慶應義塾大学と国連教育科学文化機関(ユネスコ)はこのほど、アジア各国の大学機関向けに提供する教育コンテンツを共同で開発する協力協定を締結した。26日、慶應義塾大学学長の安西祐一郎氏とユネスコ事務総長代理のヒューバート・ハイゼン氏が出席した調印式が行われた。
慶應義塾大学では、アジア各国の教育・研究機関をネットワークで結んだ「School on Internet Asia Project(SOIアジアプロジェクト)」を2001年に開始。衛星回線を利用したアジア広域インターネット基盤を通じて、各大学にリアルタイムでの遠隔授業やアーカイブ講義などを実施してきた。 衛星回線を利用した遠隔教育のシステムは、物理的に高速通信回線が引きにくいアジア諸国の島々にも、短期間でIT基盤を築くことを可能にし、2004年12月に発生したインドネシア・スマトラ沖地震では、被災して授業継続が困難になったシアクアラ大学に対しても遠隔授業を行い、教育環境の維持に貢献している。
また、同プロジェクトは2006年に運用基盤をIPv6に移行することに成功。以降、アドレススペースに制限されることなく、アジア全域でより自由なコミュニケーションが可能になった。2007年にはパートナー大学における起業家支援体制と、パートナー間の協力体制を確立し、産業界と学術界の遠隔な協力の橋渡しを行う、起業支援のためのプログラムも開始されている。
現時点でのSOIアジアプロジェクトは、タイ、ラオス、ベトナムなど13カ国27教育・研究機関が参加する。日本では慶應大学および奈良先端科学技術大学院大学が参加するほか、東京海洋大学、東北大学、北陸先端科学技術大学院大学、三重大学、WIDE Projectがコンテンツパートナーとして授業提供に協力している。
プロジェクトでは、参加する教育・研究機関の学生たちが同じ授業をリアルタイムに同時に受講しディスカッションが行われるだけでなく、過去の講義はすべてアーカイブされ、キャンパス内のサーバからいつでも受講できる仕組みになっているという。
一方、SOIアジアプロジェクトとユネスコの関係は、2007年に「再生可能エネルギーe-learningパイロットプロジェクト」を共同で開始したところに始まる。ユネスコが保有する太陽光エネルギーやバイオマスなど再生可能エネルギーに関する豊富な教育コンテンツを、SOIアジアのネット基盤を活用し、各教育機関に配信する試験的プロジェクトが続けられている。
今回、2者による協定締結に至った背景には、これまでのこうした取り組みをより強化・拡大し、アジア地域における充実した教育環境の構築を推進することが狙いとされる。
慶応義塾大学の常任理事で環境情報学部教授の村井純氏 |
SOIアジアプロジェクトでは、慶應大学常任理事で環境情報学部教授の村井純氏が代表を務めている。今回の調印式に先立ち行われた記者会見で村井氏はプロジェクトの概要を説明。「これまでネットワーク基盤として11年間、プロジェクトとして6年間運用してきた中で、SOIアジアプロジェクトは大学のプログラムとしてきちんと運用できるようになった。さらに、パートナーとの協力関係を構築し、ユネスコが所有している多くの高いクオリティの教材や知識のコンテンツをさまざまな地域で展開するようになった。現在はこれをアジアで技術的・政策的にどう展開を進めていくかの検討を進めている段階」と話し、今回の協定締結により、科学知識がアジアの人材に広く浸透し、新たな未来を切り開くプロセスが推進されることへの期待を語った。
調印式では、安西学長とユネスコ事務総長代理としてユネスコディレクターでジャカルタオフィス代表のヒューバート・ハイゼン氏が出席。「ユネスコからコンテンツを提供してもらった授業は大変好評だった。慶應大学としては、今後は教育分野におけるグローバル化のコミットメントを大きく推進していきたいと考えており、グローバルな意味での教育・科学・文化について様々な形で推進・努力している国際機関である国際機関との協定は非常に大きな機会だと捉えている。大学と国際機関との共同の作業によるグローバルな教育の推進にぜひ関心を持ってもらいたい」(安西氏)、「科学技術分野はますますコラボレーションが必要な時代になった。ICTが持つ2つの力は、多くの人に知識を配信できる"Quality leap(質的な飛躍)"と、コンテンツを伝えることができる"Quantity leap(量的な飛躍)"だ。このようなネットワークを研究に活用することに可能性を感じる。ICTの重要性を理解し、すべての教育に適用した科学技術の研究に使おうというプロジェクトのビジョンを評価したい」(ハイゼン氏)とそれぞれに挨拶した後、協定書が交わされ署名を行い、協力協定が締結した。
慶應義塾大学の学長である安西祐一郎氏 |
ユネスコディレクターでジャカルタオフィス代表であるヒューバート・ハイゼン氏 |