今の時代、「イクメン」という言葉を知らないという人はいたとしてもごく少数でしょう。イクメンという言葉の知名度がぐっと上がったのは、2010年6月、当時の長妻昭厚生労働大臣がスタートさせた「イクメンプロジェクト」といえるでしょう。同プロジェクトは、働く男性の育児参加、育児休業取得の促進を目的としたのもの。以降、イクメンという言葉は社会に定着していきますが、イクメンの妻、女性たちは「イクメン」をどう見ているのでしょうか。
「うちの夫はイクメンで~」と嬉しそうに語る女性もいれば、「女性は育児を頑張ったところで"イクジョ"なんていわれない」とか、「イクメンといってもてはやされる段階で、男性を甘やかせている」なんて考えている人も実際はいます。
「男性が育児に参加する・手伝う」ことでイクメンと称賛――。つまりこれは、「参加」「手伝う」ということは、男性自身が主体的にしているのではなく、手助けという感じがし、それだけで褒め称えられている点に女性は不満を感じるのでしょう。それは家事に関しても同様で、働く女性の場合は特にこの辺に敏感な気がします。
この問題、非常に難しいです。良かれと思って男性が家事や育児を「手伝おう」といったことで新たな火種を呼んでしまう。今回は、この複雑な問題を考えていきたいと思います。
「イクメン」に対する女性の不満のもとは……
伝統的に、女性には育児や家事を行うことが期待されてきました。その一方で、男性には、外に仕事へ行き、妻や家族を経済的に支えることが期待されてきました。いわゆる、性役割というものです。
そして時代は進み、大正時代に女性が社会進出し、働く女性たちが登場してきます。しかしその時も、「夫となる男性の苦労を自身が知ってから結婚したほうがよい」という考えがあったので、男性と同じように活躍することは期待されていませんでした。
しかし、今はどうでしょう。女性たちには、男性と互角の活躍が社会で期待されています。それだけではなく、これまで通りの育児や家事も女性には期待されているわけです。つまり、仕事も育児も家事もがんばっている。にも関わらず、女性にはそれらすべてをやりきって当たり前だという風潮が社会にはあるわけです。
育児や家事はやって当然。その上で仕事を頑張ったとしても、別にそれは普通のことだと。結果、女性が仕事も育児も家事も頑張っていても、ほめられることはありません。
今の社会では、女性が仕事をするからといって育児や家事から解放されることはほぼありません。育児や家事の主体は女性であり、男性には手伝い程度しか期待されていないのです。その結果、補助的な参加であっても、育児や家事に参加することで男性は「イクメン」として称賛されます。
人間関係には、equality理論というものが存在します。自分が相手に対して行うことと、相手から自分にしてもらうことが釣り合わないと、不公平となり不満になるのです。女性と男性では、すでに育児と家事で不公平が生じています。そこに加えて、イクメンという言葉によって男性は評価され、女性は評価されないという不公平さをさらに生み出し、不満を増長させているのです。
著者プロフィール
平松隆円
化粧心理学者 / 大学教員
1980年滋賀県生まれ。2008年世界でも類をみない化粧研究で博士(教育学)の学位を取得。京都大学研究員、国際日本文化研究センター講師、チュラロンコーン大学講師などを歴任。専門は、化粧心理学や化粧文化論など。魅力や男女の恋ゴコロに関する心理に詳しい。
現在は、生活の拠点をバンコクに移し、日本と往復しながら、大学の講義のみならず、テレビ、雑誌、講演会などの仕事を行う。主著は「化粧にみる日本文化」「黒髪と美女の日本史」(共に水曜社)など。