BitTorrentは22日、都内のホテルを会場に「BitTorrent Conference 2007」を開催した。同社日本法人に出資して株主として共同で事業に取り組む角川グループからは、角川デジックス代表取締役社長 福田正氏が講演を行なった。その中で同グループが2008年からP2P動画配信事業に乗り出すことが発表された。
コンテンツ流通ルートを整備する責任
同氏は、P2Pネットワークによるコンテンツの不正流通の被害者という立場でありながら P2Pによるネットワーク配信に積極的に取り組むのはなぜかと不思議がられると前置きし、いわゆる海賊版の流通の理由として2つ考えられるという見解を紹介した。
角川デジックス代表取締役社長 福田正氏 |
1つは海賊版流通業者が不正な利益を目的としている場合で、もう1つは、コンテンツ・ホルダーが流通体制の不備などの理由で、本来であれば正規にコンテンツを楽しみたいと考えているユーザーに対してきちんとコンテンツを届けられていない結果、こうしたユーザーが代替手段として海賊版を視聴しているのではないかというもの。同氏は「エンターテイメント産業はファンのいないところでは成立しない」とし、これを裏返して、「ファンのいるところにはちゃんとコンテンツを届けなくてはならず、コンテンツ・ホルダーにはツールやチャネルをきちんと整備する義務がある」と語った。こうした認識に立ち、同社ではユーザーが求める品質や形態に応じてDVDパッケージの販売やシネマ・コンプレックス(複合型映画館)での上映、書籍・雑誌の販売、TV放映など、さまざまな手段を活用しており、ネット配信も、こうしたツールの1つとの考えを示した。さらに、既存のCDN(Cotents Delivery Network)ではコストが高く付く結果、DVDサイズのデータの配信コストがDVDの製造コストを越えてしまうような試算もあることを踏まえ、低コストで高品質(大サイズ)データを配信できる「BitTorrent」を利用することで配信コストを軽減し、ユーザーにもメリットのある形でコンテンツを届けることができるとした。
同氏はまた、P2Pネットワーク実験協議会での実証実験の成果として、人気のあるコンテンツの場合、全流通量の95%以上をユーザーPeerが負担した例もあり、コンテンツ・ホルダー側のサーバの負担が大幅に低減されたという結果を紹介した。さらに同氏は、「政府は安全性が確認できればそれでいいかもしれないが、民間事業者としてはそれでは不足で、どの程度のクオリティのコンテンツをどのくらいの速度で配信し、いくらの価格付けを行なえばユーザーに満足してもらえるのかを見極める必要がある」とし、今後も実証実験を通じてノウハウを蓄積していくとしている。
2008年からP2P動画配信を開始、HD品質も視野に
また、同氏は2008年中に角川グループが自社コンテンツのP2P配信に本格的に参入する計画であることも明らかにした。DVD品質の動画コンテンツの配信に加え、HD(High Definition、高精細)映像の配信も想定しているという。同氏が示したロードマップによれば、2008年7~9月にP2P動画配信サイトをプレオープンし、2008年10~12月に正式オープンする予定だという。
HD映像については、次世代DVDと位置づけられるBD(Blu-ray Disc)とHD(High Definition)DVDの規格統一に失敗したことから、どちらも普及しないまま終わるのではないかとの悲観論も聞かれるようになってきている。実は米BitTorrentのPresident Ashwin Navin氏は講演の中で、「DVDフォーマットがなくなることはもはや暗黙の了解で、問題はそれがいつなくなるかだ」とまで述べ、DVDに代わる映像配信メディアとしてP2Pネット配信を位置づけていたほどだ。実際、BDとHDのどちらが生き残るかという話題もさておき、実際の市場動向としてはBDとHDを足しても既存のDVD市場とは比較にならないほどの小規模に留まっているというのが現実であることを考えると、角川がHD品質までを視野に入れたP2P映像配信に本格的に取り組む意味は大きいと思われる。
コンテンツ・ホルダーのさらなる参入に期待
日本では、P2P技術にはアンダーグラウンドでダーティなイメージがこびりついてしまっているが、コンテンツ・ホルダーとしてメジャーな角川が公式にサポートすることで、BitTorrentはまずは順調な滑り出しを見せたと評価できるだろう。今後は、角川以外のメジャーなコンテンツ・ホルダーの参入があればデファクト・スタンダードとして地位を固めることも考えられる。今後同社が業界各社の幅広い支援を獲得できるかどうかが注目されるところだ。