サイボウズのkintoneデザインチームに所属する向井咲人さんは、デザイナーとプロダクトエンジニアの橋渡しをするデザインテクノロジストだ。
新卒入社した人材派遣会社を半年で辞め、HTML/CSSのコーダーを経て、ヤフーのフロントエンドエンジニアに転身した経歴を持つ向井さんに、ITエンジニアを目指した理由と、未経験からIT業界で働くために取り組むべきことを聞いた。
サイボウズ
開発本部 フロントエンド開発 kintoneデザインチーム向井咲人さん
2015年に人材派遣業界に新卒入社し、営業職として従事。その後、Web制作会社でコーダーとしての勤務を経て、2017年にヤフーにフロントエンドエンジニアとして転職。2019年にサイボウズに入社し、フロントエンド横断チームを経験した後、プロダクトデザインチームへ。現在は開発とデザインの両方を行き来している。本業は週4日勤務するほか、他社で副業としてウェブアプリケーションの開発を担う。
ショートカットも知らない初心者がIT業界へ
--これまでの経歴とIT業界で働くようになった理由を教えてください。
向井さん(以下、敬称略):大学を卒業して東京の人材派遣会社に新卒入社しました。取引先を開拓するための電話営業や飛び込みの訪問営業など、「The 営業マン」って感じの仕事をしていましたね。朝早くから夜遅くまで働く激務な日が続いて体力的・精神的に辛くなり、約半年働いて辞めました。
その後は、たまたま登録していたWantedly経由で広島県のITベンチャーからオファーを受け、実家のある愛媛県からも近いことからその企業に転職を決めました。当時、IT業界へのこだわりはありませんでしたね。
Webサイト制作などを行っていた2社目では複数の仕事を担当していたのですが、業務の一部にHTML/CSSを使ったコーディング作業があり、その時に初めてコードにも触れました。私は営業、採用、マーケティング、デザイナーとのやりとりなどもやっていて、コーディングの割合は業務全体の20%ぐらいでした。
--複数の業務を経験して、どうしてシステムエンジニアリングに興味を持ったのですか?
向井:エンジニアリングは、自分の知識によって作れるものの限界が決まって、そこに楽しみを覚えました。営業の仕事はこちらが提供する商品と顧客のニーズがある程度一致しないと成立せず、それには運やタイミングの要素も絡んできます。
「正解がある程度あり、勉強すればするほどより良いものが作れて、自分の知識にもなっていく」と、仕事に手応えを感じられた点も私に合っていたのだと思います。
--元々、興味がない中でのコーディングは大変だったのでは?
向井:最初のうちは業務内容が難しくて大変でした。MacのPCを触ったこともないし、ショートカットキーもわからないようなIT初心者だったので、毎日知恵熱が出るぐらい頭を使ったと思います。
先輩社員も忙しくて、手取り足取り教えてもらうような環境じゃなかったので、「怒られてもいいから聞くぞ」という気持ちで、わからないことはどんどん聞きました。
うまくできない日がほとんどでしたが、1年半ぐらい経って少しずつ関数や文法が把握できて、調べなくてもいろいろなドキュメントが読めるようになりました。
次第に、自分でもコーディングを工夫できるようになってきて仕事も楽しくなり、「コーディングにもっと時間を使いたい。開発・構築の仕事一本でやっていきたい」と思うようになり、フロントエンドエンジニアを目指し始めました。
夜行バスで東京の勉強会に通って自己研鑽
--フロントエンドエンジニアになろうと決意した後は、何をしましたか?
向井:自分の技術や知識のアップデートのために、インプットとアウトプットを繰り返しました。また、すでにITエンジニアとして働いている人と会って、技術面で疑問に感じたことを聞いたり、フロントエンドエンジニアが働く現場の話を聞いたりもしました。
そのために活用したのが、ITエンジニアが集う勉強会です。当時、広島ではそうした勉強会は少なかったので、金曜日の退勤後に夜行バスで東京に向かって土日で勉強会に出席。また夜行バスに乗って月曜日に広島へ帰るという生活を半年ぐらい続けました。
勉強会に参加するうちに、「自分もLT(ライトニングトーク)に登壇したい」と思うようになりました。登壇を目標に知識を得ようと勉強し、LTを通じて自分の未熟な点を知り、その点を補強するように勉強するといった学びのサイクルがステップアップにつながったと考えます。
その後、広島県内外のフロントエンド領域の勉強会に参加する中で、勉強会の開催数が一番多くて、「IT企業が集中している」という実感があったことから東京の企業に転職しようと考えました。
私が就職した会社は小さな会社ばかりだったので、大きい会社での仕事を経験してみたかったという気持ちもありました。「Web系企業を時価総額1位から当たって、引っかかったところに入ろう」と、けっこう勢い重視で転職活動をしましたね。そして、縁あってヤフーに転職できました。
その後、ITエンジニアのコミュニティで交流のあったサイボウズのエンジニアの方から紹介を受けて、リファラル採用でサイボウズへと転職しました。
--ITエンジニアの仕事で大事なことは何ですか?
向井:チームの一員として自分が求められていることや役割を意識し、良い仕事をするためにさまざまなメンバーと対話をすることだと思います。
プロジェクトを進める中で、「思っていたのと違うものができあがった」ということがよくあります。そうなる前に問題点を伝えたり、「こんな解決策もありますよ」とエンジニア目線で提案したりするのもエンジニアの大事な役割だと考えています。
そのためには幅広い知識と知恵が必要ですが、コードを書くこと以外の関わりも大事ですし、他のメンバーにも伝わるようにコミュニケーションを工夫することも求められることがあります。
その一方で、働く環境も大事です。非エンジニアの方が、「ITエンジニアにとって働きやすい環境を整備しよう」と考えてくれる企業は働きやすいと思います。
例えば、オフィスの作り方や働きやすい福利厚生について、「こういうことが必要なんじゃないか?」といった会話が自然とあり、会議室やフリーアドレスのスペースにモニターが設置されていたり、長時間座っていられるオフィスチェアが用意されていたりします。
転職というリスクを取る前に、社内異動でITの実務を知る
--IT業界における人材不足や年収の高さから、異業種からITエンジニアを目指す人が増えているようです。エンジニアへの転職についてアドバイスはありますか?
向井:ITエンジニアへのキャリアパスは1つじゃないので、自分に合ったキャリア開拓を試してよいということです。
個人的には、現在働いている企業のIT部門への異動をお勧めします。この異動はエンジニア職に限ったものではありません。転職というリスクを取らなくてもIT関連の実務経験が積めますし、プログラミングを好きになれるか、コーディングに抵抗感がないかなど、ITエンジニアの実務を知ることができると自分の働きたい仕事内容や相性を知ることもできます。
もし、希望する経験が積めないようなら、IT部門のある企業に現時点の職種で転職して、その後社内異動するといったキャリアパスもありです。
例えば、私が今、人材派遣会社で営業職として働いていたら、人材マッチングプラットフォームを提供する企業に営業職として転職しますね。そうした企業のPM(プロジェクトマネージャー)や開発担当者と一緒に仕事するうえで、業界ルールや人材派遣の実務に関する知識や経験は武器になるはずです。
IT業界の仕事は、何かしらの業種や職種の課題に入り込んでいくものです。特に特定業界向けのプラットフォームサービスには、その業界独自のワークフローを落とし込む必要があって、業界出身者は重宝されます。
--現在はさまざまなプログラミングスクールがあります。そうしたスクールで特定の言語でのプログラミングを学んだだけで、エンジニアとして働けるものでしょうか?
向井:プログラミングスクールに通うのみでは現実的には難しいと思います。一番の理由は実務経験が無いからです。実際の業務では正解がない中で、プログラミング言語を用いて、その時々の問題や課題に対処する必要があります。
また、転職市場には別の企業でエンジニアとして実績を積んできた人もたくさんいるし、最近では学生もインターンで経験を積んでいるため、現場でのプログラミング経験がない人が彼らと同じ土俵に立って勝負するのは厳しいのではないでしょうか。
--転職や社内異動はハードルが高いと感じる人が、エンジニアを目指すにあたって手軽に始められることはありますか?
向井:自分が好きで使っているITサービスやアプリ、Webサイトなどを提供している企業の求人ページを見ることです。そのページには企業が求める人材やスキルなど、いわば「IT業界で働くための答え」が載っているわけです。最初はそこに書いてある専門用語を説明できるように勉強することから始めてみてはいかがでしょう?
プログラミングの勉強ではYouTubeを活用しましょう。海外のエンジニアがコーディングの講義動画を公開しています。字幕ボタンを押せば精度の高い翻訳が表示されるので、プログラミングの取っ掛かりになります。この過程で人に教えてもらいたくなったら、プログラミングスクールを視野に入れてもいいと思います。
より実務を意識した学びでは、世の中にあるアプリケーションを自分で作ってみることをお勧めします。その開発過程で身に付いた知識や経験は実務に役立ちますし、自主的に改善を試した経験などは、転職の面接で話すネタにもなります。
ITエンジニアへのキャリアチェンジは簡単ではないと思いますが、挑戦したいという前向きな気持ちをバネに、できることから知識や経験を積み重ねていくことで、いつしか点と点が線で繋がるようなキャリアアップができると思います。