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こんにちは、行政書士の木村早苗です。今日は「もし自分の知らない自筆証書遺言が別にあったら」というちょっと怖いお話です。

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自筆遺言書に潜むリスクとは? 実際にあった、京都のお家騒動から学べること

AUG. 27, 2024 11:00 Updated DEC. 23, 2024 17:16
Text : 行政書士/木村早苗
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こんにちは、行政書士の木村早苗です。今日は「もし自分の知らない自筆証書遺言が別にあったら」というちょっと怖いお話です。

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京都の文化系学生に人気だった「一澤帆布」

私が学生生活を送っていた1990年代初頭の京都では、「一澤帆布」のバッグがちょうど人気になり始めた頃でした。「一澤帆布」とは、言わずと知れた京都の老舗かばん屋さん。戦後には登山用品のトップブランドとして、1980年頃からはリュックサックやトートバッグ、だ円型手さげバッグなど、京都でしか買えないユニセックスなデザインで注目されました。友達のトートは何度か洗っていたせいか赤が少しくすんでいて、他にはない独特な印象を醸し出していた気がします。

こんな"おしゃれ"なブランドとして育てたのが、1980年に四代目として家業を継いだ三男の信三郎さん。2001年に三代目の父・信夫さんが亡くなり、長年ともに商売をしてきた信三郎さんは、顧問弁護士を通じて預かった父の遺言書に従い、夫妻で会社の株を相続して店を守っていくことになりました。しかし、この遺言書が自筆証書遺言だったことで、一澤帆布に思いもよらない問題が起こります。

2通の自筆証書遺言と筆跡鑑定の危うさ

大学卒業後は銀行マンとして家業に一切関わらなかった長男が、信夫さんの死から4カ月して「第二の(自筆証書)遺言書」を提出。2通の自筆証書遺言を巡っての相続裁判が始まったのです。

信三郎さんの遺言書は「1997年12月12日」付、長男の遺言書は「2000年3月9日」付。民法では日付の新しい遺言書が優先されることもあり(1023条「前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。」)、「第二の遺言書」の無効を求めて筆跡鑑定をしたにも関わらず、2004年に敗訴してしまいます。

裁判では長男の遺言書にある不審点を幾つも挙げたにも関わらず、「無効と言える十分な証拠がない」として認められなかったのです。嘘が明らかだとわかっていても、正しいことを確実に立証できなければ勝てないのだから恐ろしいものです。

代表取締役を解任された信三郎さんは、納得できないという職人や店員たちを引き連れ新ブランド「一澤信三郎帆布」を開店。長男から再び商標権侵害などで提訴されるなど、のちに小説のモチーフにまでなった京都老舗店のお家騒動が何年か続いたのです。

自筆証書遺言では筆跡鑑定が重要な鍵となりますが、2004年の裁判では京都府警科学捜査研究所の現役所員とOBが鑑定を行いました。しかし、信三郎夫妻は遺言書が巻紙に筆で書かれていたため、書道家であり、書論や書跡学にも詳しい筆跡鑑定学の第一人者、神戸大学の魚住和秋教授(当時、現同大学名誉教授)に再鑑定を依頼。2007年に再び、その鑑定結果を証拠として妻の恵美さんが京都地裁へ無効確認訴訟を起こしました。

第一審は敗訴でしたが大阪高裁の控訴審で逆転勝訴に。最高裁まで争われた結果、長男の上告棄却により、2009年に「第二の遺言書」の無効と、株主総会での信三郎・恵美夫妻の取締役解任決議が取り消されることになりました。商標権侵害の賠償訴訟も棄却され、2011年には晴れて信三郎さんによる「一澤帆布」ブランドが復活。

現在は一澤信三郎帆布として、無地の純綿帆布を使った「信三郎帆布」、本麻帆布や図柄をあしらった「信三郎布包(かばん)」、職人向け道具入れのような昔ながらの「一澤帆布製」の三種類が京都市東山区の店舗で販売されています。

「遺言自由の原則」とトラブルを作らない工夫

この事例で、自筆証書遺言は気軽に残すことができるが、関わる人間や状況によっては危うい存在となることがわかります。実際、本件の筆跡鑑定では、京都府警科学捜査研究所と魚住和秋氏では異なる結果になりました。

鑑定時期によっては、墨やインクの滲みや擦れの消失など文字も変化して癖が見えにくくなることもあります。ですから、遺言書や相続に関わる士業は、特定の状況でない限り(ご本人の体調が芳しくなく時間がかけられない場合など)は、なるべく公証役場で作成後保管してもらえる公正証書遺言をおすすめしているのです。

こうしたお話をすると「うちには残すほどの財産なんてないから」と仰る方が必ずいらっしゃいます。「遺言自由の原則」は保証されているので、「遺言する・しない」や「変更や撤回をする・しない」はもちろん、今回お話してきた「自筆証書遺言か・公正証書遺言か」の選択も自由です。

ただし、相続の問題においては、恐らく金額の大小はほぼ関係ありません。問題になるのは、相続人間における、相続物の分配や動産か不動産かに関係することだからです。

昨今、公正証書遺言を残すことの重要性が頻繁に説かれるのは、こうした問題を少しでも減らすためです。そして、今回ご紹介したような訴訟問題を生まないためにも、よく検討して遺言書を作成していただきたいと思います。


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※ 本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。予めご了承ください。