メラノーマ(悪性黒色腫)等の皮膚がんの早期発見に用いられる「ダーモスコピー」。この検査技術の普及に多大な貢献を果たしたのが、東京女子医科大学附属足立医療センターの田中 勝教授だ。11月19日と20日の両日、田中先生が会長を務める「第86回 日本皮膚科学会東京支部学術大会」が開催された。田中先生に、ダーモスコピーと出会った背景や国内の普及に尽力するなかで積み重ねた思いについてお話を伺った。
大会成功の背景にある田中先生の厚い人望
2022年の日本皮膚科学会東京支部学術大会は、収束へ向かうコロナ禍を象徴するように、リアルとオンラインのハイブリッド開催となった。田中 勝先生は本大会の会長を努め、講演に関しても、国内外から田中先生を慕う非常に多くのエキスパートが参集した。聴講者はオンオフ合わせて約2,500人にのぼり、医学会の記憶に長く残る大会となった。
――今回の大会では「皮膚科診断力を磨く」がテーマとなっています。まずはこのテーマについて教えてください。
田中先生:「皮膚科は幅広い領域の病気を扱っています。全身疾患と関わる病気や、感染症、膠原病、腫瘍など、タイプの異なる症状が多く、そのすべてを一人でマスターするのはとても難しい状況です。しかし、それらの病気について勉強しないと日常の診療で困るのです。
このため、それぞれの領域の専門家が集まって、それぞれの領域で講演を行おうというのが大会です。自分が専門とする領域は教える立場、自分が専門ではない領域は他の先生から学ぶ立場。お互いに教え合うことで各自が判断力を磨く。私はこれこそが大会の姿だと思ってテーマとして掲げました」
――大会に海外から多くの著名な皮膚科医を招聘されたのは、効率よく学べる場にしたかったからということですか。
田中先生:「それもありますが、今までお世話になった先生方に御礼がしたかったという気持ちでもあります。国内外から私のダーモスコピー仲間にたくさん声をかけました。海外からは全部で25名中14名が来日して現地講演、11名がWeb講演においで頂きました。過去の大会では普通1人か2人、多くても10人程度なので、これほど多く集まったのは初めてのことです。
例えばタイのキティサック・パヤヴィパポン(Kittisak Payapvipapong)先生は、私のいる医局にここ5年くらい毎年ダーモスコピーの研究に来ている方で、私と一緒に論文も書いています。韓国や香港にもそうした先生がいて講演に来てくれました。
International Dermoscopy Society(国際ダーモスコピー学会:以下、IDS)の歴代プレジデントにも声をかけ、現職までの4代が揃っています。
初代プレジデントであるピーター・ソイヤー(H.Peter Soyer)先生はオーストラリアから。2代目のプレジデントであるジュゼッペ・アルゼンチアーノ(Giuseppe Argenziano)先生と、3代目のプレジデントのイリス・ザラウデック(Iris Zalaudek)先生はイタリアから。そして現職の4代目エミリオス・ララース(Aimilios Lallas)先生はギリシャからご講演いただきました。
この他にもダーモスコピー領域で多くの仕事を成し遂げている方々にたくさんお声がけしました」
ダーモスコピーを通じて世界中のエキスパートと交流
――田中先生がダーモスコピーに興味を持たれるようになったのは、どのような経緯があったのでしょうか。折角なので、皮膚科医を目指した理由なども併せてお教えください。
田中先生:「小学生の頃からコンピューターに興味があり、秋葉原に通って電子部品を買い漁り、はんだ付けして遊ぶような少年時代でした。中学・高校時代は数学教師かコンピューターの会社でマイコンの開発がしたいと考えていたのです。予備校時代に人体の仕組みに興味を覚えて大学は医学部に進みました。
皮膚科を選択したのは、大学で勉強しているときに、病理と手術の両方に興味があったからです。病理と外科のどちらに進むか悩んだ時期もありました。そんなときに先達の皮膚科の先生から『皮膚科に来れば両方できるぞ』と言われたのが、皮膚科に進んだきっかけです。
ダーモスコピーを本格的に勉強するのは留学から戻った後で、慶應義塾大学医学部の西川武二名誉教授を通じて、先程も名前の出たピーター・ソイヤー先生を紹介されたのがきっかけです。当時ソイヤー先生は、オーストリアのグラーツ大学で『テレダーモスコピー(Teledermoscopy)』という電子メールを用いた遠隔診断技術について研究していました。 西川先生とソイヤー先生は以前から交流があり、私は二人の引き合わせでグラーツ大学に行ったり、ローマでConsensus Net Meeting on Dermoscopy(以下、コンセンサスネット)の準備に行ったりするようになり、世界中のエキスパートと交流を始めることになりました。必然的にダーモスコピーのことも勉強しなければならず、ミュンヘン大学のウィルヘルム・シュトルツ(Wilherlm Stolz)先生の書かれた本を買って全部読みました。シュトルツ先生は本大会で講演もしています。
コンセンサスネットには、120枚のダーモスコピー画像を見て所見を診断していく症例チェックがありました。Windows 95上のプログラムで、Webブラウザもまだそんなに進歩していない時期にそのようなことをしていたのです。このとき世界中のエキスパートと一緒に仕事ができたことが大きな経験になりました。海外には私よりも若くて精力的な先生もたくさんいて、とても刺激がありました」
国内にダーモスコピーを普及させた情熱
――先生はIDSの設立にも関わられていますが、国内にダーモスコピーを紹介するようになったのはいつ頃で、どのような経緯だったのでしょうか。
田中先生:「IDSのボードメンバーとして立ち上げのときから私と信州大学の斎田 俊明名誉教授が入っていました。設立の前に皆でローマに集まって、『用語の統一からやろう』ということで、コンセンサスネットもやって。そのあと、IDSを設立したという流れです。
私のダーモスコピーの講演は、2002年頃に斎田先生から信州大学でコンセンサスネットの結果報告を講演してほしいと頼まれたのが始まりだと記憶しています。日本ではダーモスコピーはまだ新しい知識で、本当に役に立つのかと半信半疑に思われていた時期でした。
私は人前に立つことも喋ることも苦手だったのですが、ダーモスコピーが腫瘍の発見に凄く役立つことを、自分が一生懸命説明しなければならないという強い気持ちを持つようになっていました。その後、様々な大学や皮膚科医会に呼ばれて講演しています。
ダーモスコピーが世界中でどんどん広がっていく中に最初期から身を投じ、みんなと一緒に勉強できたのはとても幸運だったと思っています」
――ダーモカメラの開発にもご協力いただきました。こちらはどういうきっかけでしたか?
田中先生:「荻窪で『さとう皮膚科』を開業されている佐藤俊次先生の紹介です。佐藤先生は、カシオが以前提供していた『イメージングスクエア』というWebサイトの、画像をHDR変換するサービスに注目していました。このサービスを利用すれば、ダーモスコピー画像が見やすくなるのではないかと考え、カシオにコンタクトしたのです。それからダーモスコピー画像を撮影する専用カメラの話が始まり、佐藤先生に声を掛けられて私も協力することになりました。
それまで重たくて大きい一眼レフカメラで撮影していたことを考えると、カシオのダーモカメラ『DZ-D100』は夢のように軽く、ハンディで扱いやすいカメラに仕上がったと思います。偏光 / 非偏光 / UVの画像がワンタッチで、辺縁まで歪みなく撮影でき、ダーモスコピーの写真だけでなく臨床写真まで撮れます」
――以前、カシオの開発秘話も取材しましたが、先生方には技術者だけでなくデザイナーまでヒアリングさせてもらい、先生方と同じゴールを見て一気通貫で開発できたことが完成度の高さにつながっていますね。
田中先生:「開発協力は千葉大学の外川八英先生や、信州大学の古賀弘志先生なども一緒にしました。開発中は試作機が何度も送られてきて様々な意見を出しましたが、自分でもこの要求はしても無理だろうなと思って口にしなかったはずの“機能”(ダーモスコピーの写真だけでなく臨床写真まで撮影できる)が、いつの間にか搭載されていたときは驚きました。
他の先生が提案したのはわかるのですが『一体誰がそんな無茶を言ったの?』と感じるのと同時に、実現してしまうカシオの技術力には本当にびっくりしたものです」
ダーモスコピーはメラノーマ発見専用のツールではない
――今後のダーモスコピーの展開について、どのようにお考えですか?
田中先生:「今後はダーモカメラと立体計測の組み合わせが期待できます。本大会でも、スペインから来たジョゼップ・マルビー(Josep Malvehy)先生が、ダーモスコピーでこのように見えた場合は他の立体計測でも調べてみたほうが良いといった話をしてくれました。
少し前までダーモスコピーは色素性皮膚病変の診断に特化した技術という意識が強いものでした。脂漏性角化症、メラノーマ、ほくろ、基底細胞癌、血管腫などを診断するものだと皆が思っていたのです。しかし、論文がどんどん出てくるにつれ、あらゆる腫瘍や炎症性疾患、脱毛症、膠原病、イボなどの診断に物凄く使えることが認知されてきました。
これまでの肉眼で見る皮膚科学は『マクロの皮膚科学』で、これからのダーモスコピーによる皮膚科学は『ミクロの皮膚科学』になっていきます。一見するとニキビのような疾患が、実はダリエ病という先天性疾患だったりすることまで、ダーモスコープを使って見通せるようになっています。ダーモスコピーは皮膚科の診断力を上げることにとても貢献している診断方法なのです」
――本日はありがとうございました。
今回の大会には、東京会場に約1,300人が足を運び、オンラインでは約1,200人が参加したそうだ。ハイブリッドでありながら、リアルな集まりに顔を出す人のほうが多かったという。
オンラインでは講義は聞けても、友誼を深めるのは難しい側面もある。「廊下で会って、『あ、先生!』と声を掛けたり、掛けられたりの、あの久しぶり感がとても嬉しかったです。疲れも吹っ飛んじゃいました」と語る田中先生の笑顔こそが、多数の来場者を集めた秘訣ではないだろうか。
ダーモスコピーが普及し、それを支えるためのダーモカメラも生まれた。田中先生のご尽力がなければ、これらは何年遅れていたかわからない。ダーモスコピーに救われた日本人の命が一体どれほどあることか。田中先生には感謝の言葉しかない。
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