時代とともに人々の心に響く表現が移り変わる中で、デザインにおいて求められることとは何なのだろう?
ポスターのような紙媒体からWebサイトや動画まで、メディア横断でアートディレクションを手掛けるデザイナーの木村浩康氏。実験的なプロジェクトを含め、先進的なクリエイティブ制作に携わる木村氏に直近のデザイン事例を紹介いただきながら、日ごろのデザイン活動で意識していることや、デザイナーがデザインの幅を広げるうえで必要な視点などを聞いた。
アートディレクター/WEBデザイナー
木村浩康 氏
技術と表現の新しい可能性を探求し、研究開発(R&D)要素の強い実験的なプロジェクトを中心に、人とテクノロジーの関係について研究しながらデザインプロジェクトや作品制作を行うクリエイティブチーム「ライゾマティクス」に所属するデザイナー。デザインワークにおいては、印刷物からオンスクリーン(デジタルメディア)まで一貫したアートディレクションを手掛ける。
フォントはもの作りにおける血液
――メディアを横断したデザインを手掛ける際に意識していることは?
木村氏:現在はモニターの解像度や性能が昔より格段に上がっています。だから、印刷なのかオンスクリーン(デジタルメディア)なのかというところの境界線がどんどん薄くなってきて、メディアに縛られずにデザインを地続きで考えるようになってきていると考えています。
例えばポスターだったら、1枚の印刷されたものを見せただけで魅了できるデザインにしなければいけないですよね。私は軸足がWebデザイナーから始まっています。そのため、印刷物のデザインを作る時も自分の頭の中には動いている絵があって、素材を動くものとして積み上げていった先が、私にとってのデザインの最終的なアウトプットなんです。フレームレート(fps、1秒間の動画が何枚の画像で構成されているかを示す単位)で言えば、印刷物では1ですが私の中では60ぐらいで動いていて、動きの終着点が完成になるといったイメージです。
――デザインを手掛ける中で、気をつける要素などあれば教えてください。
木村氏:いろいろありますが、メディアを問わずグラフィック作品としての強度を上げるうえでフォントにはこだわっています。
Webデザインに限って考えると、Webに最適化されたジオメトリック(幾何学的)なフォントを使うなどの定石があります。しかしメディアを横断した一貫したデザインとなると、インクが吸着する紙の手触りなどそれぞれのメディアごとの特性を活かすことが求められるので、定石は通じません。定石が通じないところではデザインされたものすべてに循環している何かが必要になる。そこで鍵になるのがフォントです。いわばもの作りの血液と言える存在です。
3つの事例で紐解くフォントの現在地
事例1:<甲冑の解剖術―意匠とエンジニアリングの美学>
金沢21世紀美術館で開催された展覧会「甲冑の解剖術―意匠とエンジニアリングの美学」のポスター、チケット、Webサイトなどすべてのアートディレクションを木村氏が行った。展覧会自体はデジタル時代の若手クリエイターたちがコラボレーションし、ウインドウショッピングをして服を選ぶような感覚で甲冑を鑑賞できる空間設計がなされている。和文にモリサワの「UD新ゴ」が使用されている。
――分割された甲冑のビジュアルが目を引きますね。
木村氏:甲冑をCTスキャンし、肉眼では観察不可能な甲冑の断面形状や内部構造を可視化したものをメインビジュアルにしました。ビジュアライゼーションする際に流体やボクセル、輪切りなどさまざまな表現を試しています。最終的に、最も厚さや質感などの甲冑の雰囲気があって、”解剖術”という言葉の意味も伝えることができるのが「輪切りの4分割」だという結論になり、そこから全体的なデザインに取り掛かりました。
――アートディレクションでこだわったことを教えてください。
木村氏:ものすごく悩んで、色々なフォントを試しましたね。甲冑や歴史が好きな既存のファンの方々を不快な気持ちにさせないこと、新しい顧客層に展覧会に来てもらう狙いなど、さまざまな課題を解決できるフォントは何かを考え、試行錯誤を繰り返しました。
最初はクラシックなフォントだったり、和文をメインに押し出したりしていたんですが、どうしてもポップな印象にすることが難しかったんです。「甲冑」や「解剖術」といった強烈な印象のあるワードを抵抗感なく受け入れてもらえるフォントが欲しかった。そこから、モダンなフォントにずらしていった結果、ジオメトリックで直線的な、模様とも捉えられそうな書体として、和文にはモリサワの「UD新ゴ」を選びました。普段からよく使うフォントのひとつで、ウェイトの種類も多く、コンデンス(長体)のバリエーションもあるからです。アプリケーションで加工する必要なくバランスのとれた美しい仕上がりになるので、コンデンスが用意されているフォントはそれを使うようにしています。
木村氏:Webサイトでこだわったのは、「甲冑の解剖術」という文字の組み方を、どんな媒体の比率になっても、読めるギリギリの組み方でレスポンシブにできるようなデザイン設計にしたことです。Webサイトを訪れる人のUI(ユーザーインターフェース)設計の段階からフォントを考慮してデザインを行う必要性があると考え、デザインシステムの一部として文字の組み方をある程度決めるということを念頭に置きながら作りました。
事例2:<札幌国際芸術祭2024より 展示「とある未来の雪のまち」>
札幌市で開催されたイベント「札幌国際芸術祭2024」。6つの会場のうち「さっぽろ雪まつり 大通2丁目会場」に展示された「とある未来の雪のまち」のメインビジュアルと会場サインのデザインを木村氏が担当した。同エリアのテーマは「未来の移動や暮らしなどを構想する社会実験」で、電気で走る自動運転車がエリア内を走行するなど先進的なテクノロジーとアート作品が融合する試みである。木村氏が制作したメインビジュアルは文字だけで構成されており、和文にモリサワの「太ゴB101」が使われている。
――こちらのビジュアルは、どのような経緯で制作を決めたのですか?
木村氏:「とある未来の雪のまち」という展示のタイトルから、「街をビジュアルで表現したい」と考えたのがきっかけです。会場のサイン計画とメインビジュアルを制作したのですが、会場のサインは、単管(建築現場の足場に使用される金属製のパイプ)を使っています。
木村氏:メインビジュアルは、欧文の「A Snow City in the Future」を単管のような直線的な文字で構成しています。欧文の間のスペースを道に見立て、和文のタイトル文字が「そこを歩く人」を表現しています。欧文はパラメータをいじることで書体のプロポーションを崩さずに伸ばしたり縮めたりできるバリアブルフォントでできています。
――和文のビジュアルにもコンセプトがあるのですか?
木村氏:欧文がジオメトリックなので、直線的なフォントの相性が良いのではないかと最初は考えました。でも、試してみると違和感があった。街を歩いている人間なのだから、直線的ではなくクラフト感があるものの方がしっくりきたんです。
いろいろなフォントを試した結果、「太ゴB101」のクラフト感が、最も人っぽい印象だったので採用しました。「太ゴB101」を選んだ理由は他にもあって、普段目にする機会の多いフォントだということもあります。実は、ここでは少し平体をかけて使っています。見慣れたフォントに変化をつけ、違和感を与えることで注目を引くことを狙っています。こうした意図があるときは、フォントを加工することもあります。
事例3:<「”Syn : 身体感覚の新たな地平” by Rhizomatiks x ELEVENPLAY」>
TOKYO NODE(虎ノ門ヒルズ ステーションタワー)の開館記念企画として行われた没入・回遊型パフォーマンス「”Syn : 身体感覚の新たな地平” by Rhizomatiks x ELEVENPLAY」(以下、「Syn」)のWebサイトのデザインを木村氏が手掛けた。和文にモリサワの「ゴシックMB101」が使用されている。
――このWebサイトの見どころは何でしょう?
木村氏:このプロジェクトでは、Webサイトにチラシのような役割が求められました。そこでふと、一般的にWebのフォントのサイズでは16〜18ピクセルが標準とされていますが、「本当にそれでいいのか?」と疑問が湧いてきたんです。不文律であるWebの規定のルールを一度壊して、本当に読みやすい文字のサイズというのはどれくらいなのか、そこに紙の手触り、チラシとしての質感をどうやったら与えられるのかと考えました。
実はこちらのWebサイトは、表示するサイズを広げていけば広げていくほど、文字サイズが際限なく大きくなるように作っているんです。ポスターなどの場合、大きいサイズは、遠くから見やすいように大きな文字サイズを採用するのが一般的です。同様に、大きいモニターに映す場合も、遠くからや大勢の方が見ることを想定しているので、大きな文字の方が良いのではと考えたのです。Webの不文律に従っていては紙と同じ印象を与えられないため、オンスクリーンでもリアルに感じるものを作るために、YOSHIROTTENさんデザインの「Syn」のロゴでも使用されており、和文のフォントには紙媒体でも良く使われている「ゴシックMB101」をWebサイト全体にも共通で適用しました。印刷に吸着する佇まいが良くて、一般の方にも馴染みのあるフォントです。
――かなり挑戦的な取り組みをされているんですね。
木村氏:「Syn」自体がバーチャルとリアルが曖昧になっていくという新しい体験を提示するパフォーマンスだったので、Webサイト自体の体験もリアルとスクリーンの間を曖昧にしたいという意図があり、ゴシックMB101はリアルとオンスクリーンのブリッジの役割を果たしました。
デザイナーに求められる「既視感の向こう側」にあるデザイン
――現在ではオンラインのデザインツールなどが充実していて、デザインワークを1人で完結できる環境が整っています。デザインが身近になった現代をどのように見ていますか?
木村氏:デザインに一歩踏み出すことが容易になったことは良いと思います。その一方で、1人でデザインに取り組み続けていると、デザインの視座が高まらないのではないかと思います。これからデザイナーを目指したいと思うのであれば、まずは世の中に出ている美しいものがどういう風に作られているか、どんな形や文字が使われているかを見て、自分の中にベンチマークを持つことが大切だと思います。
そのうえで、最低限の崩してはならないラインは超えず、それからどうやって既視感を壊していくかがデザイナーに求められていることだと考えます。
――木村さんにとってのベンチマークにはどのようなものがありますか?
木村氏:いろいろありますが、フォントということであれば、自分の中でベンチマークにしているのはモリサワのフォントです。昔から多くのデザイナーが使っていて、世の中にあるさまざまな美しいものがモリサワで作られているというのが大きいですね。生活に浸透しているのでユーザー目線で考えやすいんです。
作る側としてのメリットは、そもそも圧倒的に種類が多いので、自分の感情を表現しやすい。デザインに自分が与えたい印象を落とし込みやすいということがあります。また、書体の骨格がイメージしやすいので、作字する時のベースにも必ずモリサワのフォントを使っています。
――デザイナーにとってフォントはどのような存在でしょう?
木村氏:デザイナーが、自身の中にフォントの選択肢の幅を持つことは必須です。安易にフォントのインパクトに頼らないデザイン力を身につけたうえで、その先に行くためには、書体の表情をコントロールして、デザインの表現力を高めていくことが求められます。既視感を越えるデザインを生み出すうえでも、どのフォントがどんなイメージを持たれるのか、それを自分が表現したいものにどう組み込んでいくのかという過程がどんなメディアであれ絶対に必要になります。
「何をどう使えば、自分の表現したいものが本当にできるのか、その表現で既視感の向こう側にたどり着けるのか?」「自分が伝えたいデザインに乗せる想いを表現できるのか?」と試行錯誤していく中で、フォントも含めて自分の選択肢が少ないと、いつか行き詰まる時が来てしまう。既視感を越えるデザインを作るためには、見る人がこれまでにどんなものを見てきて、このデザインを見てどう感じるのかという深層心理も想像することが求められると思います。
フォントをサブスクで利用できる「Morisawa Fonts」
木村氏が現在利用しているのが、モリサワが2022年に提供開始したフォントサブスクリプションサービス「Morisawa Fonts」だ。2000以上のフォントがクラウドで使用でき、使用するフォントのみをアクティベートできるのでマシンの容量を圧迫する心配がない。フォントを検索し、サンプルの字形を閲覧することや、試し打ちも可能だ。契約に関する手続きもオンラインで完結するため、初めて利用する際も手間が掛からず、制作に集中できる。なお、木村氏が紹介したデザイン事例で用いられているUD新ゴやゴシックMB101も同サービスで利用できる。
木村氏へのインタビューを通じて、Webサイトのようなデジタルメディアから紙媒体まで、さまざまなデザインの選択肢を広げるフォントの可能性に触れることができた。フォントの世界に興味を持った方は、一度モリサワのフォントを試してみてはいかがだろうか?
<本記事で紹介したイベント・展示>
■「甲冑の解剖術―意匠とエンジニアリングの美学」
https://www.kanazawa21.jp/kacchu/
■「とある未来の雪のまち」
https://2024.siaf.jp/venue/snowfes/
■「”Syn : 身体感覚の新たな地平” by Rhizomatiks x ELEVENPLAY」
https://www.tokyonode.jp/sp/syn/
※いずれのイベント・展示も現在は終了しています。
[PR]提供:株式会社モリサワ