プログラムは滞りなく進み
モニター価格のおかげで浮いた予算を使い
念願のシャンパンタワーも披露できた。

式は佳境を迎え

両親への手紙。

内容は優喜にも話していないが
私が読む前から
なぜか優喜が先に泣いていた。

それを見て私も
思わずこぼれそうになった涙をこらえる。

「…お父さん、お母さん。
今日、この日を迎えられたのは、本当に2人のおかげです。
感謝の気持ちを、手紙にしてきました。
うまく、伝えられるか分からないけど…聞いてください」

すぅっと息を吸い込み
気持ちを落ち着かせる。



「お父さん。優しくて一生懸命で、でもちょっと不器用だったお父さん。
3年前の、ちょうど今日。病気でこの世を去ってしまった時、本当に悲しくて悲しくて…。何カ月も泣き続けていました。
まだまだこれから親孝行、たくさんしたかったのに。ウエディングドレス姿、見て欲しかったのに…。
たくさんもらった愛情も優しさも、私はまだ全然かえせてなかったよ。でもお父さん、言ってくれたよね。「もうじゅうぶん、かえしてもらってるよ」って。「足りないって思うなら、もっともっと幸せになりなさい。綾乃が幸せになることが、お父さんの幸せだから」って…。
ありがとう。本当に、ありがとう。私、ぜったい幸せになるからね。ずっとずっと見守っててね…」

会場の至る所から
すすり泣く声が聞こえる。

「小さい頃は、私が起きている時間に家に帰って来ることはほとんどなくて、私は休日に『おとうさん』という名前の人が遊びに来てるんだと思っていました。私は覚えていないんだけど、「『おとうさん』のお家はどこ?帰らなくて大丈夫?」なんて無邪気に言っていたんだと、お母さんから聞きました。お父さんが私たちのために一生懸命働いてくれていたからこそ、今の私がいるのにね。ヒドイこと言って、本当にごめんなさい。

中学生の時に、お母さんが風邪で寝込んで、お父さんがカレーを作ってくれたことがあったよね。お父さんが慣れない手つきで一生懸命作ってくれたカレ―だったのに、反抗期だった私は「お父さんが作ったのー?おいしくなさそう。お母さんのがいい。いらなーい!」なんて、冗談半分に言ってしまったよね。
その時のお父さんの本当に悲しそうな顔、今でも忘れることができません。
結局一人でカレーを食べていたお父さんの背中に、何度も謝ろうとしたのに、結局できなかった。どうしてあのこと、一度もきちんと謝れなかったんだろうって、今でもすごく後悔しています。
本当に、ごめんなさい。お父さん作ったカレー、本当はすごく食べたかったよ。おいしくはないかもしれないけど、きっとめちゃくちゃ優しい味がしたんだろうな」

マイクを持つ優喜の手も
ずっと小刻みに震えている。

私の瞳からも
次から次に

涙が
とめどなく溢れ出てくる。




「お父さんとの思い出って言えば、小さい頃、お父さんが好きだった京急電車をよく一緒に見に行ったことかな?踏切前で、真っ赤な電車が間近を走っていく様を、2人で飽きもせず何時間も見てたね。
私が電車好きなのも、お父さんの影響なんだろうな。縁あって、京急電車で結婚式を挙げれたこと、お父さんはきっと喜んでくれるかな?」

お母さんの手の中にいる
はにかんだ笑顔のお父さんを

まっすぐ見ながら、続けた。

「お父さん、本当に、本当に、ありがとう。もっともっと生きている間に伝えたいこと、たくさんあったのに…。照れくさくて、なかなか言えなくてごめんね。
シャイなところは、お父さんに似たのかもね。
ワガママで自分勝手な娘だけど、どうか、これからも見守っててね…」

お母さんへの手紙も用意していたのだけれど
涙で、言葉が出てこない。

「お…かあ、さ…」

優喜が拭ってくれても、拭ってくれても
涙があふれてくる。

声がつまって、うまく話せない…。

私がお母さんへの手紙を前に
嗚咽を漏らしていると

「…綾乃」

いつの間にかマイクを手にしていたお母さんが

私に
語りかけた。

「今日はね、私も手紙を預かっているの。
先に読んでも、いい?」

!

手紙、って

え?誰から…

プログラムにない展開に
戸惑いを隠せない私に

構うことなくお母さんは続けた。


「綾乃へ。
この手紙が読まれている頃には、私はこの世にいないかもしれない。
何年後だろう?10年後?20年後?5年以内ならお前、たいしたもんだよ。いい男、つかまえたんだな」


!!!

お と う さ ん ?


「綾乃の結婚式で読んでほしいと、お母さんに渡しておこうと思ってな。
ドレス姿、見れないのは残念だったけど。親バカなこと言わせてもらうと、きっとめちゃくちゃキレイなんだろうな。顔見て直接はこんなこと言えないけど。手紙だし、いいだろ」

お父さん…!

涙が崩壊したダムのように
とどまることなく流れてくる。

「小さい頃は仕事ばっかで、かまってやれなくてごめんな。それからカレーのこと、綾乃があの後えらく気にしてたと、母さんから聞いたよ。気にすんな。食ってみたけど、笑えるくらいマズかったから。食わなくて正解だったよ、本当!」

不器用なお父さんの
せいいっぱいの優しさ。

私が気にしないように
冗談で笑い飛ばそうとしてくれる。

「綾乃とはよく一緒に、電車見に行ったよな。覚えてるか?赤い電車が通過するたび、お前、キャーキャー言ってたんだぞ」

お父さんも、覚えてくれてたんだね。
覚えてるよ、当たり前じゃない…。

「綾乃、幸せになるんだぞ。ちゃんとお前が幸せか、遠くから見守ってるからな。
それから、新郎さん。綾乃を、よろしくお願いします。意地っ張りで素直じゃないとこもあるけど、本当はめちゃくちゃ気の優しい、いい子なんです。私にとっては誰よりも可愛い、自慢の娘なんです。
幸せに、してやってください。
父より」

さっきまで、震えいていた優喜の手は
ピタッと止まっていた。

お父さんの写真に向かってシャンと背を伸ばし
まっすぐな瞳で

「はい。必ず幸せにします」

1ミリの躊躇もなく
ハッキリした口調で

そう言った。

あぁ、だからやっぱり私はこの人なのだと。

「幸せになる」というお父さんとの約束を
この人となら守れると。

改めて確信した。

「綾乃。お母さんからも、少しだけいいかしら?」

「うん…?」

母の突然の申し出。
まだ何か
サプライズでもあるのだろうか?

「優喜さん、綾乃、本当におめでとう。
『ブライダル・ウイング号』の話を聞いた時は、正直驚いたけど、同時に嬉しさがこみあげてもきました。

綾乃。あなた、お父さんが京急電車を好きだったから、よく電車を見に連れて行かれた自分も、電車が好きになったと思ってるでしょ?」

???

違うの?

「本当はね、逆なの。お父さん、電車なんか興味なかったのよ。昔からバイク乗りでね、乗り物と言えばバイクにしか興味のない人だったから」

「え…!?」

お父さんがバイク好きなのは知ってたけど…

電車も好きなんじゃなかったの?

「小さい頃の綾乃は、引っ込み思案でね。自分の感情を出すのが苦手だったの。『嬉しい』も、『悲しい』も、なかなか表情に出してくれなかったのよ。

でもね、横須賀中央駅近くの踏切を通った時、たまたま通過した真っ赤な京急電車に、綾乃が反応したのよ。普段は大きな声を出すこともない子だったんだけど、「びゅーん!」って叫んで、嬉しそうに手足バタバタさせてね。見たことないくらいの笑顔で、走っていく電車を見てたのよ」

!

「お父さん、それがよっぽど嬉しかったのね。それからは休みのたびに『びゅーん、見に行こうか?』てアンタのこと、踏切まで連れて行ってたのよ」

そう、だったんだ…。

「そのうち、趣味だったバイクも売っぱらってね。何買って来たのかと思えば、京急電車の巨大プラレールのセットと、電車でGOのゲーム。綾乃、大喜びだったんだから」

気丈な口調で話すお母さんの目にも
うっすら涙がたまっている。

「綾乃が電車のチラシ見ながら『けいきゅん』の似顔絵を描いてるの見て、次の日にこ~んなおっきい『けいきゅん』のぬいぐるみ買ってきたこともあったわね。
お父さんが京急電車にハマったのは、綾乃の影響。綾乃が喜んでくれたからなのよ」

「お父さん…」

私は本当に

なんて

なんて


大きな愛で
包まれていたんだろう。



ありがとう、なんて
言葉じゃ伝えきれない。





どうやったら


こんにな大きな愛をくれた

お父さんとお母さんに



感謝を伝えることができるんだろう?



「それから、もう1つ。コレは口止めされてたんだけど…」


ピクッ!

自分の方が涙でぐちゃぐちゃなのに
一生懸命私の涙を拭ってくれていた

優喜の手が
急に止まった。

「綾乃、優喜さんに感謝しなさいね。
綾乃がお父さんに結婚式見せてあげられなかったこと、後悔してるって知って、こっそり私に、相談に来てくれたの」

「え!?」

何それ、初耳…!

優喜は、気まずそうに横を向き
私と目を合わせようとしない。

「お父さんと綾乃の、思い出の場所や思い出のもの。何か2人にとって、大切にしていることがあれば教えてくれって。
自分はお父さんに会ったこともないし、何ができるわけでもないけど、少しでも綾乃とお父さんの喜ぶ式にしたいんだ、って。
それでいくつかお父さんと綾乃の思い出話をしてね。きっと忙しい中たくさん調べてくれたんだと思うわよ。『京急電車』で結婚式を挙げるプランを見つけてきてくれたの」

「!!!」

知らなかった…。

それであんなに、京急電車にこだわってたの?


私の、ため。

お父さんの、ため…?



「優喜…!」

ハンカチを持つ優喜の手を

強く握った。

「バカ…。そんなの、言ってくれなきゃ分かんないよ…!
私のためだったの?私のために、ぜんぶ…!」

「綾乃のため、っていうか…。綾乃が喜んでくれたら、オレも嬉しいから。結局は…オレのため?」

気を使わせない軽口。

こんなところ、お父さんにちょっと
似てる。




私は

なんて幸せものなんだろう。


不器用で優しい、お父さんの愛に包まれて

おしゃべりでお調子者
でも本当は誰よりも人の気持ちに敏感な、お母さんに背中を押されて


そして

どこまでもまっすぐで優しくて

こんな私を愛して受け止めてくれる


最高のパートナーがいて。




私の幸せを
祝ってくれる

親族や友人が

こんなにたくさんいて…。




こんなにたくさんの愛に包まれて


お父さん

わたし
本当に幸せだよ。



ワガママで意地っ張りで

まだまだ未熟な私だけど


少しでも

少しずつでも


みんなに返していけるよう


感謝の気持ちを忘れないよう



優喜といっしょに

歩いて行くからね。




お父さんからもらった大きな愛を



未来へ


未来へ


つなげられるように―――


エピローグ


「朱莉!ほーら、クツ脱いで」

「はーーーい」

「いま脱ごうとしてたんだよなー?朱莉は」

「優喜!甘やかさないでよ、もー」

相変わらずのはにかみ笑顔で
朱莉を抱っこする優喜。


「あ!けいきゅーん」

電車内のポスターを指さして
朱莉が叫んだ。

「朱莉もやっぱり好きなのねー、電車」

「朱莉の場合は、電車よりもけいきゅんが好きなんじゃない?」

「かもねーw」


「ばぁば、ばぁば!」

朱莉が窓の外を指差しながら叫んだ。

「はいはい、もう着くからね、ばぁばのお家。朱莉ったら、分かるのね。実家が近づいてること」

「朱莉は賢いもんなー?
お義母さん、また新しいおもちゃ買って、楽しみに待ってくれてるみたいだな」

「そうだよー!もー。あんまりあげすぎないでって言ってるのにー!」


朱莉の頭を撫でながら
窓の外に目をやると

あの頃と変わらない懐かしい風景と
私たちの知らない新しい風景が

お互いを尊重し合うように調和し
広がっている。


「少しずつ変わっていくんだね、横須賀中央駅も」

「そうだなー…。でも朱莉にとっては、今の横須賀中央駅が全てなんだよな、きっと。将来、あの頃の駅が懐かしいな、なんて、今日の景色を思い出すのかもしれないよ」

「そうだね…」

少しずつ変化していく。

駅も
私たちも。


「オレたちにとって、横須賀中央駅だけじゃなく、今住んでる横浜駅が大切な場所になったように、朱莉もきっと、もっともっと大切な場所や大切なものが増えていくんだろうな」


「大切な、もの…」



変化していくことが

少し寂しくはあるけれど

同時に
どう変わっていくんだろう?と、楽しみな気持ちもある。



「大切なものが増えていくって、すごく幸せなことだよね…」





お父さん。

見てくれてる?


お父さんがくれた
幸せのバトン


私も
つないでいくからね。



未来へ――――


end



その他の受賞作品はこちら


<京急グループ小説コンテスト準大賞作>

***

「京急グループ小説コンテスト」は、マイナビニュース、京浜急行電鉄、小説投稿コミュニティ『E★エブリスタ』が共同で、京急沿線やグループ施設を舞台とした小説を募集したもの。テーマは「未来へ広げる、この沿線の物語」。審査員は、女優のミムラ、映画監督の紀里谷和明などが務めた。

(マイナビニュース広告企画:提供 京浜急行電鉄株式会社、マイナビニュース、エブリスタ)

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