マイクロソフトは7月23日から27日の間、障害を持つ学生を対象にした、進学、就労支援プログラム「DO-IT Japan」を開催した。
同プログラムは、任意団体のDO-IT Japanと東京大学先端科学技術研究センターが主催し、マイクロソフトが共催。2007年の開始から今回で2回目の開催となる。書類選考によって選ばれた全国の障害を持つ高校生と高卒者が参加。5日間のプログラムを通じて、ITを活用して障害を克服し、将来の進学や就労につなげるのが狙いだ。
"世界中のすべての人々とビジネスの可能性を最大限に引き出すための支援をすること"というビジョンを掲げるマイクロソフトでは、古くからアクセシビリティに対する取り組みに積極的だ。報道関係者向けの説明会に出席したマイクロソフト最高技術責任者の加治佐俊一氏によると、その歴史は1988年のMS-DOS時代に遡る。その後、1995年のWindows 95の発売により、OSはそれまでのコマンド入力からGUIに進化した。しかし、一般に使いやすくなったとされるユーザーインタフェースも、障害者にとっては必ずしも便利なものとは限らない。そこでマイクロソフトでは、ユーザー補助機能を搭載し、その後もバージョンアップごとに機能を追加している。しかし、一方で「技術だけでは効果は表れない」と加治佐は話し、今回のようなマテリアルやイベント、セミナーを通した啓蒙活動を積極的に展開する意義を説明した。
同プログラムは、米国のワシントン大学が1993年から毎年実施しているプログラムに由来する。東京大学先端科学技術研究センター教授の中邑賢龍氏によると、米国では障害を持つ大学生が約200万人在籍するのに対し、日本では全体の0.17%にあたる約5,000人と、極端に少ない。中邑氏は「海外では障害を持つ学生に対する合理的な配慮を提供することによって試験をクリアできるようになっている」と話す。
一方、日本では、試験時間の延長などの対応をとる場合が多いが、こうした配慮は休憩時間が削られ、かえって疲れるといった声も多いという。そこで今回のプログラムは、障害を克服しながら勉強を続け、進学や就労するために必要なものを物理的、心理的側面から体感することを目的としている。そのひとつとしてITの活用にも焦点が当てられる。中邑氏は「大学は自分の勉強したい学科や専攻があるかどうかで決めるもの。障害者に配慮がされているからという理由で大学選びをするのは止めてほしい」と、今回のプログラムの参加者たちに叱咤激励の言葉を浴びせた。
また、1歳半から全盲の障害を持ち、マイクロソフト技術統括室で勤務する細田和也氏が「障害のある方と支援機器としてのIT」と題して講演。1998年にマイクロソフトに入社し、アクセシビリティを担当する細田氏は「視覚障害者も画面読み上げソフトを使うことによって、マウスポインタの位置やどのメニューが選択されているかなど、パソコンをふつうに使うことができる。しかし、最近は動画やFlashが埋め込まれたウェブページなど技術がどんどん進化して、支援技術も大変になってきている」と自らの経験や苦悩が明かされた。
今回のプログラムには、肢体障害者をはじめ、発達障害や記憶障害など認知系の障害を持つ学生12名が参加。"障害とIT活用"をテーマにした、最先端技術に携わる研究者の講演をはじめ、実習や企業訪問など盛りだくさんの内容となった。中でも興味深かったのは、マイクロソフトの「Microsoft Office Visio」をマインドマップツールとして活用して、思考を整理する講座だ。認知障害と呼ばれる障害は、知能自体に問題はないが、日常生活において一部の記憶に支障があったり、物事を瞬時に整理して判断する能力が欠如していたりする場合がある。それをマインドマップで視覚的に整理し、思考を支援するための実習が行われた。参加者からは「物事を関連づけて覚えることが苦手。これを使えば考えを一点にまとめて方向づけて考えるのに便利だ」といった感想が聞かれた。
一方、肢体に障害のある学生向けには、Windows標準で搭載されているユーザビリティー機能や、外部の周辺機器やソフトウェアを利用して、それぞれの障害に応じてPCを操作する講座が開かれた。頚椎損傷で手足と呼吸に障害のある参加者は、光を反射して動きを読み取る赤外線シールにより、顎の動きでマウス操作や文字入力を行う方法を体験。ほかにも、Windows標準の設定の変更で、片手だけで効率よく文字が入力できる方法などが紹介された。
「コンピュータを使えることが社会参加の大きなつながりになり、力になる」と、話すのは、マイクロソフトの細田氏。実際、同社には開発部署を中心に障害者の社員が多く働いているという。加治佐氏は「ふつうの現場でもまだまだITを活用しきれていないのに、障害者にはもっとハードルが高い」としながらも、社会に大きな価値をもたらす同社の取り組みに自信を見せる。また、中邑氏は「先例をつくることが重要」と、プログラムの意義を改めて強調した。