どこにいたって頭の上には空がある。
 夜の訪れとともに星がまたたき始める。それはここ、銀座の上空でも同じこと。
 けれど、イルミネーションや車のライトやショーウィンドウ、きらびやかな光があふれる街の中にいたんじゃ、誰の目にも星は映らない。
 ましてやこのバー、銀座5丁目の四つ角に立つビルの地下にある。ここのカウンターにいる人々の目に星は映らない。映っているのは目の前でグラスに注がれる冷えた生ビールのみだ。

 地下鉄銀座駅のコンコースに直結する、その名も「THE BAR」。とてもシンプルな立ち飲みスタイルのバーだ。ただし、こじゃれたカクテルなんかはここにはない。生ビール専門、生一本のバーである。
 店の中央を四角く囲んだ長いカウンターが「止まり木」になっている。そこに思い思いに止まって憩う人たち。会社帰りやショッピングのついでに、ちょっと立ち寄ってビールを一杯、さっと引っ掛けて、それに合うつまみを少々、パクッと食べて、またもう一杯、のど越しさわやかにぐいっと飲んで、ああ元気出た、さ、帰ろ。そういう大人が集まる場所だ。ここにいられる時間はビール2杯分。それが長いか短いかは人による。いい意味でくどくない。いい意味であとくされがない。いい意味で大人の通過点のような場所なのである。

 開店直後、1組の親子が現れた。母と娘。ショートカットの母親はかたちのいい耳にイヤーカフをつけて、黒いフェイクファーのコートを着ている。ピンヒールのパンプスをはいて、ピンと背筋が伸びたカッコいい大人の女性だ。娘はつややかな黒髪をアップにし、紺地に金銀の花々が咲き乱れる振袖を着ている。どこからどう見ても成人式の帰り道、娘をこのバーへと誘ったのはもちろん母親に違いない。
「私、ザ・パーフェクト黒ラベル」
 常連なのか、母親は迷いなく注文した。
「この子にも同じものを。初めて飲むお酒なんで、絶対おいしくなくちゃダメなんです」
 スタッフに向かって、聞かれてもいないのにそう付け加えた。娘は「やめて。子供扱い」と不服を申し立てたが、目の前になめらかな泡を冠した黄金色のビールがふつふつと呼吸するグラスが出てくると、
「わ、キレイ」と目を丸くした。
「キレイなだけじゃなくて、おいしいんだこれが。さ、グッと飲んでみて」
「え、いいの?」
「あたりまえじゃない。ハタチになったんだから、堂々とどうぞ」
 娘はグラスを持ち上げると、底からキラキラと湧き上がってくる星くずのような泡をみつめて、ぐいっと思い切りよくグラスを傾けた。ごく、ゴクリ。
「……なにこれ?!おいっしい!!」
 娘の表情がぱっと明るくなった。母親は得意げに笑みを浮かべる。
「つまりね。うわべだけじゃなくて、中身が伴ってるの。それが大事なの。人間もそうよ。そういう大人ってすてきじゃない?」
「そうそう、その通り」
 と、絶妙なタイミングであいづちを打ってきたのは、母親のすぐ左どなりに立っていた男性。歳のころは彼女と同じ、うっすら白髪が交じった髪、黒ぶちメガネに口ひげ、きちっとしたダークスーツが似合うなかなかのイケオジ。彼の左どなりにいるのは、若々しいダークグレーのセットアップに青いシルクのタイがあざやかな青年。こちらもやはり成人式帰りの父親と息子である。
「そちらも成人式で?」と父親がおとなりさんに問いかけると、
「ええ、まあ」と少々気まずそうに母親が答える。
「娘の成人式に同行するなんて、ちょっとどうかと思いましたけど……」
「私もです。ハタチになった息子を見届けに出かけて行くなんてやめてよと、妻には言われましたが……」
「そうだよ。成人式に親父連れてくるなんて、ほかにいなかったし。超ハズいって」
 息子が顔を赤くしているのは、初めて飲んだビールのせいばかりではなさそうだ。
「それ、わかります。あたしも頼むからやめて、って言ったのに、お母さんついてきちゃって」
 母親の右どなりの娘がカウンターに身を乗り出して、息子への共感をあらわにした。
 他人同士の父親と母親は、思わず知らず顔を見合わせる。父親は少々照れくさそうな苦笑い、母親は肩をすくめて見せた。
「私も、わかるわ。どうしてそちらが息子さんの成人式についていったか。だって、私も似たような理由があったから」
 おや、と父親がちょっとワクワクした表情になった。
「失礼ですが」と彼はカウンターに片ひじを乗せて言った。「それはつまり……帰りがけに、娘さんの人生初、ビールで乾杯!したかった……とか?」
「そうそう、その通り」
 と、母親は微笑んで続けた。
「人生、甘いことばっかりじゃない。苦くて、はじけてて、だけど後味はスッキリしてて……」
「最後には、ぷはぁっと上を向いて。そしたらきっと、星が見える」
 娘と息子は、あいだに母親と父親をはさんで顔を見合わせた。
「あの……もしかして」と息子。
「ふたり、知り合い……とか?」と娘。
 父親と母親はもう一度目を合わせて、ふふっと笑い合った。
「昔むかし、大人になる前のね」
 かつては恋人同士、いまはよき友人となったふたり。それぞれの子供が大人の仲間入りをする日、このバーで乾杯しようと約束していたのだった。
 ビールを2杯、楽しんだあと、4人はそろって地上へ出た。
 吐く息は白い、けれど心は熱い。
 苦くて、はじけてて、後味はスッキリしてて。
 若いふたりは、上を向いて夜空を仰いだ。銀座の街のイルミネーションにまぎれて、星は見えない。
 いや、そうじゃない。星は、夜空にばかりあるわけじゃない。地上でも無数の星が巡っている。これから輝き始める新星もある。

 光れ、君たちよ。いつか理想の大人になれ。
 輝く星になれ。

***

原田マハ(ハラダマハ)
1962年東京生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。森美術館設立準備室勤務、MoMAへの派遣を経て独立、フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活躍する。2005年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞し、デビュー。12年『楽園のカンヴァス』(新潮社)で山本周五郎賞、17年『リーチ先生』(集英社)で新田次郎文学賞、24年『板上に咲く』(幻冬舎)で泉鏡花文学賞を受賞。著書に『暗幕のゲルニカ』『サロメ』『たゆたえども沈まず』『美しき愚かものたちのタブロー』『風神雷神 Juppiter, Aeolus』『〈あの絵〉のまえで』『リボルバー』など多数。


大人の街・銀座で完璧な生ビール体験を
「サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR」

気軽に立ち寄れるスタンディング形式のビアバー。
「最もビールがおいしい瞬間はその日の1杯目。」というコンセプトのもと、ご来店いただいたお客様がその日の1杯目を「完璧な生」でスタートいただくことを目指しています。
黒ラベルの「生のうまさ」と「大人の世界観」をお楽しみください。

[Address]
〒104-0061 東京都中央区銀座5-8-1 GINZA PLACE B1F
[Open]
月~金:14:00~22:00(Lo.21:30)
土曜日:11:30~22:00(Lo.21:30)
日・祝:11:30~21:00(Lo.20:30)
[Close]
年末年始 2月第3火曜日
[Tel]
050-5811-5682

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