ある政府組織で働くエンジニアが、自身の行動を咎められたのをきっかけに自らが管理するシステムにパスワードでロックをかけ、他のすべての人物のシステムへのアクセスを遮断する――こんな事件がいま米国を騒がせている。

43歳のエンジニアであるTerry Childsは、自身が働いていた米サンフランシスコ市のネットワークシステムの不正改ざんなど4つの罪状で起訴されており、現在拘置所に収監されている。パスワードでロックされたデータはシステム全体の60%にあたり、現在米Cisco Systemsから呼ばれた専門家らが復旧作業にあたっている。Childsはいまもなおシステムにアクセスするためのパスワードを黙秘しており、その保釈金は500万USドル(約5億2,500万円)に上るという。

同事件は、サンフランシスコの地元紙である米San Francisco Chronicleが7月16日早朝に第一報を報じた。Childsは5年前にサンフランシスコ市に雇用され、同市のシステムネットワーク、特に拠点間を結ぶ光ファイバのWANシステムの開発と管理を担当していた。当初は人当たりのいい人物として知られていたようだが、数カ月前に所属部署の技術部門に新しい女性上司がやってきてシステムのアクセス権について監査を始めるようになると、システム管理について保守的な態度を取るようになったという。奇怪な行動も目立つようになり、6月20日には監査を始めた上司の写真を撮り始めるなどの問題を起こし、危険を感じた上司はオフィスの自室にこもらざるを得ない状況となった。そして7月9日、担当上司らは反抗的態度をとったとの理由でChildsに解雇を通告、同僚らが戻ってきたChildsに上司との口論内容について訪ねると、突然端末の操作を始めてシステムをパスワードでロックしてしまったという。

このパスワードロックにより、Childs以外の人間は誰もシステムにアクセスできない状態となってしまった。ロックされたシステムには電子メール、給与明細、業務関連書類などのデータが保持されている。後の調べにより、同システムにはChildsのみに独占的アクセス権を与える仕組みや上司の電子メールを盗み見る仕掛けが施されていたという。実際にこうした仕組みがいつ仕掛けられたのかはわかっていない。当初Childsはかけつけた警官を見て"うそ"のパスワードを教えたものの、その後は黙秘を続けている。14日にサンフランシスコの上級裁判所に姿を現した際も、16日の法廷への出席同意に一言を発しただけで、何も語っていない。市ではCisco Systemsから専門家を呼んでシステムへの侵入方法の探索を続けているが、まだ成果は出ていない。同市によれば、もしシステムの復旧に失敗した場合、8週間のシステム再構築期間と不定のコストが発生することになるという。

Childsは少し前まで同市の技術部門で一目置かれる存在だったようだが、サンフランシスコ市長のGavin Newsom氏は問題を起こしたエンジニアの人物評について「やってきた仕事では優秀で、他人より抜きんでていることもあった。少し狂気を備え、犯罪を犯してしまった」とコメントしている。数カ月前に本性を現すまで、人当たりがよく優秀だと見られていた人物。だがChildsには隠された秘密があった。サンフランシスコ市に5年前に雇用される以前、Childsは住居不法侵入と強盗の罪で25年の求刑を受けていたことが米カンザス州の犯罪記録で発見された。1982年に投獄され、その後保護観察処分を受けて1987年に仮釈放されている。米カリフォルニア州にいつやってきたのかは不明だが、サンフランシスコ市に就職する際には過去の犯罪記録を隠しており、そのまま雇用されている。

システム改ざんと未知の経済ダメージを与えたChildsの犯罪だが、サンフランシスコ市からは現在も収監中のChildsに12万7,735USドル(約1,340万円)の年間給与が支払われ続けている。Childsはサンフランシスコ対岸にある米カリフォルニア州ピッツバーグに住んでおり、家族構成は母ひとり。給料支払いについて市の担当者は「通常の手続きであり法的に問題ない。それがたとえ犯罪者であってもだ」とコメントしている。またChildsの公選弁護士Mark Jacobs氏は500万ドルの保証金について「ありえない金額」と述べている。Jacobs氏は「殺人犯でさえ100万ドルの保釈金だ。Childsは誰も殺していないし、だれも殺す危険性がない」と訴える。