『音楽の未来を構想する「変身」技術』 
未利用材を楽器へと生まれ変わらせる「アップサイクリングギター」。歌う人の声をリアルタイムで別人の声に変える「TransVox」。あるものをまったく別のものへと“変身”させ、音・音楽の新たな価値を創造しようとする取り組みには、共通するヤマハの想い「Key」がある。


ギターでマリンバの世界観を表現したら、どんな楽器になるだろう。マリンバの音板のように並べられた表板のデザイン。マリンバの共鳴パイプをイメージしたゴールドのパーツ。温かみがあり、それでいて重厚感のあるプロトタイプのギターが、2023年3月に完成した。

シックな見た目からは想像もつかないが、このギターはマリンバの製造過程で発生した未利用材でつくられたものだ。楽器に使用されなかった木材を活用し、ギターに変身させる「アップサイクリングギター」――それは、環境と音楽文化のサステナビリティを同時に目指す、楽器づくりの新たな挑戦ともいえる。

※未利用材:楽器づくりにおいて木材を厳選し加工する過程で発生する不使用材や端材のこと。ヤマハでは意思を込めて、こうした木材を「廃材」ではなく「未利用材」と呼んでいる。

見過ごされた資源に、新たな道を

これまでの常識にとらわれない新しいギターをつくる。そんな観点で研究開発を行う企画が2021年に立ち上がった。松田秀人は当初から携わっている中心人物だ。「新しいギターをつくるといっても、最新のデジタル技術を取り入れたり、奇抜な形にしたりといった単純な話ではありません。楽器の未来と向き合い、次世代の楽器に求められる価値について議論をすることから活動を始めました」(松田)。

  • 研究開発統括部 松田秀人

松田らが注目したのは、工場に積み重なっていた未利用材の存在だ。ヤマハでは、楽器づくりに適した木材を世界各地から調達して一つひとつ選定し、できる限り無駄なく使うことを目指している。しかし、節があるとか木目が不ぞろいといった理由で、製品に使用できない木材や端材がどうしても発生してしまう。「こういう木材は楽器以外に転用されたり燃料などに再利用されたりしますが、木材自体の質の良さを十分に生かしきれません。そんな未利用材をアップサイクリングすることが、サステナブルな社会にふさわしい楽器づくりではないか、とチームの想いが一致しました」(松田)。

※アップサイクリング:捨てられるはずだったものに新しい価値を与え、より高い価値のものに生まれ変わらせること

常識を覆す確かな一歩

とはいえ、未利用材でギターをつくるのは容易ではない。本来は別の楽器に使われるはずだった木材たちは、形や大きさ、硬さもバラバラ。中には製造過程で穴を開けたり、曲面に加工したりするものもある。そんな多種多様な木材をうまくつなぎ合わせるには熟練の技術や工夫が必要だった。松田は言う。「前例がないので、プロジェクト開始当初は寄せ集めの木材で楽器が出来上がるのかと周囲は半信半疑でした」。だが、やってみないことには課題も可能性も見えてこない。「まずは形にすることを目標に一歩を踏み出しました」(松田)。

松田たちが行ったのは、ヤマハの楽器工場を巡って未利用材の現状を調べることと、協力者を求めていくつかの部門を当たること。「サステナビリティという重要課題にスピーディーに対応したいという想いがあり、とにかく早く形にすることを目指しました」(松田)。木材の加工や接着などに難題も多かったが、部分試作を重ねる最中もスピード感を重視した。半年後、アップサイクリングギターの「1stプロトタイプ」が完成する。

さまざまな楽器に用いられる未利用材をパッチワーク状に配したこのギターは、見た目のインパクトがすべてを物語っている。「いくつもの木材を組み合わせているので、どんな音になるのか心配もありましたが、複数の木の音色が感じられる、ほかにない音を奏でるギターになりました」(松田)。実際に形になると、周囲の反応は大きく変わった。「いままでにない楽器が出来上がり、可能性を感じてもらえたのではないかと思います。最初のプロトタイプが完成したことで、この取り組みに対するポジティブな反応をたくさん得られました」(松田)。

ギターが奏でる物語

1stプロトタイプでは、アップサイクリングギターの価値を確かめることに成功した。次の課題は、その価値を最大化することだ。「最初のモデルは木材をツギハギにしているので、未利用材で新たなギターをつくるというメッセージがダイレクトに伝わりました。ただ、ギターとしての価値や魅力をさらに高めるためには、もうひと工夫必要ではないかと感じていました」(松田)。

そこで、第二弾の製作に向けてはデザイン部門に相談を持ちかけた。デザイナーは開発者とは異なる感性を持っている。新たな視点が加わったことで、「使用する未利用材の由来となる楽器を絞る」という発想が生まれた。マリンバの音板に使われるローズウッドと、グランドピアノの響板に使われるスプルース。これらの未利用材を活用し、マリンバとピアノの世界観を表現するギターを目指すことになった。

ほかの楽器をコンセプトにすることで、未利用材でギターをつくる意味がより研ぎ澄まされる。だからこそ、松田らは合理性よりもストーリー性を重視した。例えば、マリンバに使われる木材は硬くて重いため、それを使うと通常より重いギターになる。だが、軽量化しようとしてほかの樹種で調整すれば、結局、「いつもの」音と形になってしまう。

「重い木材を使うことで音の伸びが良くなるなど、音色に変化が生じます。そこに、マリンバの木材を使用する意味があるのです。だから多少使いにくくても楽器としての面白さを優先しました」(松田)。

個性を洗練させ、ストーリー性を持たせた結果、ほかにない魅力を放つスタイリッシュな2本のギター、モデル「マリンバ」とモデル「ピアノ」が完成したのだ。

知見を重ね、価値を高める

松田らはなぜ、これほどまでに楽器の価値を高めることにこだわるのか。「楽器は好きで買う製品で、購入頻度も高くない。『環境にいいから買う』という類のものではないと思っています。純粋に良い楽器、魅力的な楽器として選んでもらえるギターをつくるため、技術力を高めていかねばなりません」(松田)。

そのためには、さらにプロトタイピングを重ね、木材と楽器の関係性をより深く知る必要がある。「木と楽器の設計は密接に関係していて、切り離すことができません。木材が変わると、音色だけでなく、重量、耐久性、色、形なども変わってしまいます。だから、既存のギターでは使用する木材と設計がセットとして確立しているのです」(松田)。だが、「ほかの木材にはどんな特性があるのか」「どの木材を使うと、音やデザイン、弾き心地にどういう味わいが生まれるのか」――そんな研究を重ね、知見を蓄積していけば、当たり前になっている“木材と設計のセット”も当たり前ではなくなり、あらゆる木材でギターをつくることが可能になるかもしれない。

そして、得られた知見をゆくゆくは実際の製品開発に落とし込みたいと松田は考えている。未利用材は不定期に発生するので、これまでつくってきた試作品のようなギターは大量生産することはできない。でも、「例えばボディやネックの一部を未利用材でつくるなど、アップサイクリングの技術を部分的に活用することでも、その価値を実現できるかもしれない」(松田)。チームの挑戦はまだ始まったばかりだ。

廃棄されてしまう木材を、新たな価値あるギターに変身させるアップサイクリングギタープロジェクト。次回は、人の「声」を変身させるTransVox®技術に着目します。お楽しみに。

(取材日:2023年7月)

『音楽の未来を構想する「変身」技術』#2
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松田秀人|HIDETO MATSUDA

研究開発統括部所属。工学や物理に関する知識を生かしながら、音楽に携わりたいとヤマハに入社。生産技術部門で経験を積んだ後、アコースティックギターのシミュレーションモデルをつくるなど、長年にわたりギター開発に携わってきた。現在は研究開発部門でアップサイクリングギターの企画を主導。
※所属は取材当時のもの

展示に関する情報:
「楽器の木」展 アップサイクリングギター 第二弾『モデル「マリンバ」』『モデル「ピアノ」』
期間:2023年9月~2024年5月
場所:ヤマハ銀座店

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