パリ発のラグジュアリーカーブランド「DS」の真髄を多くの人が体験できる日がやってきた。コンパクトなサイズで価格も手頃な「DS3クロスバック」が日本に上陸したのだ。贅を尽くしたデザインが目を引くDS3クロスバックに試乗し、その魅力を体感してきた。
200万円台のフレンチラグジュアリー
DSブランドが日本で本格展開を始めたのは、2015年の東京モーターショーからだった。ただし、その時のラインアップは、いずれもシトロエンの「DSライン」として販売されていた「DS3」「DS4」「DS5」をベースとし、フロントマスクを一新するなどのバージョンアップを図ったクルマたちだった。
DSブランドが初めて開発したクルマ「DS7クロスバック」は、日本では2017年の東京モーターショーで初披露となった。エクステリアやインテリアにちりばめられた宝石のような演出の数々は、他国のプレミアムSUVとは一線を画すものだった。
しかし、DS7クロスバックは車名の数字からも分かるように、DSブランドのフラッグシップモデルであり、1.9mに迫るボディ全幅、ベースグレードでも500万円近い価格など、誰もが手の出せるクルマではなかった。
DS3クロスバックは、その点が大きく異なる。ボディサイズは全長4,120mm、全幅1,790mm、全高1,550mmで、駐車場事情が厳しい日本でも持て余さない大きさに納まっている。しかも、価格は200万円台から用意されているのだ。
でも、そこに手抜き感はない。むしろ、「Bセグメント」と呼ばれるこのクラスで、よくぞここまで凝ったデザインを盛り込んできたものだと感心したほどだ。
フロントマスクでは、「DSウィング」と呼ばれるグリルの左右にしつらえられたヘッドランプ「DSマトリクスLEDビジョン」に目を引かれる。外側の3つがロービーム、内側のユニットがハイビームを担当するのだが、内側のユニットは15個のLEDを備え、フロントウインドー上部のカメラで先行車や対向車を認識しているので、常時ハイビームのままでも周囲のドライバーを幻惑させずに走行できる。安全性の高い装備だ。
このDSマトリクスLEDビジョンから下に、カーブを描きながら降りていくデイタイムランニングランプも、単なる線とはせずに、パールのネックレスを思わせるアクセントを入れるなど芸が細かい。
リトラクタブル式ドアハンドルに感動
サイドでは、センターピラーの「逆シャークフィン」(シャークフィン=サメの背ビレ)が印象的だ。3ドアハッチバックの「DS3」でおなじみの造形を、見事に5ドアに落とし込んでいる。ドアの下の方を横方向に走るキャラクターラインがV字というのも鮮烈だ。そしてやはり、ドアハンドルに触れないわけにはいかないだろう。
リモコンキーを持った状態で車両に近づくと、ドアハンドルが自動でポップアップしてきて、クルマから降りて離れていくとハンドルが引っ込む。リトラクタブル式と呼ばれるこの方式を、DS3クロスバックはこのクラスで初めて装備した。コンパクトだけどラグジュアリーというDS3クロスバックを象徴するのは、このパーツかもしれない。
リアビューの主役は、クロームメッキのバーでつないだ切れ長のコンビネーションランプだ。それ以外は、DSのエンブレムとDS3の文字が入るぐらい。フロントやサイドにもいえることだが、面はシンプルで無駄な装飾はない。かなり個性的なディテールを入れつつも、うるさいと感じさせないのは、このメリハリの効いた演出によるところが大きい。
DS3クロスバックには「Be Chic」「So Chic」「Grand Chic」の3グレードがある。エクステリアはホイールが異なるぐらいだが、インテリアはBe Chicが「モンマルトル」、So ChicとGrand Chicが「バスチーユ」をテーマとする仕立てとなる。
モンマルトルは芸術家が集うパリ北部の丘。東部にあるバスチーユ広場は、フランス革命の発端となった地だ。パリの名所をモチーフとするインテリアは、DS7クロスバックでも用いられている。他国のプレミアムブランドには真似できない手法だ。
筆者はGrand Chicに試乗した。ドアを開けるとまず、ブロンズ色のトリムが目に入る。これもまた、他車では見られない色調だ。しかも、手で触れると予想以上にソフトで驚く。レザーシートはこのクラスとしてはたっぷりしたサイズとふっかりした座り心地を備えていて、これだけでもフレンチラグジュアリーを実感できる。
ルーブル美術館のピラミッドにインスピレーションを得たというダイヤモンドが、センターパネルのスイッチやルーバー、デジタル式メーターなどにちりばめられている。セレクターレバー周辺のスイッチパネルでは、機械式腕時計などに使われた技法「クルー・ド・パリ」を再現。宝飾品を思わせる。
200万円台スタートのDS3クロスバックが、DS7クロスバック以上に凝ったディテールを採用しているとは思わなかった。Bセグメントでは飛び抜けた存在であり、独創と革新にあふれたパリ生まれのクルマらしい空間だ。
それに、よく見ると、エクステリア同様、ベース部分の造形はシンプルである。だから、前述のディテールが際立っている。小ぶりなメーターパネルからも、ミニマリズムを感じる。おしゃれの真髄を教えられたような気がした。
デザインに惹かれた人を裏切らない走り
前席優先という雰囲気があるDS3クロスバックではあるが、実用性も高い。リアシートには身長170cmの筆者が楽に座れるし、ラゲッジスペースは通常でも360L、リアシートを畳めば1,050Lのスペースが得られる。フランス車らしく、実用性にも手抜かりはない。
走り出してからの機動性も高い。やや高めの着座位置のおかげで視界は良好で、大きすぎないサイズと寝すぎていないフロントウインドーのおかげでストレスなく運転できる。ボディサイドのシャークフィンが側方視界をさえぎるかと思ったら、助手席のヘッドレストの位置と一致していて問題なかった。
エンジンは1.2リッター直列3気筒ターボで最高出力130psを発生し、8速ATが組み合わせられる。まず感じたのは静かさで、3気筒特有の音はほとんど耳に入らない。わずか1,750rpm(エンジン回転数)で最大トルクを出すエンジンと、このクラスでは異例の8速ATによるきめ細かい変速のおかげで、加速はいかなるシーンでもスムーズだ。
Grand Chicには、同じくフランス生まれの高級オーディオブランド「フォーカル」の12スピーカーサウンドシステムが備わっていた。メリハリがあるのに尖りすぎず、すっと耳に入ってくる自然な音色は、まさにフレンチタッチだ。
DS3クロスバックは新設計プラットフォーム「CMP」を採用した第1号車でもある。その効果は絶大で、乗り心地はコンパクトなサイズを忘れるほどしっとりしていた。ハンドリングは軽快な身のこなしとその後の安定性が両立しており、レベルが高い。「DSドライブアシスト」と呼ばれる運転支援システムが、日本やドイツのライバルに匹敵するレベルにあることも確認できた。
ひと昔前のフランス車は、デザインはいいけれどエンジニアリングがいまひとつだったが、DS3クロスバックはアヴァンギャルドかつエレガントな雰囲気に魅せられた多くの人たちを満足させられる走行性能を兼ね備えている。しかも、サイズや価格は手頃だ。このクルマをきっかけに、日本でDSブランドがメジャーになるかもしれない。そんな可能性を感じる1台だった。