間もなく夏期休暇。まとまった休みを目前に控え、余った時間を知識に変えるための良書をお探しのエンジニアも少なくないだろう。本誌では、そうしたエンジニアの要望に応えるべく、数回にわたり、各分野のエキスパートが薦める書籍を紹介していく。

今回は、要求開発アライアンスの理事長を務める山岸耕二氏に、上流工程向けの実用書を取り上げてもらった。打ち合わせの主導権を握るための技術書から、夏バテ中でもスラスラ読める経理本まで、幅広く紹介しているので、上流工程担当者に限らず、すべてのエンジニアに参考になるはずだ。

山岸耕二

豆蔵 代表取締役社長。50社以上のユーザ企業/システム開発関連企業から成る業界団体「要求開発アライアンス」の理事長を務め、要求開発方法論「Openthology」の策定にも大きく貢献した。共著書に『要求開発』(発行: 日経BP社)、訳書に『適応型ソフトウエア開発』(発行: 翔泳社)などがある。隔月刊誌『ITアーキテクト』(発行: IDGジャパン)では連載「上流工程を極める!」を執筆中。

『ソフトウェア開発のすべて』

『ソフトウェア開発のすべて - 構造化手法からオブジェクト指向まで』(著者: Mint[経営情報研究会]、発行: 日本実業出版社)

「ソフトウェア開発の全体像がコンパクトにまとまっているにもかかわらず、ある程度の深さまで掘り下げて解説されているのは珍しい」――山岸氏がこのように表現する書籍が『ソフトウェア開発のすべて』である。

同書が発行されたのは2000年7月。それから8年経った今でも重版が行われている名著だ。内容は、開発方法論や見積もり手法、モデリング、分析/設計手法、テスト、オブジェクト指向、フレームワークなど多岐にわたり、2000年当時の最新トピックスであるWebプログラミングまでを一通り網羅している。にもかかわらず、「広く浅くという印象は受けず、プログラミングやテストなど特定分野で修練を積んできたエンジニアが視野を広げるのに最適」(山岸氏)と評価した。

また、山岸氏は、同書をエンジニアに限らず、ソフトウェア企業の営業担当者にも薦めたいという。「最近のソフトウェア企業は、製品ではなく、"ソリューション"を売るケースが多い。そのためには、顧客とある程度込み入った話をすることが求められる。それを円滑に進めるための知識がこの一冊でまかなえる」(山岸氏)。

氏は、「今の私があるのはこの書籍のおかげ……とは言い過ぎかもしれないが、お世話になったのは間違いない(笑)」と付け加えた。

『人事屋が書いた経理の本』

『人事屋が書いた経理の本 - MGから生まれた戦略会計マニュアル』(著者: 協和醗酵工業 、発行: ソーテック社)

次は、山岸氏が「スラスラ読めるので、夏バテ中のエンジニアでも大丈夫」と微笑みながら紹介した1冊である。

上流工程を担当するには、当然のことながら、技術知識だけでなく業務知識が必要である。では、その業務知識を養うためにはどのように学習を進めればよいのか。山岸氏は「経理や会計から手をつけるべき」と答える。

「ソフトウェアエンジニアは技術を使ってビジネス価値を生み出す職種。ビジネスの根幹である経理の知識はベースとして身に付けておく必要がある」(山岸氏)。

とは言え、エンジニアにとって経理の実務経験を積む機会はほとんどない。そんな状況で専門書を読んでも、身にならないのは明らかである。そこで、山岸氏が薦めるのが、『人事屋が書いた経理の本』だ。

同書は、サブタイトルにもあるとおり、MG(Management Game)と呼ばれる経営戦略ゲームを通じて得た経理知識を綴ったものである。用語や数式の解説に終始するのではなく、「経験で得た理屈を説明している」(山岸氏)点が特徴。執筆者が人事担当者ということで、素人が迷うポイントもおさえられており、「経理の心を体得できる」(山岸氏)という。

また、大きな挿絵が多用されている点も同書の特徴のひとつだ。おかげで、経理の書籍であるにもかかわらず、堅苦しい雰囲気はない。「実はこの本は1978年に出版されたもので、私の手元にあるのは142刷。超ロングセラーの一因として、そうした読みやすさも挙げられるのでは」(山岸氏)。まさに夏バテ中でも"肥やし"になる1冊のようだ。

『ソフトウェア開発に役立つマインドマップ』、
『仕事に役立つマインドマップ』

『ソフトウェア開発に役立つマインドマップ - チームからアイデアを引き出す図解・発想法』(著者: 平鍋健児、発行: 日経BP社)

マインドマップは、山岸氏にとって「上流工程を進めるうえで不可欠なツール」だという。

「顧客は、ソフトウェアの骨格にかかわる大きな話から、作業者レベルの細かい話まで、同じ調子で説明してくることが多い。それをマインドマップを使って構造化すると、話した内容が吸収されていることを実感するようで、顧客に認めてもらえる。話の展開を整理しながら、それまで作成したマインドマップの構造を劇的に変えたときなどは、相手は神業を見せられた感覚に陥るらしく、その後の主導権を間違いなく握れる(笑)」

ご存知のとおり、マインドマップは、情報整理と発想に役立つノート術である。「UMLなどを使ったモデリングに比べると柔軟性とスピード感に優れる。議事録などの記録はもちろん、情報を整理しながら創作を進めるのにも適した技法。時間管理や就職活動においても重宝するはず」(山岸氏)

『仕事に役立つマインドマップ - 眠っている脳が目覚めるレッスン』(著者: Tony Buzan、翻訳: 近田 美季子、発行: ダイヤモンド社)

こうしたマインドマップを使いこなすうえで参考になるのが、『ソフトウェア開発に役立つマインドマップ』と、『仕事に役立つマインドマップ』の2冊である。

ソフトウェアエンジニアであれば「『ソフトウェア開発に役立つマインドマップ』から入るほうが馴染みやすい」という。また、マインドマップ考案者が著した『仕事に役立つマインドマップ』を読めば、より幅広い活用法を学ぶことができる。難しい技術ではないので、夏期休暇に学ぶテーマとしては適していると言えるだろう。

山岸氏は、「ディベートの実習で相談された高校生の娘にも、マインドマップによる情報整理術を披露したら尊敬された(笑)」というエピソードを披露したうえで、「"ベタ"を"メタ"に引き上げる手段として有用なので、皆さん身に付けたほうがよい」と習得を勧めた。

『ユースケース実践ガイド』

『ユースケース実践ガイド - 効果的なユースケースの書き方(OOP Foundations)』(著者: Alistair Cockburn、翻訳: ウルシステムズ、発行: 翔泳社)

要求開発アライアンス 理事長を務め、要件定義工程におけるスペシャリストとして知られる山岸氏が、同工程を円滑に進めるポイントの1つとして挙げるのがゴールを意識することだ。

「要求開発では最終的に、システム要件として受け入れられるRFP(Request for Proposal)を作成しなければならない。ここまで話してきたような経理知識や情報整理術も重要だが、要求開発を進めるうえではやはり、RFPにおいて何をどのレベルまで書くべきかを知っておかなければならない」(山岸氏)

どんなに優れた分析ができても、ゴールが見えていなければ良い結果は残せない。そのゴールを学ぶうえで有用な書籍が『ユースケース実践ガイド』だ。

「翻訳者に名を連ねる私が言うのも恐縮だが、初版の発行から7年が経った今でも十分通用する良書。ユースケースだけでここまで書いた本はあまりないので、参考になるはず」

多くの執筆/翻訳経験を持つ氏が、最も興味深く製作作業を進められ、かつ身になったのが同書だという。上流工程の足固めをしたい人にはぜひお薦めしたい。