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「赤い電車」のメロディーとともに
歌通り真っ赤な電車が品川駅のホームに滑り込んだ。


「綾乃(あやの)…おめでとう」

普段は気丈な母の
かすかに震える声に

涙がこぼれ落ちそうになる。

「お母さん… ありがとう…」

母の腕を
そっと掴み

真っ白なウエディングドレスの裾が汚れないよう
足元に気を配りながら

電車に乗り込む。

普段は通路となっている部分に敷かれた
真っ赤なバージンロードが
4両先まで続いている。

先頭車両の
車掌室前には

きっと

着なれないタキシードに身を包んだ彼が
少しはにかんだ笑顔で待っているのだろう。

約200席ある座席は
全て、式の出席者でうめつくされ

思い思いに着飾ったドレスや着物が
幸せな今日という日を彩っている。



私たちが乗り込んだのを確認すると

白いポケットチーフを胸に挿した車掌が
発車の合図を送る。



そして


特別4両編成の
「ブライダル・ウイング号」は


ゆっくり

ゆっくりと

動き出した―――。






「ブライダルトレインっていうのはどう?」

プロポーズから1週間。
式場はどこにしようかと、あれこれネット検索していた私に

彼が唐突に言い出した。

「ブライダルトレイン・・・?」

何それ?
聞いたことない。

「最近はやってるらしいんだ!式場やレストランだけじゃなくて、テーマパークとか映画館とか、2人の思い出の場所で式を挙げるっていうの」

そう言いながら
パソコンにかじりついていた私を押しのけ
勝手にGoogleで検索し出した。

「ふーん…」

私の彼…今は婚約者、の
水沢 優喜(みなさわ ゆうき)は

1つ年下。

28年生きてきて
スレにスレてしまった私とちがって

まっすぐで
アツくて

何にでも一生懸命な

とにかく
イイヤツ。

愛想がよくって
人懐っこくて

こんなこと言ったら怒られるかもだけど

犬みたいで
なんか、かわいかったりもする。

性格がクソガキ過ぎて
時々とんでもなく腹立つこともあるんだけど

そこも含めて
一緒にいたいと思える人。

「ホラ、これこれ!」

「世界に1つ♪個性派ウエディング」というタイトルのまとめページでは
結婚式の多様化をうたい、様々なスタイルの結婚式を紹介しているらしかった。

その中の
「ブライダルトレイン」のページをクリックしながら
優喜が続ける。

「オレらが出会ったのも、京急電車だしさ。こういうのも面白いんじゃない?」

「そうだね~。『モーニング・ウィング号』使ってなかったら、出会ってなかったかもしれないもんね」




1年前、私たちが出会ったのは
着席保証列車『モーニング・ウィング号』がきっかけだった。

定期券であるウィング・パスを購入している私は
平日は毎日この列車を利用していた。

席は確保されているが、座席指定はないため
どこに座ってもいいのだが

3号車の7列目、左側窓際の席。
と、なんとなく自分の座る席を決めていた。

そんなたいした理由ではない。

誕生日が3月7日だったから。
ただ、なんとなくだ。

しかし4月上旬のある日。
私のいつもの席に
彼が座っていたのだ。

後で聞いた話だと
会社の寮があまりに閉鎖的で嫌気がさし

横須賀中央駅近くで一人暮らしを始めたタイミングだったらしい。

いつもの席に座れなかったことは
今までにも何度かあった。

たまたま別の人が先に座ってしまっていたのだ。


でも彼の場合は

次の日も、その次の日も
ずっと同じ席に座っていたのだ。

これも後で聞いた話だが

なんと彼の誕生日も
私と同じ3月7日で

縁起をかついで
その席に座っていたらしいのだ。

仕方なく1つ後ろの席に座ることにした私は
何となく彼を目で追うようになっていた。

私と同じ横須賀中央駅から乗って
品川駅で降りていく彼。

私は終点の泉岳寺駅まで乗っているので
いつも彼の後姿を
こっそり見送っていた。





しかし

1か月ほどたったある日。

よっぽど寝不足だったのか

品川駅についても
彼が降りなかったことがあった。

「?」

後ろから遠慮がちにのぞいてみると

「…え~」

寝てる。


てかコレ、まずいんじゃない?

降り過ごしちゃったら、遅刻でしょ?


「…あの!」

思い切って
彼の肩をゆすってみた。

「品川駅ですよ!」

耳元で大きめの声で叫ぶと

「…ん~?……あ!!!」

ようやく目が覚めたらしく
荷物を掴んで、慌てて電車を飛び降りた。

「よかった~…」
何とか間に合ったみたいだ。

彼の姿を確認しようと
窓の外に目をやると

「!」

彼が私の座っている席の近くまで来て
窓越しに

深々とお辞儀をした。

その律義さと端正な身のこなしに
私が驚いていると

顔を上げ
少しはにかんだ笑顔で

「あ り が と う ご ざ い ま し た」


窓越しでも唇が読めるよう
ゆっくりと彼が口を動かした。

次の日から

私の(勝手な)指定席は
彼の後ろの席から

彼の横の席へと

変わったのだった。





「ホラ、見て見て!京急電車でも、こういうのやってるみたいだよ?」

「ブライダル・ウィング号…?」

優喜の開いたページには、電車の外観と、内装のイメージ図がでかでかと載っていた。

「そう!俺らの出会った『モーニング・ウィング号』の姉妹列車なんだって!すげーよくない!?」

「へー…」

「まだ企画が立ち上がったばっかりで、試運転段階だからモニター価格で利用できるらしいよ!
これなら、俺らの予算でも足りるんじゃない?」

何のよどみもなく関連ページを次々と開いていく優喜を見て

ていうかコレ、今思いついたんじゃなくて
事前にめちゃくちゃ色々調べてきたパターンのやつだ。

というのがよく分かった。

優喜はよく
思いつきで、ココ行きたい、アレやりたい、とか言ったりもするけど

実はすごく頭がいい。

本当に実現したい提案に関しては
会社のプレゼンかってくらい、めちゃくちゃ調べて、準備してくる。

ココまで調べてきてるってことは

きっと 本当に乗りたいんだろうな、ブライダルトレイン。


「うん、いいよ。やろっか、その電車の結婚式」


開かれた画面を
たいして見もせずに、私は言った。

「え!いいの!?」

優喜の顔が
「パァァァァ!」ていう表現がピッタリなくらい
一瞬で明るくなった。

「いいよ、おもしろそうじゃん」

別に鉄ヲタでもないのに
そこまで電車にこだわるなんて

正直、意外だったけど。

確かに思い出にはなりそうだし
優喜がココまで我を通そうとするのは珍しい。


きっと、よっぽどやりたいんだろう。






本当は一応
観音崎京急ホテルを第一候補として考えていた。

おいしい料理のフルコースに、大きなケーキでファーストバイト。
シャンパンタワーなんていうのも、いいかもしれない。

豪華なホテルでの披露宴っていうのに
やっぱり憧れはあったんだけどね。


「やったぁぁぁあ!」


優喜の嬉しそうな顔を見てたら
それもまぁいっか、と思えてきた。


「お料理とかも用意してくれるのかな?一度、相談に行ってみる?」

私が聞くと、急に神妙な顔で優喜が言った。

「…それが実はコレ、抽選でさ。値段も格安だから人気あるらしいんだよね」

「あ、そうなんだ?」

な~んだ。
むしろ私は電車けっこう好きな方だし
乗り気になってたのに。

抽選当たらなきゃ、乗れないんだ。


「…なんだけど!実はもう、抽選当たってるんだよね!」

「え!?」

いつの間に応募してたの!?

「勝手にごめん!でも、綾乃が嫌だったら断ろうとは思ってたんだ。 綾乃、ハデ婚派だろ?」

…さすがMy婚約者。
よく分かっていらっしゃる。

「でもさ、コレ見て!挙式は電車の中でやるんだけど、披露宴は観音崎京急ホテルでできるんだ!」

「そうなの!?」

急に
私のボルテージも上がった。

「ホラ、この詳細プランちゃんと読んでみて」

品川駅で新郎新婦と出席者が全て乗り込み
そこから馬堀海岸駅まで特別ルートで電車が走る。
その間に車内で人前式が行われ、出席者からのフラワーシャワー。
馬堀海岸駅についたところで、新郎新婦は車で、出席者はバスで観音崎京急ホテルに移動し、ホテルにて披露宴が行われる。

「…ホント、だぁ!!」

こっそり第一候補に考えていたホテルで
披露宴ができる!

もう、やらない理由なんてどこにもなかった。


「優喜!ありがとう!最高の結婚式にしようね!!」




長い長いバージンロードを

母の歩幅に合わせながら
ゆっくりと進んでいく。

親族や友人の
笑顔と涙に彩られたその道が

私をまだ見ぬ未来へと導いてくれる。


4両分のバージンロードを
粛々と渡りきった先には

やはりはにかんだ笑顔でたたずむ

彼が待っていた。


「よろしく、お願いします…」

母がうるんだ瞳で
私を
彼に託す。

「はい」
一度だけしっかりと大きくうなずいた彼に
手を取られ

車掌の格好をした
ユニークな牧師の前で愛を誓った。

最前列の母の横には

不器用で
でも何にでも一生懸命で
優しかった父の

はにかんだ笑顔

その一瞬を切り取った写真が

私と彼の行く先を
静かに見守ってくれていた―――。





「ね、優喜!ホントによかったね!ブライダル・ウィング号!」




挙式の後
母と歩いたバージンロードを

今度は
夫となる優喜に手を取られ

最後尾の車両まで歩いた。

先ほどまでとは打って変わって
親族や友人が

ここぞとばかりに
花びらを投げつけてくれる
にぎやかなフラワーシャワー。


「おめでとー!」

「よかったねー!」

「あやのー!おめでとう!!」

最後列まで歩き切った頃には
ちょうど電車は馬堀海岸駅に到着し

予定通り車とバスでホテルに向かった。

披露宴会場の新郎新婦入場の直前

会場の扉の前でも

私はテンションを抑えきれずに
優喜に話しかけた。




「ホント、最高だったよ…。オレ、もう…」

感動屋の優喜は
電車内での挙式から

ずっとこんな感じで
涙をこらえきれずに目頭をおさえている。

そんな優喜が
今日はより一層、たまらなく愛おしく思える。

「新郎新婦、入場です!」

幸せへの扉が勢いよく開き
大きな拍手に迎えられながら

私たちは手をとり
新しい未来への一歩を踏み出した。



<後編は、9月6日(火) 掲載予定>
その他の受賞作品はこちら


<京急グループ小説コンテスト準大賞作>

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「京急グループ小説コンテスト」は、マイナビニュース、京浜急行電鉄、小説投稿コミュニティ『E★エブリスタ』が共同で、京急沿線やグループ施設を舞台とした小説を募集したもの。テーマは「未来へ広げる、この沿線の物語」。審査員は、女優のミムラ、映画監督の紀里谷和明などが務めた。

(マイナビニュース広告企画:提供 京浜急行電鉄株式会社、マイナビニュース、エブリスタ)

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