10月に発売となった「MX-30」でマツダは、これまでとは異なる路線のデザインを追求しているように思える。マツダ車といえば「魂動(こどう)デザイン」による統一感のある姿が特徴だが、なぜMX-30はこの形になったのか。チーフデザイナーに聞いた。
昔のクルマにヒントが?
2019年秋の東京モーターショーで世界初公開となったコンパクトSUVの「MX-30」。初めて見たとき、魂動デザインの流れが変わったように感じた。
魂動デザインでマツダは、肉食系動物が疾走する姿をモチーフとし、エモーショナルな造形を強調してきた。しかし、MX-30のボディからは、いわゆる“動物感”はあまり伝わってこない。チーフデザイナーの松田陽一氏に、まずこの点を尋ねた。
「最初にテーマとして与えられたのは、マツダの典型的な記号性を外したうえで新しい表現ができないか、というものでした。これまでの記号がなくてもマツダらしさが描けるかどうかは大きな挑戦で、期間としては4年くらいかかったんですが、その結果、遅れて開発が始まった『CX-30』のほうが先にデビューしたんです」(以下、カッコ内は松田氏の発言)
プロジェクトを進める中でヒントになったのは、デザイナーの間から出た「昔のクルマは良かったよね」という言葉だった。そこで、ボディサイドはウエッジシェイプにはせず、リアに向けてすっと伸びていくような優しくてプレーンな雰囲気を持たせた。確かに、新しいけれど懐かしくもあるラインだ。
しかし、MX-30がこれまでの魂動デザイン、例えば車格が近いCX-30と全く関係ないかというと、そうではない。
「パッケージングの考え方、サイドから見たときのシルエットはあまり変えていません。ホイールベースも共通です。違うのはオーバーハングで、MX-30はフロントを短く、リアを長くしました。また、CX-30よりもパーソナルカー的な位置づけなので、ルーフ後半をスロープさせ、リアゲートの傾きを強めています」
これまでの魂動デザインは、フェンダーラインの強い抑揚がまず目に入ってくるので、シルエットまで意識が届きにくかった。でも、いわれてみれば、横置きエンジン車としては前輪とキャビンが離れているなど、確かに共通項がある。魂動デザインで躍動的なラインが魅力的に見えるのは、シルエットという体幹がしっかり整っているからだと松田氏は付け加えた。
観音開きだからできるデザイン
観音開きの「フリースタイルドア」は、開発の途中で採用が決まったという。当初は通常の4ドアを考えていたが、CX-30と差別化しにくいし、行き詰まりがあったとのこと。人とクルマの新しい生活を提示するためにふさわしいと思い、導入に至ったそうだ。
「実はこのドアのおかげで、サイドウインドー後半をクーペのように傾けることができました。ヒンジ式ドアでは横方向からの乗り降りになるので、開口部をもっと広く取らなければいけません。観音開きだと前方からアクセスすることになるので、このラインにできたのです」
リアクォーターピラーの根元にあるシルバーのプレートも、最初はなかったとのこと。水平基調のラインを強調するとともに、ボディの上にキャビンが載っているような雰囲気を出したという。昔のクルマによく見られたディテールであり、このあたりでも古き良きデザインを取り込んだようだ。
リア回りを見ると、コンビランプとプレートの配置はCX-30に似ている。ゲート下端の高さも同じだ。しかし、シャープで精悍なCX-30に対し、リアクォーターピラーのなだらかな傾きを溶け込ませるような丸みとしたところは違う。
フリースタイルドアからアクセスするインテリアではまず、フローティングしたセンターコンソールが目立つ。
「運転席と助手席の空間をつなげたかったという思いがあったのですが、社内の研究で、フローティングにすると気持ちがつながるという分析結果が出たので採用しました。フリースタイルドアもそうですが、体験の価値を作りたいと考えました」
このセンターコンソール上にあるATのシフトレバーは、当然ながら電気式になった。しかし、多くの電気式とは違い、ポジションごとにレバーの位置が変わる。こんなところにも、マツダのこだわりを感じる。シフトノブの握り心地もいい。PレンジがR-N-Dの列の右横に位置する、逆L字型シフトパターンになっていることも特徴だ。
「MX」のシリーズ展開は?
コンソールの下の段にはコルクを使っている。これは、東洋コルク工業として100年前に創業したマツダの歴史を反映した意匠だ。昨年の東京モーターショーで、来場者へのノベルティとしてコルク付きカタログを配っていたことも記憶に新しい。
「クルマの内装にコルクを使うのはおそらく世界初ですが、かなり大変でした。引っ掻き傷や色あせに強く、燃えにくいようにする必要があったので、一度漂白したあとに着色し、表面はコーティングして使用しています」
仕立ては必要以上に高級感を追わず、自然体の親しみやすさを心がけたとのこと。本革を使わなかったのもこれが理由だ。人間が触って気持ちいいのは、革よりも布であるはず。そんな信念に基づき、ファブリックを主体としてスタンダード以外に2つのコーディネートを用意した。
リアシートには、身長170cmの人間が乗り込んでも不満を感じないだけのスペースが確保されていた。ひざの前はもちろん、ルーフがスロープしている頭上にもだ。観音開きは久しぶりに体験したが、ドアが小さいわりには乗り降りが楽だった。MX-30では、このドアの小ささもデザインにいかしている。
「リアシートとドアの間にトリムが残るので、ここにアームレストを用意し、シートと一体感のあるラウンジソファ風にしました。マツダは『ペルソナ』や『ユーノス・コスモ』で似たような造形を取り入れた経験があるので、こうした車種を参考にしてデザインを進めていきました」
「MX」という車名はこれまで、「MX-3」や「MX-6」などのクーペに多く使われてきたという記憶があるが、松田氏によれば昔から、新しい技術やデザインの車種に取り入れてきた文字であったとのこと。今回のMX-30には、EVやマイルドハイブリッドといった新しい技術を採用していることから、この名を与えたのだという。
驚いたのは今後の展開だ。MX-30という車名がCX-30に近いことから、MXもシリーズ展開していくのかと思ったら、そうではないらしい。
「デザインについては、ここでのチャレンジを他の車種にモチーフとして用いることはあるかもしれませんが、MXシリーズとして展開していくつもりはありません。あくまでデザインとエンジニアリングの新しい試みの1台として、こういう位置づけにしました」
マツダがブランドとしての統一感を徹底した結果、これまでの鼓動デザインに対し、一部で「どれも同じ」との声が出ていたのは事実だ。しかし今後は、MX-30の登場を契機とし、マツダの表現の幅が広がっていくかもしれない。MX-30はマツダデザインのひとつの方向性を示唆するクルマでもあるのだ。