『時を超えて奏でる音楽』
時間も空間も超えてライブの体験を臨場感豊かに届ける「Real Sound Viewing」。楽器の材料となる木材を守り続けるために地域とともに森づくりを行う「おとの森プロジェクト」。 二つに共通するのは、時を超えて、未来の誰かと「共に奏であう」というヤマハの想いだ。
人が音を楽しむ時、傍らにある製品の多くは「木」でつくられている。そう聞くと、意外に思う人もいるだろう。ピアノ、バイオリン、ギターといった楽器は想像できても、スピーカーなどの音響機器や防音室などは思いつかないかもしれない。だが実際に、音・音楽にとって木は欠かすことのできない資源なのだ。
ヤマハの製品においても、良質な木材を確保することは必要不可欠な工程だ。しかし近年、気候変動や過剰な伐採によって木材はどんどんとれにくくなっている。その上、外観や加工性に優れ、良質な音を生み出す木材はごくわずかなため、楽器製造における木材資源の持続性が懸念されているのである。
優れた楽器や音響機器などをつくり続けるためには、その材料を生み出す「森」を守らなければならない──。そんな想いから始まったのが、地域社会と一体となって、良質な木材を持続的に供給する森づくりを行う「おとの森プロジェクト」だ。2015年からはクラリネットやオーボエに使われるグラナディラ(アフリカン・ブラックウッド)の生産地であるタンザニアで、2016年からはピアノの響板に使用されてきたアカエゾマツの森が広がる北海道で、持続可能な森をつくるための管理と調査、植林活動を行っている。
数百年先を見据える志を胸に
「楽器づくりのための木材資源が枯渇する。だいぶ前からそう言われていて、木材に代わる材料の開発を続けてきました。しかし、本物の木には天然材料の良さがあり、その良さを未来の人たちにも届けたいと思いました」。そう語るのは、「おとの森プロジェクト」を率いる仲井一志だ。仲井は木材技術や材料調達の仕事を担う中で、天然のグラナディラが枯渇しつつあることに危機感を覚え、まずタンザニアで地域住民と連携した森づくり活動を開始した。北海道では同じヤマハグループの北見木材(株)が中心となって、地域に残る人工林のアカエゾマツをピアノの材料に使うという目標を掲げ、活動を展開していた。これらの取り組みが2022年、「おとの森プロジェクト」として結実したのである。
大学時代に森林科学を専攻した仲井には、「木に携わる仕事をしたい」という想いがあった。また、子どもの頃からバイオリンを習い、楽器を奏でることの楽しさも知っていたため、自然とヤマハへの入社を志した。そしていまでは、ヤマハの材料調達を担うとともに、現地の林業が潤い、雇用を創出し、森を大切にすることで地球環境にポジティブな効果を与えていく、そんな持続可能な森づくりの仕組みを考え、実現するための研究開発を行っている。
「おとの森プロジェクト」が従来の資源調達と異なるのは、その見据える先の長さだと仲井は言う。「調達の仕事で最も優先されるのは、必要な材料を計画通り納期までに手に入れられるかどうか。一方、『おとの森』では、何十年、何百年先にも木を使い続けられるかどうかを重視します。一度植えたアカエゾマツがピアノの材料として伐採できるようになるまでに100年〜150年はかかります。一般的な企業活動から考えると遠い先の話にはなりますね」。だからこそ、いまから始めなければならない。そんな覚悟が仲井の中にはある。
「森を育むための想い」を育む
「おとの森プロジェクト」が力を入れるもうひとつの取り組みは、木や木製品に実際に触れることで木と森、そして地球環境について学ぶ「木育(もくいく)」だ。
森を育てるためには、森のある地域との連携が欠かせない。そして何よりも、100年先の未来まで森を守り続けるためには、次世代に森の価値を伝えていかなければならない。そのためにヤマハは、プロジェクトの意義を社会に発信するとともに、木に触れることを通して心を育むワークショップを行っている。
「木を材料とした楽器が多いことは意外と知られていなくて。『ピアノは木でできている』と言うと、びっくりされることも多いんです。プロジェクトを社会に発信する時は、そうした楽器と木のつながりを意識して伝えるようにしています」と、「おとの森プロジェクト」で木育活動を担当する海外(かいがい)遥香は語る。
海外は中学生の頃にトランペットを始め、大学で国際関係学を学んだ。大学時代のアメリカ留学時には日本からトランペットを携え、言葉も文化も異なる環境で地元の楽団に飛び込んで合奏したという。
「最初は英語もよくわからない状態で参加しました。でも、うまく演奏できると、ひとりのプレーヤーとして認めてくれて。世代も国籍も違う人たちと一緒に音楽を演奏できたことで、音楽には人と人を結び付ける力があるんだなと実感しました」。音楽を通じて多くの人とつながる仕事がしたい。そんな想いを募らせた海外は、ヤマハへの入社を選んだ。
入社後、海外は材料調達のために世界中を回る傍ら、アカエゾマツの植林活動を行う北海道の遠軽町で、地域の人々に「ヤマハがなぜ森づくりを行うのか」を伝えるイベントを北見木材や地域行政と協力して企画・運営してきた。毎年秋に行っているアカエゾマツの植樹祭に加えて、地域の子どもたちを対象にカスタネットづくりのワークショップなどを企画する。
「同じ樹種でも一つひとつ異なる個性があって、音も見た目もそれぞれ違うんです。カスタネットという身近な楽器をつくって演奏してみて、地域とヤマハが育む森が将来どんな姿になるのか、想いを巡らせてほしいと願って開催しています」
100年後のための確かな一歩
植えた苗から木材がとれるまでに100年以上かかることを考えれば、「おとの森プロジェクト」はまだ、よちよち歩きの段階だ。「森で育てた木材を楽器に使う」という目的を達成するためにはまだまだ長い時間がかかるだろう。それでもすでに、このプロジェクトを通して「社会とのつながりは実感できるようになった」と仲井は語る。
北海道には、開拓以来植林されてきたアカエゾマツの人工林がたくさんあり、この木材を楽器に使ってもらいたいという地元の人々の熱意があった。地元企業や自治体と協力し、伐採したり枝を切ったりしながら、高品質なアカエゾマツの安定供給を目指して森をつくる。「『おとの森』はヤマハが始めた活動ですが、持続的に森を守る仕組みを考えることは、森がある地域のためにもなるし、ひいては林業の課題を抱える日本のためにもつながる活動だと思っています」。
最終的には、持続可能な林業を実現するひとつの方法論をつくること。それがこのプロジェクトにおける仲井の目標だ。一方、海外は木育を通して森や自然環境の大切さを伝えたいという想いを抱き続けている。森を守りたい、森について知ってもらいたい。二人の想いは、楽器メーカーの中でこそ、叶えられるのかもしれない。
未来を想い描き、これまでになかった道を拓く。そんな活動をする人がヤマハにはたくさんいる。前回登場した柘植と、今回、何世代も先へバトンをつなぐ活動について語った仲井と海外――彼らの共通点とは一体、何だろう。次回は、異なるふたつの物語をつなぐ「Key」に迫ります。どうぞお楽しみに。
(取材日:2022年9月)
『時を超えて奏でる音楽』#1 「ライブの真空パック」の実績と可能性
仲井一志|KAZUSHI NAKAI 楽器・音響生産本部 おとの森プロジェクト。農学博士。大学院で森林科学を修了したのち、2009年、ヤマハ(株)に入社。楽器のための材料開発に携わったのち、楽器の資源である森を守るための「おとの森プロジェクト」を立ち上げる。
海外遥香|HARUKA KAIGAI
マーケティング統括部 ブランドマーケティング部。おとの森プロジェクトを兼務。大学では国際関係学を学び、留学時に「音楽が人をつなぐ瞬間」を体験したことから音楽に関わる仕事を志す。2017年、ヤマハ(株)に入社。「おとの森プロジェクト」の木育を担当し、プロジェクトと社会をつなぐことを目指している。
※所属は取材当時のもの
共奏しあえる世界へ
人の想いが誰かに伝わり
誰かからまた誰かへとひろがっていく。
人と人、人と社会、そして技術と感性が
まるで音や音楽のように
共に奏でられる世界に向かって。
一人ひとりの大切なキーに、いま、
耳をすませてみませんか。
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