内なる自分=アルターエゴを作り出す
"課長本"、そして"戦略本"で一躍ベストセラー作家となった酒井穣氏による第三弾は意外にも英語本だった。酒井氏はオランダへ転職しベンチャー企業を創業されている方だ。課長本、戦略本でも常に新しい視点を盛り込むことを信条にされているので今回の英語本も期待しつつ読んでみた。
「学生時代、英語の成績は下から数えたほうが早かった」という酒井氏。現在はオランダで毎日、英語でビジネスを行っている |
よくある話だが、ふだんは使わない英語を仕事で使うことになり、うまく話せなかった経験から、もっと英語を勉強しなければ! と思う人は多い。これは「内発的モチベーション」というのだが、酒井さんはこれこそ英語学習に必要なものだという。"You can lead a horse to water, but you cannot make it drink."とも言われるように、自分にやる気がなければ外から強制的にやらせようとしても無駄なのだ。英語学習以外にも通じる話である。
普段から英語を使う状況にある人ならば、英語にまつわる日々の失敗を元に、英語がもっとうまくなりたいというモチベーションも上がるだろう。しかし日本人英語学習者の多くは、普段は英語を使う環境にないが、いつか来るその日のために今から準備しておきたいと思っている人たちである。そのような人にも内発的モチベーションを持続させるのがヒトリゴト学習法だ。
ヒトリゴト学習法とは、自分の頭の中に英語脳を作ると言い換えてもよいかもしれない。英語脳とは日本語を介さずに英語で考えることである。皆さんは英語を読んだり書いたりはできるが、しゃべるのは難しいと感じていないだろうか。これは読み書きは時間の制限がない場合が多いので日本語を介した翻訳が行えるが、しゃべる場合には脳の働きからして日本語を介していては間に合わないからだ。本書では英語脳のことを「アルターエゴ」と呼んでいる。
酒井氏はアルターエゴを作ることこそが英語学習の真の目的であるという。このあたりなにやら難しくなってくるのだが、英語を話す自分と日本語を話す自分は違う人格となるという仮説があり、それをアルターエゴ(もう一人の私)という。英語が話せるようになると、自分の頭の中にもう一人の自分が生まれ、二人が内なる対話を行えるようになるのだ。英語を話すと海外に目が向いて世界が広がるというが、内なる世界も同時に広がる。この仮説により英語学習の目的を英語でビジネスをしたいなどといった実利目的から、自分の精神の成長にまで広げることができる。
1日10単語、めざせ3カ月!
話をヒトリゴトに戻す。要は日本語を介さずに英語で考えるようになることが本書の目的であり、ヒトリゴト学習法がその手段だ。中学英語が理解できる人なら誰でも始められるメソッドである。やり方はこうだ。ちょっとした空き時間に何か簡単な英単語(pen / deskなど)について自分で声に出して(出さなくてもよい)英語で説明してみる。次に英英辞典でその定義を確認し、その定義を3回読んでみる……ということを1日10回、3カ月間行う。この訓練では自分がいかに話せないか、そして英英辞典にはなんと洗練された定義が書かれてあるか、そのギャップを感じることにより海外旅行で英語が通じなかった悔しさに似た感情を起こさせることが目的だ。これが内発的モチベーションとなるのだ。3カ月もこれが続けば基本語彙の1,000語はマスターできるという。マスターといっても日本語の意味を覚えるということではなく、英語を英語で説明できるようになるという一段高いレベルでの理解である。
3カ月も続きそうにない? そのために日々の記録をつけるというレコーデョングダイエットばりの仕組みも紹介されている。1,000語あれば最低限のビジネス英語はこなせるようになるという。なにかやる気が出てくるではないか。まずはトイレに行く時に英単語を一つ考えながら定義を頭の中で言ってみてはどうだろうか?
ただし、ヒトリゴト学習法はラクラク英語学習法の類ではないことははっきり言っておきたい。ヒトリゴト学習法をしてもしなくても誰にもバレないし、強制力はない。ただ、ヒトリゴト学習法を始める第一歩さえうまく踏み出せれば、毎日の記録をつけることにより継続はできるかもしれない。英語学習はいかに継続する仕組みを作るかが鍵だ。ヒトリゴト学習法を少し続けてみて、その楽しさを実感できるようならば、あなたに合った学習法ということだ。
さらにレベルの高いヒトリゴト学習法として、トヨタの改善活動で使われている「なぜなぜ5回」を取り上げている。なぜなぜ5回とは課題の根本原因を追究するために。Why? - Becauseを5回繰り返すというものである。これを頭の中で英語で行うという訓練だ。これはさすがに難易度が高い。このレベルまでくると、頭の中の思考を日本語から英語に切り替えることが必要であり、まさにアルターエゴの世界だ。「なぜなぜ5回」を英語と日本語で2回行い、人格の違いを比較するという高度なことも行える。いつの日かこのレベルに達したいものである。
英会話ヒトリゴト学習法
酒井穣 著
PHP研究所
2008年10月17日発売
四六判/195ページ
ISBN978-4-569-70346-6
定価: 1,365円(本体: 1,300円)