J-SOX法対応を単なるコンプライアンスとしてではなく企業価値向上を図る基盤とするための研究を行う「After J-SOX研究会」の第2回会合が17日、東京都千代田区の立命館東京キャンパスで開かれた。同研究会顧問で明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科 刈屋武昭教授が、「進化する価値創造経営とERM」と題して講演。ERM(エンタープライズ・リスク・マネジメント)について、「リスクに応じた絶えざる事業ポートフォリオ変革こそ日本企業には必要」と強調した。
同研究会は、内部統制構築の第一線で活躍する個人メンバー約80名による非営利組織で、11月26日に発足。企業の連結経営などに詳しい立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科の田尾啓一教授が座長となり、J-SOX対応で構築した内部統制の基盤を、連結経営やERMに進化させるための研究や普及活動を行うことを目的としている。17日に開かれた第2回の会合では、今年6月に発足した「日本価値創造ERM学会」の会長でもある刈屋教授が、同研究会発足を記念して講演を行った。
リスクの識別と対応こそERM経営そのもの
刈屋教授は、現代の企業経営に求められているものは、「進化の加速化への対応」とし、「新しい知識や技術は過去を陳腐化し、人的資源、組織能力をも陳腐化する」と説明。こうした陳腐化そのものが「リスク」であり、リスクを識別し、対応するプロセスが企業には必要だとし、「経営者には自ら組織を変えることが求められている」と述べた。
現代の企業経営には「進化の加速化への対応」が求められている(出典:刈屋武昭教授作成資料) |
知識は「価値」の入り口であると同時に、過去を陳腐化させる「リスク」の原因ともなる(出典:刈屋武昭教授作成資料) |
同時に、知識は「価値」の入り口であり、価値とは、「将来の利益キャッシュフローの割引現在価値」と定義。「価値は地震などよりもっと分からない不確実性にさらされている。良い経営とは、将来の価値を安定させることであり、これこそ、価値を創造するリスクマネジメントの基本的な考え方だ」と話した。
また、現代の企業経営においては、現金で買うことのできるバランスシート上の資産よりも、無形資産がより重要になっていると指摘。無形資産は、顧客や取引先との「関係資産」やブランドなどから成り、他の企業では持つことのできない、競争力を生み出す源泉であると説明した。
「関係資産」やブランド価値などの無形資産は、企業の競争力を生み出す源泉となる(出典:刈屋武昭教授作成資料) |
デュポンはリスクマネジメント委員会などにより「価値創造ERM」を実践している(出典:刈屋武昭教授作成資料) |
刈屋教授は、こうした価値を創造する「価値創造ERM」について、米国のトレッドウェイ委員会組織委員会(COSO=Committee of the Sponsoring Organization of the Treadway Commission)が打ち出したCOSOIIによる「全事業を対象とした戦略の設定に適用し、事業体に影響する潜在的なイベントを識別・設計し、リスク選好可能にするマネジメントプロセスであり、事業体の目的の達成に関して合理的な保証を提供するもの」とする定義を紹介。価値創造ERMを実現している企業として、米国の大手化学メーカーであるデュポンを挙げた。
同社では、リスクマネジメント委員会を設け、同委員会と現場(ライン)とが「リスクマネジメントネットワーク」を形成。同委員会はCEOオフィスからの企業ポリシーを基にガイドラインを作り、ガイドラインに沿ってラインマネジメントを実施。ITによる情報共有システムを整備することで、ラインにおけるリスクを同委員会が把握することができるようになっている。同社は、同委員会が把握したリスクに応じて、絶えず事業ポートフォリオを変えていくビジネスモデルを構築。刈屋教授は、こうしたビジネスモデルこそ「米国のダイナミズム」と表現し、日本の企業もこうした仕組みを導入するべきだと強調した。
After J-SOXへ向け「内部統制成熟度モデル」検討へ
刈屋教授の講演の後は、After J-SOX研究会の研究テーマである「内部統制成熟度モデル」について、アビームコンサルティング エンタープライズビジネスソリューション事業部 プリンシパル 永井孝一郎氏が草案を示した。
永井氏は、成熟度モデルにおける内部統制モデルについて、レベル1 - 5に分類することを提案。レベル1は「Before J-SOX」、レベル2は「J-SOX」、レベル3 - 5を「After J-SOX」と分類。レベル1では「最低限の内部統制」、レベル2では「J-SOXによる業務の見える化」、レベル3では生販物業務と間接業務の標準化・共通化による「個社連携の強化」、レベル4では生販物業務と間接業務の連携およびシェアード化による「連結経営の実施」、最高段階のレベル5では「グローバル連結経営の実現」に対応しているとしている。
永井氏は、成熟度レベルを上げていくことで、企業価値の向上・最大化を実現することができるモデルを提示すると同時に、参加者が属する企業が各レベルに対応したソリューションを開発することこそ、After J-SOX研究会の目的だと説明した。
永井氏が提案した内部統制成熟度モデルについては、各社のソリューションを踏まえた形で今月25日の同研究会分科会以降検討を重ね、2月までの完成を目指している。また、同研究会の第3回会合は、2008年2月18日に日本経済新聞社で開かれ、連結経営の事例紹介などが行われる予定。