日立システムアンドサービスは、経営者および管理職者向けのビジネスフォーラム「失敗学から学ぶソフトウェアの品質向上~成功のための人財力とプロセスマネジメント~」を開催した。基調講演として、特定非営利活動法人「失敗学会」の副会長で、SYDROSE LPの社長である飯野謙次氏による「ソフト製品の品質管理と失敗学」と題した講演が行われた。
「失敗学会」の副会長でSYDROSE LPの社長である飯野謙次氏 |
「失敗学」とは、過去の失敗事例から原因を究明し、その知識を共有して体系化することにより、再発防止につなげるもの。機械工学の分野では「QFD」(Quality Function Deployment:品質機能展開)や「DFX」(Design for X)といった手法により、失敗の原因の分析やテスト、検証が行われている。ソフトウェア工学の分野でもこれを応用し、設計や開発工程では予期しにくい欠陥や不具合の防止につなげようということで注目されている。
飯野氏はまずはじめに、1940年11月に米ワシントン州で発生したタコマ橋の崩壊について、映像を交えながら解説。全長1051メートル、幅12メートル、総重量7万5,000トンの橋が完成からわずか4ヵ月後に秒速19メートルの横風で倒壊した要因について、「1937年に完成した全長2740メートル、幅27メートル、総重量89万4500トンのゴールデンゲートブリッジの建設コストが3500万ドルであるのに対し、タコマ橋はたったの7万ドル。橋の規模は約1/3なのに対して、建築費が1/5というのは明らかに不十分で計画段階で崩壊の可能性は推測できたはず」と解説した。
飯野氏によると、失敗要因には間接要因の2種類に分類される。物理的で分かりやすく指摘しやすい直接要因に対して、根幹の原因となる間接要因は人為的で分かりにくく指摘しにくいのが特徴。しかし、飯野氏は「間接要因を探らなければ、違った原因で再び失敗が起こる」と喚起する。
また「失敗学では自分のミスを認めない人が重要になる。"謝る"というのは社会の潤滑油として必要だが、終始しないこと。何となく一件落着し、原因究明が曖昧に終わってしまうので隠れた原因を突き止めることができない。これに対して、自分のミスを認めないことで口論が起こり、それが真相究明につながる」という。
失敗学では分析や検証された情報の共有化が重要となる。現在、失敗学の知識データベースは、科学振興機構と飯野氏が主宰するSYDROSE LPによるものがある。しかし「自分たちが起こした事故についてどう書かれているかを興味本位で見る人がほとんど。本来の目的では利用されていない」と飯野氏は嘆く。また、失敗学だけでは解決に結びつかないと指摘する。
また、コンピュータの処理性能が猛烈な勢いで向上していく現状に対して「重要なのは情報過多な状況への対処のしかた」だという。飯野氏は「私たちは、情報処理を規則化し、考えないで情報をファイルし、人や機械のルールを鵜呑みにしている。情報処理以外の作業でも、きちんと考えないで何となくやっていることが多く、形式が整えばいいと考える面がある。学生時代、試験前にノートをコピーしただけで勉強したような気になっていたようなものだ」と指摘する。
失敗を繰り返すのは、時代の変化や人の変化にもかかわらず、変わらぬ規則や形式偏重主義に加え、知識の伝達のしかたにあるという。飯野氏は「失敗知識を伝えるには右脳の活性化が必要。知識というのは、絵や動画、疑似体験を通して、頭の中に入ってくる。知識を定着させてはじめて、応用につなげていくことができるようになる」と解説した。
一方、知識の配布は注意力が頼りとなる。しかし、人の注意力には限界があり、注意力に頼ると失敗を繰り返す結果になるという。飯野氏は「失敗をなくすには"創造性"もポイント。視点や人を変え、違ったものに触れ、ほかの事例を学ぶことが必要」と語った。また「検証テストは厳しい条件でやっただけではダメ。壊れるときはどういう条件かまでを見極めなければならない。そうすることで、自分たちの製品の弱さなど、製品に対する理解が深まる」と付け加えた。
飯野氏によると、戦後の日本は高精度、数値幾何学、大量生産、繰り返し性、文法を重視した"効率化の時代"と称されたのに対し、これからの時代は"適応性の時代"だという。「これからは情報過多の時代。これまでの形式・規則偏重主義では世界のリーダにはなれない。原理・原則を理解し、その後は場面ごとに応用することが重要」と述べた。さらに「人が興味を持って学べる環境を整え、失敗を避けるための具体的な"しくみ"や系統立った手法を確立することが必要。"がんばり"が報われる時代は終わった。"注意しよう" "安全第一"というような精神論では解決しない」と、姿勢の転換の必要性を説いた。