生活やビジネスにデジタル技術が浸透した現代においても、最新テクノロジーの恩恵を受けづらい領域は存在する。誰もが当たり前のように利用している「声」を用いたコミュニケーション手段である「電話」もその1つだ。生活やビジネスではもちろん、防災や防犯といった領域でも、自治体や警察と地域住民をつなぐ手段として使われてきた電話だが、クラウドやSMS、メールなどデジタル技術との連携で新たな価値を生み出すことに成功した事例はまだ少ない。自動発信・自動応答など一方通行のコミュニケーションが中心で、電話本来の強みである双方向の通信、すなわち送り手と受け手のやり取りはデジタル化が進んでいないのが現状だ。今回は、電話を用いた既存業務の課題をデジタル技術で解決するためのソリューション「シン・オートコール」を開発した、NTT東日本 特殊局 局長補佐の鈴木巧氏に話を伺い、電話×クラウドで実現する地域支援の新しい形をひも解いていく。
陸前高田市との二人三脚で、電話を用いた地方自治体・地域住民間の双方向コミュニケーションを実現
オープンな開発体制による新たなサービス開発を志向する組織として設立されたNTT東日本特殊局で、鈴木氏は、電話本来の役割である「声のやり取り」のDXという困難なミッションを開始した。10年以上にわたり電話開発、ビジネス開発業務に携わってきた鈴木氏は、最新のクラウドサービスと使い慣れた電話を組み合わせることで、送り手・受け手の双方がメリットを享受できる仕組みを構築したいという思いで「シン・オートコール」の開発に着手。特定の対象・用途は定めず、声を使ったやり取りをより便利にするためのソリューションとして開発を進めていった。
「開発のきっかけとしては、標的型攻撃や詐欺電話の対策としてSMS訓練、電話訓練用のソリューションとして考えていました。そこでプロトタイプを自治体や警察署に持っていったところ、『訓練だけで使うのはもったいない。防災の周知や架電業務のDXなどでも使える』という声をいただき、防災や防犯で活用できる現在のシン・オートコールの形が見えてきました」(鈴木氏)
NTT東日本は「地域の未来を支えるソーシャルイノベーション企業」として、地域社会の課題解決を支援するための取り組みを続けており、地域とのつながりを大切にしている。こうした背景もあり、シン・オートコールの開発コンセプトに共感する地方自治体との共創が実現した。東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市では、情報伝達や状況把握など地域防災における課題を抱えており、シン・オートコールのコンセプトに着目。もとよりNTT東日本特殊局では、β版を作り、実際に使ってもらいながらブラッシュアップしていくという取り組み方を重視していたことから、陸前高田市のコンタクトは願ってもない話だったと鈴木氏は語る。
「当社の岩手支店が岩手県陸前高田市から防災関連のご相談をいただく中で、シン・オートコールに興味を持っていただきました。そこから防災無線を保管するソリューションとして下矢作地区の防災訓練で使っていただき、自治会長や地域住民、自治体職員からのフィードバックを活かして作り込んでいきました。その後、総合防災訓練での活用を経て、2023年から本格導入していただいています」(鈴木氏)
情報の送り手・受け手から生の声を聞けたことでシン・オートコールの開発は一気に加速。鈴木氏は「数え切れないほど現地に赴き、ヒアリングを重ねました」と語り、地域との共創により作り上げたことで、自治体・住民の双方が“うれしい”仕組みを構築できたと力を込める。
「他の地方自治体と同様、陸前高田市様でも、防災無線、防災メールなどさまざまなシステムを導入されていましたが、最終的に安否や状況を確認する際には、やはり自治会の方や自治体職員が1件1件電話をかけている状況でした。さらに住民側でも高齢者の方はメールやSNSなどを使いこなせないことが多いことに加えて、遮音性が高い住居だと防災無線が届かない場合もあった。こうした状況を踏まえて、電話の声を使って送り手が情報発信し、受け手が報告できるシステムが必要と判断し、現在のシン・オートコールができあがっていきました。既存の防災システムに加えて、シン・オートコールをご活用いただき “誰一人取り残さない防災”を実現するという考え方で開発しています」(鈴木氏)
こうして陸前高田市との二人三脚で、電話を使った声のやり取りを進化させたシン・オートコール。AI音声・肉声のどちらでも呼びかけできる仕組みや、はい/いいえなどの定型発話や、詳しい状況報告などの自由発話を記録・管理できる機能、さらにAI技術を用いて方言やくだけた話し言葉にも対応できる機能など、現場の意見をフィードバックした実用的な機能を実装。鈴木氏は、これらの機能を総合的に実現した仕組みの発明者として2つの特許を取得している。
地域社会の課題解決を目指すREIWAプロジェクトの一環として、地域の防災・防犯を強力に支援
使い慣れた電話と最新のクラウドの組み合わせで新たな価値を生み出すというコンセプトから生まれたシン・オートコールは、防災だけでなく、防犯の領域でも活用されている。デジタル技術を用いた特殊詐欺対策の実証実験を複数の県警で実施しており、その効果を高く評価した警視庁の蒲田署が導入を検討。地域の防犯協会からの協力も得て、特殊詐欺の早期警戒システムとしての開発が進められた。
「特殊詐欺の通報というのは、まだアナログ的な方法が主流で、警察署や金融機関、関係機関の情報共有に時間がかかるという課題が顕在化していました。警察業務では基本的に電話やFAXが活用されており、電話を使った業務のDXを目的としたシン・オートコールとの親和性は高いものがありました。そのなかで、地域の防犯協会と非常に良好な関係を築いている警視庁蒲田署からオファーがあり、地域住民も含めて密接なコミュニケーションを取りながら作り上げていきました」(鈴木氏)
シン・オートコールの導入によって、特殊詐欺の発生を警察・銀行間で迅速に伝達できるようになり、すでに水際対策の効果が出ていると鈴木氏。蒲田署の取り組みは他の警察署にも伝わっており、すでに複数の県警で導入が検討されているという。
さらに防犯面での導入事例としては、東京都における特殊詐欺対策訓練での活用も注目されている。
「SMS訓練、電話訓練用として開発をスタートさせた経緯があり、東京都にも実証実験をしていただいていました。そのなかで訓練を受けた高齢者が怖がってしまうという問題が生じたのです。そのため体験型講習にしてその場でフォローすることで、高齢者の不安を払拭するという対策を検討し、この体験会のしくみにシン・オートコールが活用されています。高齢の参加者からも特殊詐欺を改めて認識できたといった評価をいただいたほか、『電話の声は判別しづらい』など、貴重なフィードバックもいただけました」(鈴木氏)
このように、地域との共創により作り込まれてきたシン・オートコールは、NTT東日本が2019年から取り組んでいる「REIWAプロジェクト」の一環として提供されている。社内外のICTアセットを活用して地域社会の課題を解決するというコンセプトのREIWAプロジェクトは、シン・オートコールとの親和性が高い。「シン・オートコールの開発はREIWAプロジェクトの立ち上げと同時期だったため、最初からREIWAプロジェクトとして動いていたわけではありませんが、特殊局とREIWAのマインドは非常に近いものがあり、現在はREIWAのソリューションとして位置付けられています」と鈴木氏はREIWAプロジェクトとの関連性を説明する。
民間企業における活用も視野に入れ、シン・オートコールはシン化(進化・深化)を続けていく
ここまで述べてきた陸前高田市や蒲田署の取り組みは全国から注目されており、導入を検討する地方自治体、警察署は増加している。「最近の事例としては東京都港区が災害時自動安否確認システムとしてシン・オートコールの導入が決定し、現在構築中です。このように陸前高田市や蒲田署との共創で培ったノウハウを他の地方自治体や警察署に展開し、”その地域ならでは版”シン・オートコールを開発。そのノウハウをもとに、陸前高田市版、蒲田署版のシン・オートコールをさらに進化させていくというサイクルを作り上げていければと考えています」と鈴木氏は語り、さらに民間企業の架電・受電・取次業務への適用も進めていきたいと今後の展望を口にする。
「防災、防犯もそうですが、民間企業においても声を使った業務はたくさんあります。もちろん民間企業でも災害時の安否確認は大切であり、これまで培ってきたシン・オートコールのノウハウを展開できると思っています。ありがたいことに、すでにニュースサイトや新聞などでシン・オートコールを知っていただいた民間企業から引き合いをいただいており、企業との共創にも挑戦していきたいと考えています」(鈴木氏)
また「誰一人取り残さない」ソリューションを目指すシン・オートコールでは、“声が出せない”、“電話を持たない”利用者も大切にしていると鈴木氏。SMSやLINEにメッセージを送り、そこからAIとの対話でやり取りする仕組みや、LINEに入力したテキストを音声化し、電話でその情報を伝える仕組みなどを用意していると語る。
シン・オートコールは、開発者である鈴木氏が、自治体や警察署、地域住民との共創により作り上げてきたソリューションだ。「電話=”声”をつかったやりとりのDX」をベースに、「実際に使う方と”一緒に”作ること」、「常にシン化(進化・深化)すること」を実現するため、鈴木氏はNTT DXパートナーまちづくり事業部のシニアインベンター(Senior Inventor)として、地域と寄り添いながら開発・企画・コンサルティングのすべてに携わっている。
こうした経験を踏まえ、鈴木氏は地方自治体・警察署、民間企業などDXに取り組むすべての組織に向けて次のようなメッセージを送る。
「机上で考えて100点のDXを実現しようとしても、職員や利用者が100%満足できるシステムは作れません。実際に体験して『ここはいい』「ここはダメ」と作り込んでいくことが重要で、それがREIWAプロジェクト、その1つであるシン・オートコールの理念でもあります。まずは100点ではなくても一歩踏み出してみて、たとえば地方自治体ならば住民や職員の意見を、企業であれば顧客や社員の意見を大切に、本当に必要なものを作り上げていくというアプローチが有効です。電話を用いた音声によるコミュニケーションから新たな価値を創出したいと感じられましたら、ぜひ気軽に相談ください」(鈴木氏)
共創によりノウハウが蓄積され、さらにブラッシュアップを続けるシン・オートコール。どのように成長を続けて、どのような人々に恩恵がもたらされるのか、引き続き注目していきたい。
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