家電メーカーのシャープでは、IoT家電にも搭載可能なほど小型の屋内光発電デバイス「LC-LH(Liquid and Crystal Light Harvesting)」の開発に注力しています。この「LC-LH」は、蛍光灯やLED照明の光でもしっかり発電し、光が当たり続けるかぎり電力を供給できるのが特徴。乾電池やボタン電池が主流のリモコンやパソコンの周辺機器などに搭載されれば、使用済み電池の廃棄と交換の手間が不要になります。
今回は、環境へのやさしさを考えた「LC-LH」がつくる未来に迫ります。
液晶ディスプレイの技術を応用!
シャープ独自の屋内光発電デバイス「LC-LH」とは
取材を受けてくださったのは、研究開発本部 グリーンイノベーション&デバイス研究所の吉江智寿さんと、シャープディスプレイテクノロジー株式会社の開発本部 技術企画部に籍を置く木村知洋さん。
吉江さんは次世代太陽電池や次世代蓄電池の開発に従事する傍ら、技術を世の中に届けるべく、用途開拓を通じたマーケティング活動も行なっています。
一方の木村さんは、最先端ディスプレイを開発・生産・販売するシャープディスプレイテクノロジー株式会社にて、企画やプロモーションを担当。プロセスエンジニアとして10年働いた経験を活かしつつ、2010年からは企画を軸に幅広い分野で活躍しています。
彼らが手がけるのが、小さな光をエネルギーに変える屋内光発電デバイス「LC-LH」。屋内での光発電に適した色素増感太陽電池※とシャープが長年培った液晶ディスプレイ技術を融合した新しい技術です。
※色素で吸収した光を電気に変換する有機太陽電池の一種です。
電卓や時計などに屋内用の太陽電池が使用されていますが、「発電量を増すことができれば、もっと用途が広がるのではないか」と考えたのが開発の着想でした。「LC-LH」は、従来の屋内用の太陽電池に比べて約2倍の発電性能を実現しています。
なお、「LC-LH」の「LC」は「Liquid and Crystal」の略で、液晶(Liquid Crystal)の名前に似せています。このデバイスには液体(Liquid)と結晶(Crystal)が用いられていますが、これまでの太陽光発電の常識を覆すものだったのです。
太陽光発電は屋外に設置するため、固体材料を使用するのが一般的です。液体だと、太陽の光や熱で故障のリスクが高まるからです。 しかし、屋内用と割り切ったことで、固体ではなく、液体を用いる選択肢が生まれました。液体であれば、イオンが隅々まで簡単に移動するため、発電性能が上がります。 |
液体を用いるのは、まさにシャープの得意領域。液晶ディスプレイの技術を応用し、既存の液晶工場の設備をそのまま活用することで、高品質な「LC-LH」の大量生産と大幅なコストカットに成功したのです。この点が高く評価され、今年10月に千葉県の幕張メッセで開催された「CEATEC 2022」では「経済産業大臣賞」を受賞しました。
「LC-LH」が使い捨て電池に置き換われば廃棄や交換の手間が無くなり、環境と人の負荷軽減に貢献できますが、それも普及してこその話。「いくら素晴らしい技術でも、手に入りにくく、社会で広く使われなければ意味がない」。シャープは「技術を届けること」を強く意識してきたと吉江さんと木村さんは口を揃えます。
異なる技術が融合!「LC-LH」を生んだセクショナリズムのない精神
注目を集める「LC-LH」ですが、現在に至るまでには紆余曲折があったと吉江さんが明かしてくれました。
2016年から「LC-LH」の前進技術である色素増感太陽電池の研究開発を進めていたのですが、世の中に提供するにあたり、ユーザーがすぐに使える商品にしなければならないと考え、2019年8月に屋内光で発電し、バッテリーレスのビーコンを製造・供給しました。 好評をいただいたのですが、我々の本業はあくまで研究開発です。生産キャパやコストの壁に直面し、安定的な提供ができなくなってしまいました。それに、ビーコンを製造するまでユーザーさまとコミュニケーションを重ねて、仕様決定には1年ほど要しましたし、顧客開拓に始まる営業的な仕事には大変苦労していたのです。 |
そんなとき、救いの手を差し伸べてくれたのが木村さんたちだったと吉江さんはいいます。「液晶の技術を応用すれば、生産キャパやコストの課題を解決できるかもしれない」。というアイデアをぶつけてみたそうです。
木村さんは「LC-LH」の前身技術のことを知り、他社の追随を許さないほどの完成度に驚いたそうです。あとは、どのように出口戦略を立てるか、たくさん安く作るか。やるべきことは絞られ、市場を拡大するための戦略策定が自分の役割と認識していたと振り返ります。
研究開発部門でありながら、ビーコンという商品の形にしてビジネスを始めていたこと自体もすごいと思いましたね。すでにテストマーケティングをしたうえで課題がわかっている状態だったので、その点は助かりました。 僕らシャープディスプレイテクノロジー側の苦労としては、液晶工場で製造するために条件や構造を変えていくことでしたが、プロセスエンジニアたちは創意工夫を楽しんでいる様子でした。 |
液晶ディスプレイ製造のプロセスを踏まえて直接議論できるようになったので、さらにモチベーション高く取り組むことができました。 改良に向けて試行錯誤が求められましたが、それは研究開発部門の本来あるべき苦労です。 |
奇しくも入社同期だった2人の出会いを機に技術開発は一気に進み、「LC-LH」は誕生したのです。「LC-LH」における太陽光発電と液晶ディスプレイという異なる技術の融合。それは、シャープだから成し得たと言っても過言ではありません。
シャープは、1976年の世界初の太陽電池付電卓「EL-8026」をはじめとし、これまでさまざまな太陽光発電の開発に邁進してきました。液晶ディスプレイについても同様に、長い歴史を誇ります。それらの技術は、一朝一夕には蓄積されません。木村さんは「シャープは“技術の会社”」と再確認したといいます。
加えて、セクショナリズムのない精神が根付いています。自分の領域の技術に保守的にならず、技術者同士がオープンに深く自由に議論しているのが日常の光景です。 |
古くはカメラ付きケータイもあったように、技術を融合して新しいものを生み出すマインドが脈々と受け継がれているのです。
いかにして社会の役に立つか。「LC-LH」にかかる期待
「LC-LH」を活用すれば、前述した通り、乾電池やボタン電池の廃棄と交換の手間が不要です。身近なところでは、テレビやエアコンのリモコンや、キーボードやマウスといったパソコン周辺機器が「LC-LH」に置き換われば、かなりの環境負荷の軽減につながるでしょう。もちろん、それだけではありません。
IoTが浸透している今、センシング機器の省電力化が進んでいます。そうした機器の電源として「LC-LH」を用いていただければ、より効率的なデータ取得が可能です。 |
「LC-LH」を搭載した棚札やセンサーは設置するのはとてもラクなので、今ある店舗や工場を手軽にスマート化することができます。 一からスマートファクトリーを建てようと思えば巨額投資が必要なので、現実味がありません。けれど、センサーや棚札だけでも充実させれば、従業員にやさしい職場環境を整えることはできます。「LC-LH」の手軽さが、日本を再興するスマート化に寄与することを期待したいですね。 |
「LC-LH」がつくる未来。その予想図は、どこまでも広がります。
センシング機器と同じく、ディスプレイも消費電力が下がってきています。例えば、テーブルや家具、衣類といった今までは電源供給するのが大変だったところにも「LC-LH」のおかげでディスプレイを貼り付けられるようになるかもしれません。 また、「LC-LH」は液晶工場で製造しているので、電力供給を自立して行えるディスプレイの開発も視野に入れていきたいです。 |
インタビューを通して伝わって来たのは、いかにして社会の役に立つのかということ。吉江さんは、こう締めくくりました。
「LC-LH」の改良は言うまでもなく、今後は新しい次世代太陽光発電の開発にも挑戦していきますが、単に新しいデバイスを作れば良いとは考えていません。 性能を上げるのは大切ですが、サービスやシステムにつなげ、ソリューションとして提供する中で社会の課題を解決していけるかがポイントです。 |
「LC-LH」をはじめとしたシャープの次世代発電デバイスによって、どのような未来が訪れるのか、今後も技術者同士のコラボレーションから目が離せません。
2022年9月にシャープは110周年を迎えました。
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