointなどの資料も会議者間でインターネット共有できるため、よほどの必要性がない限り、多くの会議がネット会議で済む。横石氏によると、いろどりが導入したネット会議システムを役場や町内の企業が積極的に利用したことで、4カ月間で交通費約72万円を節減。人件費などを含めるとそれ以上の効果が上がっていると話す。

上勝町とマイクロソフトの取り組み成果

ブログの情報発信が移住のきっかけに

興味深いのは、転入者の増加という効果があった点。上勝町の人口は約2,000人。過疎化と少子高齢化(高齢化率49%)という問題を抱え、新たな定住者確保が課題となっている。そんな同町への2007年10月以降の転入者は、1年間でIターン13名、Uターン5名の計18名。前年同期間の2.25倍で、転入者の平均年齢は28歳と若い。

移住の決め手は"ブログ"だった。今年2月からマイクロソフトと共同で住民向けのICT勉強会を開き、おもにブログを使った情報発信についてレクチャーしてきた。現在は、住民や団体によって15件のブログが開設され、インターネット上で上勝町の情報を発信し続けている。同町は元々、いろどり事業で知名度があったが、町の様子を伝えるブログが移住を考える人たちの後押しになったようだ。インフラ面の問題がない点もポイントだろう。上勝町は総務省のモデル事業として2005年に光ファイバ網を設置、同町で事業を手がけるために必要となるICT活用基盤は整備済みだ。住環境面でも転入者の受け入れ体制を整えており、行政主導で「今年から来年にかけて18戸の住宅整備」(笠松町長)を予定しているという。

また、ブログの開設は、運営者間での情報共有や交流をもたらし、さらには移住者にとっても地域にとけ込む手段になっている。「移住してきた人はどんな人?」。そんな疑問も、その人のブログを読めばわかる――というわけだ。

情報システムを導入する農家が倍増

農家向け情報システムの普及も進んだ。従来はいろどり事業で使っていたものだが、他の農家も導入を進め、2007年10月の58件から2008年10月には122件の農家で利用されるようになった。このシステムでは、自分の販売実績や売れ筋商品を簡単にチェックでき、情報に基づいた在庫管理などが可能になる。「情報がすごく大事だということを皆が認識できるようになってきて」(横石氏)、ビジネスの効率化についての意識が芽生え、各農家の売り上げも急増したという。上勝町では本システム普及のため、高齢者でもパソコンを扱いやすいように専用の入力装置やブラウザも開発している。

いずれは医療・福祉・教育にもICT利活用

上勝町では今後、2009年3月までに「上勝ICT戦略3カ年計画」を策定し、住民生活や企業経営でのさらなるICT活用を目指す。たとえば、従来の勉強会に加え、ビジネス向けPC講座や65歳以上の高齢者世帯を対象としたパソコン活用の啓発セミナーを実施。また、経営アドバイザーとして業務経験が豊富なICTリーダーを任命(2008年12月1日に5名任命予定)、同様の人材育成にも着手する。農業や観光などの分野で情報を発信していくための産業情報プロジェクトチームを結成し、商品開発やマーケティング活動に当たる。このほか、2009年3月をめどに、上勝町の各情報サイトをつなぐポータルサイトを公開。ネット会議を利用した高齢者安否確認システムや生活相談のインフラの構築といった計画も盛り込んでいくという。

「上勝ICT戦略3カ年計画」の概要

計画は上勝町ICT戦略検討委員会を通じて、平成21年度から3年にわたって進められる。マイクロソフトはアドバイザーとして参画し、技術支援、勉強会のコンテンツ提供や講師を派遣。「持続的、自律的に(ICT啓発)活動が行なわれていくように支援」(マイクロソフト 業務執行役員 CTO 加治佐俊一氏)していく。

横石氏は、「情報が上勝町にとってもっとも大事なツールになることは間違いない」と力説する。"葉っぱビジネス"の成功にも見るとおり、情報をもとにした「理解し、気づき、行動する」(同氏)という流れが、地方町村の活性化につながっていく。上勝町では、そのサイクルを最大限に効率化する手段としてICTの利活用に取り組む。3カ年計画の目標は「より多くの住民がICTによって生活が豊かになったことが実感できること」。笠松町長からはこの日、いずれは産業分野だけでなく、医療や福祉、教育の分野でもICTを積極的に導入していく構想についても語られた。