「ナノインプリント」は、ハンコを押すように、テンプレートを基板に押し当てることでナノオーダの微細加工を実現する技術だ。近年、この技術をLSIやメモリなどの半導体製造に応用し、回路線幅の微細化と低コスト化を同時に実現しようとする試みが進められている。

現在量産されている半導体製品の回路線幅は、最も細いもので40から45nm。次世代プロセスとなる30nm台のパターン形成は、従来の半導体露光装置を使い、回路パターンを2回に分けて転写する「ダブルパターニング方式」を取り入れることにより実現できる見込みだ。しかし、さらに微細な20nm以下の回路線幅の描画には、従来の露光方式に原理的な限界があるとされ、次世代回路形成技術の確立が急がれている。また、半導体製品の微細化への技術要求が高まる一方、メモリ製品に代表される半導体製品の価格は下落の一途をたどっており、製造装置価格や製造原価の低減も大きな課題となっている。

そこで注目されるのが、微細化と低コスト化を同時に実現できる「ナノインプリント」技術だ。米Molecular Imprints(MII)が開発したナノインプリント装置は、装置価格が従来の露光装置よりも安価でありながら、18nmの回路線幅のパターニングに成功している。研究段階の数値ではあるが、線幅10nm台は驚異的な数値といえよう。

ナノインプリント技術を用いた回路パターン描画の方法は、レジストを塗布したウェハ基板上に、透明なテンプレートを押し付け、UV光を照射することでレジストパターンを形成する。テンプレート板を外した後は、従来工程と同様にエッチングを行い、ウェハ上に回路パターンを形成する。こうして、テンプレートに描かれた回路パターンが、ちょうどハンコを押す要領でウェハ上に原寸大で転写される。

MIIのナノインプリント技術

従来の露光装置ではフォトマスクに描かれた回路パターンをレンズで縮小してウェハ上に転写する。このレンズ関連の設備が高価で装置価格を引き上げていたが、ナノインプリントでは縮小用のレンズが不要なため、装置コストの大幅な削減が可能というわけだ。

さて、等倍転写のナノインプリントでは、テンプレートの加工技術の限界が実現可能な回路線幅の限界ということになる。ナノインプリント用のテンプレート板を開発する大日本印刷によると、既存製法おけるテンプレート板加工技術の限界は、十数nmだという。

ナノインプリント用テンプレート(左)とそれによって形成されたハーフピッチ22nmのパターン

既存製法とは、従来の露光装置で用いられるフォトマスクと同じ製法、という意味だ。現在、ナノインプリント用テンプレートは、石英ガラス板を材料として電子線露光技術を用いて加工されており、これはフォトマスクの一般的な製法と同じである。ナノインプリントが早くも10nm台の回路線幅を実現した背景には、既存のフォトマスク加工技術が、ナノインプリント用テンプレートの加工に応用できたということがある。しかし、テンプレート板加工というコア技術は進んでいるものの、半導体製造でのナノインプリントの実用化へは、まだいくつかの技術課題がある。

中でも大きな課題が2つある。1つは「重ね合わせ精度」、もう1つは「欠陥品質」の問題だ。重ね合わせ精度は、特にウェハ上に複数層の回路パターンを転写して作成するLSI製造において問題となる。回路パターンの層と層を正確に重ね合わせる技術は、従来の露光方式では主にレンズ関連設備に依存していた。レンズを上下方向に微調整することによって、十nm以下の重ね合わせ精度が実現されていたが、レンズを用いないナノインプリントへは応用できない。

次に、回路パターンの欠けやブリッジが発生する頻度を表す欠陥品質については、テンプレートの加工品質に依存する度合いが大きい。製品回路パターンの4倍程度の大きさで作られる、従来露光方式用のフォトマスクと比較して、原寸大で作成するナノインプリント用テンプレートはどうしても欠陥品質で劣ってしまう。また、テンプレート上のパターンが微細すぎるため、欠陥の有無を検査する技術が確立されていないのも問題である。

これらの問題を克服し、いち早くナノインプリントの実用化に漕ぎ着けるのではないかとされているのがいるがNAND型フラッシュメモリ分野である。この分野では、重ね合わせ精度、および欠陥品質の問題が比較的許容される半導体デザインが開発されているためだ。

また、近年NAND型フラッシュメモリの価格下落が著しく、低コスト化が急務な分野でもある。NAND型フラッシュメモリメーカーの東芝、韓国Samsung Electronicsがナノインプリント技術の開発に積極的なのには、このような背景がある。

ナノインプリントの特徴の1つは、その技術のシンプルさであり、量産に適用されれば、従来の露光技術に比べて低コストでデバイスを生産できる可能性が高まる。そのため、1台50億円以上と言われるEUV露光装置の導入を躊躇っていたメーカーもプロセスの微細化を実現できることとなり、半導体業界の勢力図が書き換えられる可能性もあるだろう。