インフラツーリズムとは、公共施設である巨大構造物のダイナミックな景観を楽しんだり、通常では入れない建物の内部や工事風景を見学したりして、非日常の体験を味わう小さな旅の一種。
本コラムは、日常の散歩からちょっと足を伸ばすだけで、誰もが楽しめるインフラツーリズムを実地体験し、その素晴らしさを共有することを目的とする。今回は、東京湾を横断する自動車専用道路、千葉県木更津市と神奈川県川崎市を結ぶ「東京湾アクアライン」の裏側を探検してみた。
週4日開催されるアクアライン裏側探索ツアーの集合場所は、海ほたるのトイレ前
国道409号線の一部である東京湾アクアラインは、神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ全長15.1kmの東京湾横断道路。
川崎側から9.5kmは海底トンネル(アクアトンネル)、木更津側から4.4kmは海上の橋りょう(アクアブリッジ)となっていて、その二つの構造物が切り替わる地点に位置するのが、全長約650m・全幅約60mの「海ほたる(木更津人工島)」である。ぐるりと四方を海に囲まれた5階建ての海ほたるは海上パーキングエリアになっていて、レストランや売店、駐車場、管理施設などが配置されている。
東京湾アクアラインを運営するNEXCO東日本は、毎週火曜日から金曜日までの午前と午後、施設の裏側を探索するツアーを開催している。火・水が個人向け、木・金が団体向けとなっており、ネットで予約のうえ訪れるシステムだ。
指定の集合場所は、海ほたるの“1階トイレ前”だった。
ほかにいろいろ素敵な場所がありそうなものを、なんでやねんと心の中で小さく突っ込みつつそこに赴くと、待ち構えていた係員さんに声をかけられ、駐車場内を歩いて管理棟へと誘導された。
管理棟の室内ではまず、東京湾アクアラインの施設概要の解説を聞き、資料映像を視聴。自由見学ではないガイド付きインフラツアーでは、ほとんどの場合、最初にこうした解説タイムが設けられているものだ。
事業の歴史や建設の工程、施設全体の構造解説などなど、それなりに興味深い話が次々と展開されたが、僕はどうもこういう真面目なお勉強タイムが苦手で、5分も経過すると遠くを見ながら椅子をギッコンバッコンし、ボールペンを指先でくるくる回したりしている。そしてその間、頭の中で考えていたのは、1987年に放送されたTBS系ドラマ『男女7人秋物語』のことだった。
1997年開通の東京湾アクアラインは、なぜトレンドスポットにならなかったのか
前年に放送された『男女7人夏物語』で、一度は結ばれた主人公の今井良介と神崎桃子。ところが桃子はノンフィクション作家になる夢を追い、良介と離れて渡米することを決意。最終回では、空港での別れのシーンが描かれた。
その1年後である『男女7人秋物語』の第1回。離れ離れとなり連絡も途絶えた良介と桃子が、神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶフェリーの上で、偶然にも再び出会うのである。
毎日フェリーで木更津から川崎へ通勤していた良介と、川崎の自宅から木更津にある今カレの実家を頻繁に訪ねていた桃子は、その後もたびたび船上で遭遇し、終わったはずの気持ちが再燃していく。
良介役の明石家さんまと桃子役の大竹しのぶによる現実の恋愛の話題も相まって、ドラマ終了後、二人の恋を育んだフェリーはトレンドスポット化。用もないのに川崎~木更津間を往復するカップルが続出した。一部のオールドボーイズ&ガールズにとってはまさに、あのフェリーは青春の1ページに刻まれた聖地となっているはずだ。
そんな川崎―木更津フェリー航路は、1997年に廃止された。
そう。この東京湾アクアラインの開業により、用済みとなったのである。
鳴り物入りで登場した東京湾アクアライン&海ほたるは、フェリーの後を継ぐトレンドスポットになるものと思いきや、開業からしばらくの間は、社用で千葉のゴルフ場に向かうおっさん専用道&休憩所のようになっていた。開通当初の通行料金が、普通車で片道4,000円もしたからだ。
それは、不景気が本格化し辛気臭くなっていくばかりの世相とは釣り合わない、バブリーな通行料だった。東京で暮らす僕もたまに遊びで千葉へ行くことはあったが、往復で8,000円もかかる東京湾アクアラインは避け、従来の北回りの高速道路を使うようにしていた。
僕が東京湾アクアラインを普通に使うようになったのは、ETC搭載車の料金が2,320円に値下げとなった2002年からだ。おそらく、当時の多くの若者も同じような感じだったはずだ。そしてアクアラインをむしろ積極的に利用するようになったのは、通行料が800円にまで値下げされた2009年から。
そんなことをつらつら思い出していたら座学タイムは終了。いよいよ探検タイムの始まりである。
第3のトンネルを抜け奥へ奥へ。車道の下にある無機質な
アクアライン裏側へは、第3トンネルにある作業用通路から進入する。
川崎から木更津へ向かう下り線と、木更津から川崎へ向かう上り線。通常使われているアクアラインのトンネルはこの上下2本だけだが、実は海ほたるには3本目のトンネルがある。
この第3トンネルは、今後アクアラインの利用者が増加して現在の上下線だけでは対応しきれなくなった場合、ここから川崎へとトンネルを掘削し、追加の車道を作るための予備的な空間なのだという。
巨大なインフラの一部なので、“予備”といってもそこはやたらとだだっ広い空間。薄暗い中に等間隔で照明が並ぶ、なかなか異次元的な雰囲気であり、ここでシークレットのレイヴでも開かれたら楽しいだろうねと想像する。まあ、ありえないんだけど。
10数人の見学隊はそんな異空間を通過、地下へと続くスロープへと進む。
スロープを下った先には、頑丈そうな扉が2カ所あり、そこを抜けると今回の見学会のメインである、トンネルの車道下の緊急避難通路へと到達するわけだ。
緊急避難通路内は、車道上で火災があったときにも火や煙が入り込まないように、気圧が高く保たれているのだそうだ。それが証拠に、緊急避難通路へ通じる扉を開けると、中から外に向かって風の流れを感じる。
それを視覚的に見せるため、案内の係員さんがミニサイズの吹き流しを掲げてくれたのだが、なんだかその姿が妙にかわいかった。
そして扉をくぐり、さらに奥へ奥へ。
たどり着いたのが、下り線トンネル車道下の緊急避難通路だったのである。
なかなか言葉では説明しにくいが、シールド工法で掘られたアクアラインのトンネルは、輪切りにすると正円の形をしている。
円の下側3分の1くらいのところに車道が敷かれており、その床版下空間のすべてが、道路上で何かあった際に人が逃げ込める緊急避難通路となっているのである。
海ほたるから川崎までのトンネルは33カ所に区切られていて、300mごとに車道から緊急避難通路に脱出できる、すべり台式の連絡路が設けられているのだそうだ。
通るたびに一抹の不安を感じる長大な海底トンネルは、実は安全な構造だった
海面下18mだという緊急避難通路内は、排気ガスの臭いなどはまったくなく、清浄な空気で満たされていることが分かる。
すぐ上の車道を走る車の走行音が、絶え間なく聞こえてくる。今いるのは海ほたるの真下だが、コンクリート打ちっぱなしの無機質なこの道は、ずっと川崎まで続いている。
緊急避難通路内には消火設備や緊急用電話などが設置されていて、万が一の緊急時には、この狭い通路の中を消防車が走って事故現場に向かうのだという。なかなか良くできた設備だ。
アクアラインのような海の下に延びる長大なトンネルを車で走っていると、もしもたった今、事故による火災が発生したり大地震が起きたり、ゴジラに襲われたりしたらどうしよう……、と誰もが一度は不安に感じたことがあると思う。
だがこうした防災システムがしっかり準備されていることを知ると、少し安心できるのではないだろうか。
ちなみに今回のツアーは動画撮影NGだったので写真でしかレポートできないが、2016年公開の映画『シン・ゴジラ』の冒頭シーンで、よりによってアクアラインの真上に出現したゴジラがトンネルに亀裂を入れたため、人々が緊急避難通路を逃げていくシーンが描かれている。気になる人は、ぜひチェックしてほしい。
見学ツアーはその後もいろいろあったのだが、紙幅の都合によりこのへんで終わります(『男女7人秋物語』の話など長々書いたのがいけないんだけど)。今回もまた、日常では見ることのない巨大インフラの裏側を知る貴重な体験だった。