英国の「ミニ」とイタリアのフィアット「500」は、ともにレトロタッチのコンパクトカーとして根強い人気を誇る。なぜ、この2台は日本のコンパクトカーと違って見えるのだろうか。デザイン面から考えてみた。
ミニが大人っぽく見えるワケ
今年は「大英帝国の小さな巨人」とかつて言われたコンパクトカー「ミニ」が誕生して60周年という記念すべき年だ。
ミニは1959年、当時のBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)が生み出したクルマだ。その後、メーカーが何度か再編されていく中でも生産が続き、現在はBMW傘下のブランドとなっている。
BMW製となって以降、ミニはプレミアムコンパクトへの転身を図り、その戦略は成功した。現在はオリジナルボディの「3ドア」のほか、「5ドア」および「コンバーチブル」、ひとまわりサイズの大きな「クロスオーバー」、ワゴンの「クラブマン」と、全部で5つのボディタイプを持つファミリーに成長している。
同じように、かつてのコンパクトカーがプレミアムコンパクトとして生まれ変わった輸入車というと、イタリアのフィアット「500」が思い浮かぶ。先代の500が生まれたのは1957年とミニの2年前。1977年に生産を終了するが、誕生50周年を迎えた2007年に復活を遂げた。
500にはオリジナルの3ドアのほか、カブリオレの「500C」、やや大柄な5ドアクロスオーバーの「500X」、さらに、わが国での販売はないが500Xと同等のサイズを持つワゴンの「500L」、これのリアを伸ばして3列シートとした「500Lワゴン」がある。
BMWプロデュースのミニがデビューした時、筆者は、1987年に日産自動車が当時の「マーチ」をベースに限定販売した「Be-1」を思い出した。丸いヘッドランプや台形のプロポーションなど、Be-1はクラシックミニを参考にしたようなデザインだったが、新生ミニはそのBe-1をモチーフとしたのではないかという気がした。
でも、ミニはBe-1より大人っぽく見えた。理由を今、自分なりに考えてみると、フロントグリルが落ち着きをプラスしていたこと、シックなボディカラーが用意されていたこと、そして、英国車というイメージが大人っぽさを感じさせたということ、この3つがポイントだったのではないかと思っている。
もちろん、クロームメッキのグリルはクラシックミニから継承したものだし、ブリティッシュグリーンをはじめとする渋いボディカラーも、クラシックミニに用意されていたものだ。
ついでに言えば、1950~60年代の英国車は華やかな色が少なく、ロンドンの空を思わせるような微妙なカラーが英国車らしさを表現していたとも思っている。それを見越したカラーバリエーションだったなら、さすがというほかない。
しかも、BMWプロデュースのミニは丸目の顔と台形フォルム以外にも、キャラクターラインを持たないボディサイド、縦長のリアコンビランプ、インテリアではインパネ中央の大きく丸いメーターなど、クラシックミニの特徴を継承している。
紛れもなく「500」に見せるデザインの技
クラシックのデザイン哲学に則ったクルマづくりを行っている点はフィアット500も同じだ。パワートレインを見れば、横置きフロントエンジン・前輪駆動というメカニズムを継承したミニに対し、500は先代の縦置きリアエンジン・後輪駆動から横置きフロントエンジン・前輪駆動へと180度以上の方向転換を遂げているが、真横から見たプロポーションに大きな変化はない。昔のフォルムを受け継ぐことに相当こだわったのだろう。素晴らしい仕事だと思う。
それだけではなく、現行500は小動物のような顔つきや、ミニに似た縦長のリアコンビランプ、ボディ同色のインパネなどに加え、正月に飾る鏡餅を思わせる上下2段のスタイリングも先代と同じテイストだ。だから、紛れもなく500に見える。
細かく見れば、センターピラーを黒塗りとしているところなど、ミニと500にはクラシックと異なる箇所もけっこうある。でも、多くの人がミニであり、500であると認めるのは、オリジナルで目立つ部分はどこかを研究し、その部分だけを上手に取り込んだメリハリの付け方がなせるわざなのではないかと思っている。
それは、ミニと同じくBMWが開発した英国の超高級車「ロールス・ロイス」や、昨年日本でも復活したフランスの「アルピーヌ」などにも共通する考え方だ。エッセンスだけを取り入れて、あとはシンプルに仕上げている。
ミニのクロスオーバーやフィアットの500Xなど、オリジナルには存在しなかったボディを違和感なくラインナップに加えてしまえるのも、勘所を押さえたデザイン戦略があってこそだろう。作り手は、どこがミニらしく、どこが500らしいのかを熟知しているに違いない。
日本車と欧州車のカーデザインで異なるところの1つとして、前者には足し算のデザインが多く、後者には引き算のデザインが多いのではないかと考えている。もちろん例外はあるけれど、より具体的に言えば、日本車は欧州車よりも線が多い傾向があると感じる。
線だけではない。バンパーのインテーク(空気取り入れ口)にしても、インテリアの素材の使い分けにしても、日本車は演出が過ぎると思ってしまう車種が少なくない。やはり、心配性なのだろうか。万人に受け入れてもらおうと思うがゆえに、要素が多くなってしまうのかもしれない。ただ、演出が少ないクルマの方が、落ち着いて見えるのは事実である。
しかも、ミニと500のオリジナルが生まれたのは半世紀以上も前であり、長い歴史を生き抜いてきたブランドだという側面もある。作り手も、そのようなヘリテージ性を各所に盛り込んでいる。それが、単なる可愛らしいコンパクトカーでは終わらない、独特の立ち位置を生み出しているのではないだろうか。
JCWとアバルトにも漂う落ち着き感
それは、2台をベースにしたスポーツモデル、ミニ「ジョンクーパーワークス」(JCW)とアバルト「595/695」についても言える。アバルト695は1.4Lターボから最高出力132kW(180ps)、ミニJCWは2Lターボから同170kW(231ps)を発生させるという高性能車であるが、エアロパーツやストライプ、アルミホイールなどの造形は控えめであり、乗り心地も荒くないので普段使いできる。
以前聞いた話では、アバルト595/695はフィアット500の上級版として購入するユーザーも多いという。ミニJCWもそうだろう。良し悪しは別として、メルセデス・ベンツのAMGのような買い方をする人が多くなっているのだ。
確かに、ミニJCWやアバルト595/695は、高い性能のみならず、そういったユーザーをも満足させるような上質な雰囲気を備えている。高価な値付けに見合う内容なのだ。高性能版というと、リアに巨大なウイングを装着しがちな一部の日本車とは、目指す方向が全く違うことが分かる。
ミニも500もプレミアムコンパクトという位置付けなので、コンパクトカーではあるが若者向けには仕立てていない。いわば小さな高級車であり、ユーザーの年齢層もそれなりに高いことが想像できる。
自分を含め、そのあたりの年齢のユーザーには、若返りたいという気持ちはあるけれど、若者向けのモノと付き合いたいわけではないという人が多いのではないだろうか。ミニと500に共通する、可愛らしい顔つきと大人っぽい仕立てを両立した姿からは、私たちの嗜好を熟知した作り手の洗練された手腕が見てとれる。