国内PCメーカーの中でも環境問題に積極的な取り組みを続けているのがエプソンダイレクトです。 エプソングループ全体で長期ビジョン「Epson 25 Renewed」を打ち出しています。エプソンダイレクトとして具体的にどういうアクションを起こすのか、その実現に向けた取り組みを技術部・CS品質管理部 取締役 平田朋賢氏に聞きました。

環境戦略2021で指針を示し、ボトムアップで従業員のやる気を引き出す

エプソングループでは、全社的な取り組みとして「環境ビジョン2050」を掲げています。2008年6月に発表した2050年に向けた長期的な環境活動の指針で、2016年にはこれを踏まえたうえで「省・小・精の価値」で人やモノと情報がつながる新しい時代を創造する長期ビジョン「Epson 25」を掲げました。世界情勢の変化なども踏まえて、2021年3月に「Epson 25 Renewed」として改定しました。

  • エプソングループが掲げる長期ビジョン「Epson 25 Renewed」

Epson 25 Renewedでは「2030年に1.5℃シナリオ(※1)に沿った総排出量削減」「2050年に地下資源(※2)消費ゼロ」「2050年にカーボンマイナス」を達成目標として改めて掲げています。カーボンマイナスとは、CO2などの温室効果ガスが、排出される量よりも植物などで吸収される量のほうが多い状態のことです。

※1:原油、金属などの枯渇性資源
※2:SBTイニシアチブ(Science Based Targets initiative)のクライテリアに基づく科学的な知見と整合した温室効果ガスの削減目標

PCメーカーであるエプソンダイレクトは、グループ全体の環境活動の流れに合わせ、2020年に「環境戦略2021」を打ち出しました。その指揮を執ったのが取締役の平田氏です。

  • エプソンダイレクト株式会社 取締役・平田朋賢氏

「PC業界は十年以上前から、他の業界に比べると環境保護に対する法の規制が厳しく、省エネ化も先進的に実施してきた業界です。そのため、自分たちは環境負荷低減にすでに十分貢献している業界にいると考えていました。これが固定観念になっていたのです。そのため、これ以上コストアップするなら環境に良い施策や機能は諦めても仕方がないじゃないかという風潮に誰も疑問を抱かず、当初は明確な方針が定まっていませんでした」

製品の性能を維持したまま消費電力を減らそうとすれば、システムの変換効率を上げなければなりません。それにはパワーデバイス、冷却ファン、ノートPCなら液晶パネルといった部品も消費電力が低いものに置き換えねばならず、必然的にコストアップになります。しかし環境に良いから価格が高いと言われても、それだけでは顧客にはなかなか受け入れられません。いくら環境配慮と言っても無理な施策はやらなくて良いのが当たり前と受け止めていたのです。

PCメーカーとしての環境対策を指揮することになった平田氏は、PCにおける課題を改めて考えたと言います。その結果、PC業界が環境に十分配慮しているという固定観念を取り払い、「もっと環境に配慮するためにアクセルを踏んでも良いのだ」と社員たちの背中を押すことこそ、自分の役目だと判断しました。

「そこで2つのことに注力しました。1つは『環境戦略2021』としてエプソンダイレクトの指針を示すこと。もう1つはミドルマネジメント。上からやらされるのではなく、ボトムアップで意見を吸い上げて、関心のある従業員に能動的に動いてもらうことです。

『環境施策』や『環境ビジョン』ではなく『環境“戦略”』としたのは、誰との戦いを攻略するのかという考えに基づいています。競争相手は競合他社ではありません。むしろ、他社は学んで高め合う相手。戦う相手は気温上昇であり、環境汚染なのです。人間が地球環境に影響を及ぼしているのは明らかで、地球上の平均気温は自然の気候変動ペースを上回る急激な上昇カーブを描いています。人間が地球環境に対して影響を与えているという事実を打倒しなければなりません。その意味で『環境戦略』と名付けました」

この2つの方針で先ほどの固定観念が取り払えるのではないかという平田氏の考えは、結果からみると「当たり」でした。社員たちの間から「製品自体の環境負荷を低減しよう」「資源循環の仕組みを作ろう」「再生エネルギーを利用しよう」といった声が上がってきて、目標に向けて現場が前向きに動き始めました。

平田氏が「環境戦略2021」をまとめた翌2021年3月には、エプソングループ全体でも中間目標を改定したEpson 25 Renewedが示されます。その内容は脱炭素、資源循環、顧客の下での環境負荷低減、環境技術開発など、平田氏がメンバーを募って吸い上げた意見とピタッとはまるもの。メンバーは自分たちの考えが間違っていないと確信してモチベーションが大いに高まったそうです。

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エプソンダイレクトの基準を作った「Endeavor ST55E」

エプソンダイレクトのラインアップには、本体サイズが約150mm四方の「Endeavor STシリーズ」という超小型デスクトップPCがあります。2006年に発売した初代機「ST100」から小型化高性能化を16年続け、2022年モデルの「ST55E」では、大幅な低消費電力化を実現。通常利用時の消費電力が前年モデル(ST50)で約4.7Wのところ、ST55Eでは約3.0Wまで低減しました。

「Endeavor STシリーズの小さなサイズと省電力性能は、エプソンのイメージと合致するので、このシリーズをフラグシップと位置づけて、ここからできる限りの環境施策を盛り込んでいこうということになりました。「環境戦略2021」の『顧客の下での環境負荷低減』にあたります。

担当チームよりST50から消費電力量を10%以上低減したと聞いて最初は驚きました。元々省電力性能は高いモデルで、そのうえ、半導体やプラットフォームの技術も上がっていて、消費電力を削減する余地など限られている状況です。それだけに1%でも2%でも削られれば大したものだと思っていたので、技術の現場が物凄く頑張ってくれたのだなと感心しました」

再生プラスチックについても、業界の規制はどこかで少しでも使っていれば良いという程度の内容ですが、それでは足りないと考えて平田氏は業界の規制より厳しい基準を定めました。ある程度コストアップになったり、開発のリードタイムが余計にかかってしまったりしても、固定観念をすべて取っ払って真剣にやろうと挑んだそう。その結果、ST55Eのフロントベゼルで使用する再生プラスチックの比率を65%まで高めることに成功しました。フロントとフロント以外で色味の差ができてしまいますが、上手にコントロールして差が目立たない綺麗な仕上がりになりました。

「部品を製造するODM(※)から全面的な協力が得られたことも大きいです。売上に直接つながらない価値を、ODMベンダーはシビアに見ます。それでも私たち自身や子孫にも関わる地球環境に良いことをやりましょうと説得して、最後はしっかりと協力が得られました」

(※)Original Design Manufacturingの略語で、委託者のブランドで製品を設計・生産すること

Endeavor ST55Eが完成したことで、エプソンダイレクトの中での基準が生まれました。「前の機種に比べて消費電力を10%以上低減する」「再生プラスチックはフロントベゼルに対して、65%以上使用する」― この2点を基準にものづくりを続けることになります。

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地球環境に配慮しながらも、それが売りの製品にはしない

エプソンダイレクトでは、そもそもなぜこれほど環境保護に力を入れるのでしょうか。他社と同じ水準で満足せず、利益を削ってでも貢献しようとするのは「持続可能な社会への責務だから」と平田氏は語ります。

「消費電力が低いとか、再生プラスチックを使っているといった試みは、私がお客様の立場なら『そんなことは御社が勝手にやってくれれば良い』とまず考えると思うのです。そのうえ、私が高い金額を余計に払うことには抵抗感を抱くはずです」

「これが例えば“高級車”というステータスに加えて、“低燃費”という地球配慮がある、といった2つが両立しているのであれば買っても良いと思うでしょう。車は周囲の皆が見えるものだからです。しかし、ST55Eは使っていることを周囲に見られるタイプの道具ではないし、所持するだけでステータスにはなりません。ST55EはPC本来の価値を高めなければ選んでもらえない製品なのです。

ST55Eは圧倒的な省スペースが一番の売りです。狭い場所にピシャッと入って、コンピューティングの機能をフルで利用できます。その視点で選んで導入すると環境負荷低減に自動的に寄与している。私はこういう状態を目指したいと思っています」

とはいえ、エプソンダイレクトの取り組みをまったくアピールしないという意味ではないとも言います。人に見せる側面はないとはいえ、「あなたの買ったPCは、業界のCO2削減に貢献していますよ」とメッセージを伝え、企業のイメージを上げていかねばなりません。さらにエプソングループ全体がEpson 25 Renewedを打ち出している以上、歩調を合わせる必要もあります。

「お客様が期待する仕様をいくらで作って何台納品します、といったビジネスをしているうちは、社会課題の解決にはつながりません。お客様がどのような課題を抱えていて、それを我々がどう解決できるか知恵を出し合いながら、この市場の課題についてパートナーや競合他社とも共通認識を築いていく。他社と一緒にそういった話合いができないと、業界の課題もなかなか解決できないのではないかと思っています」

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地球環境と顧客の両方にメリットを提供するビジネスモデル作り

最後に今後の見通しや課題について教えてもらいました。平田氏は「環境戦略2021」において、「戦う相手は気温上昇」と述べていましたが、現在では「エプソンのPCを長く使うほど、地球環境とお客様に優しいビジネスモデルを作る」ことも考えています。環境保護と顧客のどちらか片方にだけ目線が行くのではなく、両方にメリットをもたらすビジネスモデルの創出と言い換えられるでしょう。

その1つとして計画しているのが、リファービッシュ(refurbish)です。リファービッシュは中古やリース返却品などを整備して新しい商品として販売するビジネスモデルです。

「リサイクルを促進することも地球環境改善への貢献につながります。資源を循環させることがお客様にとっても価値がある状態になれば、メーカーだけでなくお客様にとってもメリットになり、前に進めやすくなります。リサイクルの一番の課題はどうやって回収するかです」

顧客にとってはハードウェアやサービスを資産として所持しなくても、やりたいと思っていたことが実現できればそれで良いはず。そういうところで顧客のメリットと地球環境に対するメリットを上手く合わせてビジネスモデルを作っていこうというわけです。

「今回の挑戦によって、2025年の目標到達は見えるところにあります。しかし、2030年の目標はまだギャップが大きい状況。削減しやすい部分から手を付けているため、後になるほど削減は難しくなっていきます。非常に困難な道ですが、私のチームは全員が『必ず達成する』と言っています。だから、必ず達成できると思っています」

エプソングループが掲げるビジョン


2030年 1.5℃シナリオに沿った総排出量削減
2050年 地下資源消費ゼロ
2050年 カーボンマイナス

顧客のメリットと相反すれば、プランは一気に崩れます。顧客の求める価値を考えながら、上手にCO2を削減していく。そう宣言する平田氏とチームメンバーは、一丸となって同じ方向へ向けて歩みを続けています。エプソンダイレクトの環境に配慮されたPCを使うことで、気持ち良くビジネスを回していく。そんな人が増えれば、地球環境への負荷が減り、カーボンマイナスな社会がきっと実現するに違いありません。

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