私たちにとって、毎日欠かせないのが食事。それが身体にいいものであれば未来もきっと健康で豊かなよりよいものになるはずですよね。そうした将来を実現するべく、今多くの若者が「食と健康」をテーマに研究をしています。
しかし、自分の力で研究をしていくとなると困難が多いのも現状です。そこで、公益財団法人ロッテ財団はロッテホールディングスの支援を受けて、2014年度から若手研究者のための研究助成事業を開始。その支援とはどのような内容なのでしょうか。実際に支援を受けている明治大学の戸田安香先生にインタビューを行いました。
「食と健康」をテーマに研究する若者を支援! 公益財団法人ロッテ財団って?
まず、ロッテ財団とはどんな団体なのでしょうか。2014年度から若手研究者のための研究助成事業を開始した公益財団法人ロッテ財団は、お菓子やアイスで有名な株式会社ロッテや千葉ロッテマリーンズを傘下に持つ株式会社ロッテホールディングスにより支援されている財団です。
「食と健康」に対する社会の関心が高まる中、自然科学から人文・社会科学まで広い分野で諸課題の克服を通して、健康で真に豊かな社会の構築を目指しています。
具体的には「研究者育成助成(ロッテ重光学術賞)」と「奨励研究助成」という2つの大きな柱で助成事業を展開しています。
いずれも将来、国際的に活躍する可能性を秘めた優秀で志の高い若手研究者とその研究を対象に、目新しいユニークな仕組みを取り入れた研究を助成・支援。国民生活分野の向上と学術研究の発展に寄与することを目的としています。
実際にロッテ財団のロッテ重光学術賞に採択された、戸田安香先生にインタビュー!
――本日は、よろしくお願いいたします。まず、戸田先生のプロフィールを教えてください。
戸田先生: よろしくお願いいたします。私は、東京大学の農学部の獣医学科を卒業後、もともと食べることが好きだったので、食品会社を中心に選考を受けていました。祖父が鹿児島で醤油の会社を営んでいたため醤油の製品作りに親近感があり、最終的に醤油を主とする調味料、加工食品を取り扱う大手企業に就職を決めました。
戸田先生: そこで研究員として10年勤務し、その間6年間、味覚受容体の研究のため東京大学に出向しました。2017年に会社を辞めて、明治大学に移りました。明治大学の石丸喜朗先生の研究室で、1年間は研究員として携わり、2年目からは学術振興会の特別研究員として従事。ロッテ財団さんからご支援いただいているのが2021年の4月からで、2024年3月時点で丸3年経過します。
――ご実家が醤油を作っておられたんですね。就職後、東京大学に出向された経緯を教えてください。
戸田先生: 最初に勤めた企業は味や香りを表現する「官能評価」にとても力を入れていて、その分野の優秀な研究者の方々も多くいらっしゃいました。一方、分子生物学的に舌でどういったことが起こって味が感じられるかの研究はあまり進んでいませんでした。
そこで、味覚研究を専門でやっておられる東京大学の先生のところに勉強しに行かないかということで出向になりました。
――それでは、先生が今まさに携わっておられる味覚の研究はどういった内容なのでしょうか。
戸田先生: 旨味と甘味の受容体の機能を、ヒトだけでなく他の脊椎動物と比較しながら研究しています。
味覚には、旨味、甘味、苦味、酸味、塩味の5つの基本味があります。5つの味それぞれに対応する味覚の受容体と呼ばれるセンサーが私たちの口の中(特に舌の上)にあると想像してみてください。砂糖が甘味の受容体にくっつくと、その刺激が脳に送られて「甘い」と知覚するんです。
戸田先生: 実は旨味と甘味は、同じグループのセンサーで反応するため、旨味だけでなく甘味も一緒に研究しているんです。両側面から研究することで面白い実験結果が得られています。
一つ鳥の事例をお話ししましょう。鳥は人間と違い、遺伝子が壊れて甘味の受容体を持っていません。甘味のセンサーを持ってないのになぜ花の蜜を吸う鳥がいるのだろう? という研究を海外の研究者と行ったところ、ヒトの旨味の受容体は砂糖で応答しませんが、花の蜜を食べる鳥は旨味受容体で糖の味を感じるということが分かりました。
――旨味と甘味は、同じグループのセンサーなんですね。そもそもなぜ味の起源や進化の研究をしようと思ったのでしょうか?
戸田先生: ヒトの旨味受容体はグルタミン酸だけに対して反応します。一方、一部の鳥では旨味受容体が糖の受容体に変わる。鳥を研究しなければ、人間と動物に違いがあることも分かりえませんでした。
戸田先生: 今、魚類、両生類、爬虫類の実験をしていますが、いろんな動物を対象にしていくことで、ヒトの受容体の特徴がさらに解明されていっています。
――なるほど、そのような背景があったのですね。味覚の受容体について研究を行う上で、何か困難に感じたことはありましたか?
戸田先生: 出向当初は旨味の応答を検出する方法が確立されておらず、何度もトライしていましたが、成功させるのは思った以上に大変でした。
地道な研究を続ける日々でした。ある日、出向先の先生から、「発光」技術が有益なのではという話が出ました。実験条件を細かく調整していったところ、とても地味ですが、ヒトの旨味受容体がグルタミン酸にわずかに応答した日があったんです。
戸田先生: さらに実験を進めると、はっきりした応答が見えてきました。旨味応答の検出に成功した瞬間でした。このことは、自分の研究者人生において、大きなブレイクスルーとなりました。
――困難な中でも、地道に研究していた成果が出たのですね。
ロッテ財団からの研究支援を受けて感じたこととは……
――今回、ロッテの財団の支援を受けるきっかけとなった、そういう支援を行っているということは、どこでお知りになったんですか。
戸田先生: ロッテ財団さんがご支援した第一期生が出向先の研究室の方で、その方が支援を受けながら成果を出されていたのを間近で見ていたことが大きいです。
また私は会社を退職後、研究員として所属研究室の先生の研究費で雇っていただいていましたが、研究職は任期付きのポストを渡り歩いていく職業です。お金の心配はやはりありました。さあ、どうしようと困った時にロッテ財団さんのことを思い出し、応募するに至りました。
――実際にロッテ財団からの支援を受けてみてどう感じましたか?
戸田先生: 研究に関わる費用、自身の給与といったコストをどうしようかと悩んでいた時に、ロッテ財団さんに採用していただき、5年間腰を据えて研究に専念できる体制が整いました。大変ありがたく思っています。
戸田先生: 今、日本の大学では若手の頃から研究室のリーダーに就くことが求められます。早いうちからキャリアが積めるというメリットがある反面、どうしても業務が増えてしまいがち。授業、会議、入学試験の対策、修論発表。それらに育児が重なると、研究の遅延も起こりえます。
私はまだ子どもが小さいので、子育てと研究を両立しなければいけない中、平日の就業時間内は研究に集中することができて、非常に助かっています。
――戸田先生は、「ジュン アシダ賞」を受賞されていますよね。どんな賞なのか教えてください。
戸田先生: 国立 研究開発法人科学技術振興機構(JST)が、2019年度に女性研究者の活躍推進の一環として創設した賞です。持続的な社会と未来に貢献する優れた研究等を行っている女性研究者およびその活躍を推進している機関を表彰する制度として「輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)」および「輝く女性研究者活躍推進賞(ジュン アシダ賞)」があります。
日本の著名な先生方が選んでくださる点が特徴です。審査員の方々が、私の味覚進化の研究を面白いと思ってくださり、受賞に至りました。
――受賞されてみていかがでしたか?
戸田先生: 歴代の受賞者の先生がすごい方々ばかりだったので、応募して受かるかなと最初は自信がありませんでした。ただ年齢制限40歳未満の最後のチャンスだったので、ダメもとでいいからチャレンジしてみようと。そんな気持ちで応募したので、まさか受賞できると思いませんでした。
戸田先生: テレビでも受賞式を取り上げてくださり、研究者以外の人にも反響をいただきました。
――世の中の方が戸田先生の研究に注目した賞だったのですね。
今の日本の若手研究者の現状について
――食の研究をしている若手研究者はたくさんいると思います。その方たちは、どんな困難があるのでしょうか?
戸田先生: 食の研究者だから大変ということは特にはないと思いますが、挙げるとしたら、医学系みたいに「何々の治療薬を作りました」といったアウトプットが見えづらいと言えます。私はプロセスを楽しむタイプなので苦になりませんが、目に見える成果が欲しい人にとっては、モチベーションを維持する上で困難に感じるかもしれませんね。
それから、先ほども私の実体験でお話ししましたが、やはり研究費をまかないながら研究を続けるのは中々大変だと思います。
――費用は、すべての研究者が困難に感じるところなのですね。世界と比べ日本の若手研究者はどのような点に苦労しているのでしょうか?
戸田先生: 少子化の影響もあり、優秀な方の確保が大変です。海外では、博士号を取得することが推奨されており、ほとんどの方が博士課程を修了した後に就職をします。一方、日本では博士まで行くと就職が大変になるため、学部で卒業するのが一般的です。
戸田先生: 指導している側からすれば、博士号まで突き詰めた人と一緒に研究すればもっと研究が進むのにと思うことはあります。海外から優秀な研究者を招きたくても、日本語という言語の壁があり、獲得は困難な状況です。
――ロッテ財団に支援してもらうことで、どのような利点が得られると思いますか?
戸田先生: 腰を据えて5年間のスパンで資金面のサポートを受けながら研究ができる点が最大のメリットです。
今後少子化に伴って、研究室の数すら減っていくかもしれません。アカデミアで生き残っていくのはどんどん大変になるでしょう。このような時代において5年間、自分の力で獲得した研究費でそれを自分の実験費だけでなく、給与にもあてられるサポートシステムはほとんど日本にないので、ロッテ財団さんの支援は非常に貴重です。
――まさに自分の研究に専念できる支援ですね。戸田先生は今後、若手研究者にどうなって欲しいと考えますか?
戸田先生: 医学分野のように「薬を作りました」といった目に見える形の研究の方が、確かにインパクトがあります。一方、健康を維持するために大事なのが毎日の食事です。病気を治療するのも食事をするのも、共に生命を養い健康を保つ為には欠くことができないことを意味する「医食同源」は良い言葉だと思います。
戸田先生: 高齢化社会に向けて、日々の食べ物が健康にどう繋がっているのかを明らかにする必要があると考えます。
それから昨今では、女性の研究者は応援してもらえる手厚い体制が整ってきています。これから研究職を目指す女性には、女性だからといって夢を諦めないでどんどん挑戦すべきです。
――研究に打ち込む、すべての方が研究に専念できるようになってほしいです。本日はありがとうございました!
「食と健康」 を担う若手研究者が、よりよい環境で研究できるために
今回の戸田先生へのインタビューで「食と健康」についての研究が、私たちの身近な未来を左右することがわかりました。一方で研究者の費用の担保が難しい現状も……。ロッテ財団の支援により、多くの若手研究者が研究に従事でき、私たちの将来もさらに明るくなるといいですね。
戸田 安香(とだ・やすか)
[PR]提供:株式会社ロッテホールディングス