社会科見学を趣味とする大人が増えている

近頃、"大人の社会科見学"が静かなブームとなっているをご存じだろうか。大人の知的好奇心を満たす趣味の1つとして、大規模な工事現場や建築、最先端の研究施設、工場、遺跡史跡などを見学しに行くことを指すと思ってもらえればよいだろう。

国や地方自治体が税金の使い道を一般市民に紹介する方法の1つとして施設や工事現場の一般公開を精力的に行うようになってきていることもあり、社会科見学を趣味とする大人が増えている。

「社会科見学に行こう!」は"大人の社会科見学"の第一人者と言える小島健一氏をはじめ、社会科見学好きの面々が行ったいろいろな場所のレポートを美しい写真とともに綴った本だ。しかしそれだけにとどまらず、これから社会科見学を始めてみようとする人達が何を準備すればよいのか、比較的簡単に見学できる施設はどこかなどまでまとめた、いわば社会科見学の入門書ともいえる構成になっている。

掲載されている見学地は地下トンネルから最先端研究施設、果ては史跡まで幅広い。工事中の地下トンネルなどは完成してしまうと見られなくなってしまうので(通過することで見ることはできるものもあるが)、ここでは筆者も見学に行ったことがあり、今でも比較的簡単に見学することができる茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)について紹介する。

最先端の加速器を保有する高エネルギー加速器研究機構

この本の表紙にもなっている美しい装置が気になった方も多くいると思う。このレトロフューチャー感あふれる装置はコックロフト=ウォルトン回路を使った高電圧発生装置で、ここで作った高い電圧を使って陽子を加速したのである。

コックロフト=ウォルトン回路とは高耐圧のコンデンサとダイオードで比較的簡単に作れる高電圧発生回路で、簡単でシンメトリカルな回路構成がそのまま装置化されているのである。関節のようにも見える丸い部分があるが、これは尖った部分があるとそこから放電してしまうため、このような形状にしたのだという。

これが前段加速器(のための高電圧発生機)だ

写真ではわかりにくいが、この装置が置いてある部屋全体もステンレスが貼ってあり、外に高圧電流が漏れないようになっている。そういったところも見どころの1つだ。

残念ながらこの装置は作られてからかなり時間が経っているため、現在は使われていない。そのため、今後は見学できなくなる恐れもあるようなので、一度自分の目で見ておきたいという方は急いだほうがいかもしれない。

もちろん、KEKには最先端の加速器も存在する。これは1周が3kmもある"シンクロトロン"と呼ばれるタイプの加速器で、その形はGoogle Mapsの衛星写真からも確認することができる。

この加速器は電子と陽電子(電子の反物質)を加速するためのもので、両者を衝突させて大きなエネルギーを真空中に発生させることにより、そこで起こる物理現象を観測しているのだ。加速器の大きさとしてはスイスとフランスの国境にあるCERN(ここはWWWというかHTTPの生みの親でもある)に譲るKEKのシンクロトロンだが、電子と陽電子を衝突させられる性能が世界一だ。

この本では加速器そのものだけではなく、その加速器を運用している人々にも触れているのも興味深い。筆者もKEKなどで研究者の方々の話を聞く機会があったのだが、非常に個性的で話も面白く、よい人達だった。

我々の生活とはまったく関係なさそうな物理学だが、実は非常に密接に関わっているということは非常に興味深い。(そろそろ現役を引退しつつあるが)ブラウン管は加速器の一種だし、量子力学あってのコンピュータだし、一般相対性理論あってのGPSなのだ。今は実用性のなさそうな理論も、100年後には生活に不可欠な技術となる可能性もあるということだ。

宇宙の謎に迫る巨大プロジェクト

未来の加速器についても書いておこう。現在、CERNでは新しい加速器を建設しており、今年(2008年)6月くらいに稼働し始める。LHC(ラージハドロンコライダー)という名前で、陽子を加速して衝突させることによって理論上存在することが予想されているが未だ観測されない"ヒッグス"という名の粒子を見つけられるのではないかと言われている。加速器が設置されているのはヨーロッパだが、研究には世界中の国が参加しており、日本も"アトラス"という名前の観測器(簡単にいうと素粒子の飛ぶようすを撮影する超巨大で超高画素のデジタルカメラ)などで参加している。

そしてその次の加速器として現在計画や基礎研究が進んでいるのがILC(国際リニアコライダー計画)だ。これは「リニア」の名の通り今までのシンクロトロンでは無駄になっていた曲線部分をなくした一直線の加速器である。片側20kmの直線加速器を2つ向かい合わせに設置し、今までシンクロトロンでは到達できなかった速さで電子と陽電子をぶつけることにより、さらに物理学の謎(つまりは、この宇宙の謎)に迫ろうという壮大な計画だ。現在、KEKなどで基礎技術の研究が行われており、間違いなく日本の技術が多く使われるはずだ。「国際リニアコライダー」という名のとおり、巨大なプロジェクトであるため、世界のどこか1カ所にしか作れない。日本も誘致しているところなので、興味のある方は関連するWebサイトを見てみるとよいだろう。

KEKに社会科見学に行こう!

KEKには一般人が加速器や素粒子について学ぶことができるコミュニケーションプラザがあり、土日・祝日でも予約なしで見学できる。そして見学に言ったときには、ぜひとも加速器そのものを体験してもらいたいと思う。平日で10名以上の団体なら予約すれば施設を見学できる。筆者のおすすめは、9月に行われる一般公開を狙うことだ。加速器は電力を多く消費するため、夏季は停止している。そのタイミングで一般公開が行われるので、実際に加速器のすぐ横まで行くことができるのだ。

今年も9月に開催ということで、いろいろと趣向を凝らした展示を行うようだ。物理や科学はさっぱりわからないという方もぜひ見学しに行ってみることをおすすめする。

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KEKだけでもこれだけ語れるのだが(これでも施設の一部でしかない)、この本にはそういった施設が多数掲載されている。こんなワクワクする本を読まない手はない。みなさんも知的な趣味の1つに"社会科見学"を加えてはいかがだろうか。

9月の一般公開では、円周10Kmの加速器の一部を直接見学できる

加速器の性能が上がって新記録が出ると、このようにワインでお祝いをするそうだ。こういった人間臭い部分を見られるのも見学の醍醐味の1つだろう

社会科見学に行こう!

小島健一(社会科見学に行こう!)編
アスペクト発行
2007年12月25日発売
A5判 / 144ページ
ISBN978-4-7572-1420-0
定価1,575円(本体1,500円)