牡蠣の名産地として知られる広島県。
年間約2万トンのむき身牡蠣を養殖生産し、その量はなんと日本全国の約6割にも及びます(全国1位)。
しかしそんな広島県ですら、牡蠣養殖について課題を抱えているといいます。
その課題とは「牡蠣の生産量の安定化」。より安定した生産を実現するため、新たな解決策が求められていました。
そこで、最新技術を活用して牡蠣養殖の生産効率を上げていくことをミッションに立ち上げられたのが、産学官民連携のプロジェクト「スマートかき養殖IoTプラットフォーム事業」です。
今回は、同プロジェクトに参画するキーマンたちを直撃し、発足の経緯やプロジェクトへかける想いを伺いました。
AI/IoTの技術で牡蠣養殖の課題を解決したい。プロジェクト発足のきっかけ
今回取材を受けてくださったのは、東京大学の中尾教授、内能美漁業協同組合の下家さん、そしてシャープ通信事業本部に所属する角田さんと真鍋さんの4名です。
壮大なプロジェクトの始まりは、共に広島県出身である中尾教授と角田さんとの出会いがきっかけでした。
角田さんとは別のプロジェクトで知り合ったのですが、広島県の名産物である牡蠣の生産課題を解決することで、故郷に恩返しをしようという話になりました。 |
角田さんが生まれ育った江田島市は、牡蠣の生産が盛んな地域。その江田島市にある内能美漁業協同組合で働く下家さんは、ヒアリングに訪れた中尾教授と角田さんに牡蠣養殖に横たわる課題をありのままに伝えたそうです。
高水温による牡蠣の採苗※1不調や、海洋生物の付着によるへい死※2が増え、水揚高の減少が問題視されていました。 また生産現場では、生産者の高齢化に伴い労働力不足が深刻化。生産手法においても、経験や勘に基づいてノウハウが蓄積されていたため、それを可視化できる仕組みを作らなければ、未来への技術継承が難しい状況にありました。 |
※1牡蠣の幼生(赤ちゃん)を採取すること。
※2病気などにより突然死すること。
複雑に絡み合う課題に途方に暮れる生産現場。
悲痛な声を聞いた中尾教授と角田さんは、東京大学やシャープが有する技術を用いて、課題解決に取り組む決意を固めました。
その後、広島県が公募するAI/IoT実証プラットフォーム事業「 企業名は合資会社「ひろしまサンドボックス」に応募。
見事採択され、産学官民連携のプロジェクト「スマートかき養殖IoTプラットフォーム事業」を発足させたのです。
目をつけたのは「採苗率の向上」。センサーとIoTの通信技術の組み合わせでデータドリブン漁業へ
勘と経験の漁業からデータドリブン漁業へ。牡蠣生産の課題を解決すべく、センシング技術やIoTの通信技術に望みが託されました。
発足当初は、働き方改革の側面から漁船にGPSを取り付けて、活動量をモニタリングする話が持ち上がっていました。 ところが、下家さんや漁業関係者にヒアリングを続けていくうち、課題の核心が見えてきたのです。 |
課題の核心、それは「採苗」にありました。採苗できなければ養殖は始まらず、県外から牡蠣の幼生を購入しなければならなくなります。この購入費が漁業者の経営を圧迫していたのです。
採苗不調については原因が諸説あるためその特定が難しいのですが、センシングによる環境モニタリングによって何かしらの根拠を示せるのではと考え、取り組みをスタートさせました。 |
まず手がけたのは、海水温のデータ取得。生産者の負担軽減のため、東京大学が構築した安価なセンサーを海に浮かべ、IoTの通信技術を組み込みました。
1年間の水温の変化がリアルタイムでわかると、産卵時期の予測を立てられるようになります。 プロジェクト発足から2年間は、この予測の精度を上げることに力を注ぎました。 |
さらにドローンを活用し、牡蠣の産卵を上空から撮影。潮流をシミュレーションし、適切な場所にホタテ貝を沈めて牡蠣の卵を付着させることで、採苗率の向上を狙ったのです。
実証実験は「海の上」。前例のないデジタル革命が直面した苦難
ただ、その挑戦は過酷を極めていました。想定外の出来事に翻弄されたと角田さんは振り返ります。
陸地とは違って、海上での実験は危険が伴い、非常に手間がかかります。センサーが流されてしまったり、台風で沈んでしまったりしたこともありました。 データ取得が一筋縄でいかない厳しい環境でした。 |
農業でスマート化が進む一方、水産業で前例が少ないのは、海という環境が大いに影響しているからでしょう。「何かあれば対処できるように」と角田さんは船舶免許を取得したそうですが、このプロジェクトにかける覚悟の一端が垣間見えました。
また、取得した水温のデータをどのように見せるかも重要課題に挙げられていたそうです。
現場で働く方々は若くても50代。普段からガラケーを使い、スマホや通信機器を毛嫌いしている節がありましたので、アプリに慣れていただけるようになるまではとても大変でした。 一軒一軒、作業場に説明に伺い、使い勝手をお聞きして、東京大学さんやシャープさんにフィードバックしていました。 |
今回は、図上で海水温を色分けして表示するなど「パッと見てわかる」ということに重点を置きました。 生産者さんは、決められた海域に牡蠣筏(いかだ)を配置して養殖を行うのですが、海域ごとに水温や海水の塩分濃度などに差があるため、定期的に筏を動かしています。 例えば、1℃でも温度が違えば生育状態に影響が出るので、移動させるタイミングは命。どのような気付きを与えたいのか、どう行動してほしいのかを強く意識しました。 |
そんな苦労の甲斐あって、生産現場からの評判は上々なのだとか。
海洋情報は今まで月1回の県の定点観測しかありませんでしたが、いつでもどこでもスマホを通じてリアルタイムに把握できるようになりました。 「生産方法を改善できた」「毎朝、海洋情報を見てから1日の行動を考えている」という生産者さんもいらっしゃいますし、好評をいただいております。 |
この言葉を聞いて、角田さんと真鍋さんは安堵の表情を浮かべました。
プロジェクトに携わることで、自治体や異業種の方々とコミュニケーションをとる機会に恵まれました。 人脈が増え、視野が広がり、自分たちに何ができるのかを見つめ直すことができています。 |
これまでの仕事では一次産業の方々と関わること自体がありませんでしたので、プラットフォームづくりを推進する中、生産者さんからのフィードバックをダイレクトにいただけて勉強になりました。 |
牡蠣養殖におけるデジタル革命は、3年の月日を重ね、ようやく一歩を踏み出したのです。
牡蠣養殖の未来は明るい!SDGs視点の持続的な取り組みが鍵を握る
生産量の増加へ向け、挑戦はまだまだ始まったばかり。しかし、中尾教授は現段階でも本プロジェクトの持つ意義は大きいと強調します。
これまで難関といわれてきた一次産業の漁業にセンサーやIoTといった先進技術を導入できたのは、成功事例として誇れるのではないでしょうか。横展開すれば、牡蠣の養殖のみならず、他の漁業生産にも適用可能です。 また、牡蠣の収穫高の減少を引き起こす環境要因を突き止めて排除できれば、SDGsが掲げる14番目の目標「海の豊かさを守ろう」のゴールにも直結します。 |
SDGsへの貢献については、真鍋さんや角田さんも手応えを感じ取っているそうです。
中尾教授がおっしゃった「海の豊かさを守ろう」に加え、安価なセンサーの継続的な設置により海洋情報をリアルタイムに見える化したことで、SDGs の9番目の目標「産業と技術革新の基盤を作ろう」にも寄与しています。 それは新規参入者や生産者さんの生活基盤の整備を促進し、11番目の目標「住み続けられるまちづくりを」にも関連します。 |
水温のセンシングで得られた海の気候変動のデータは、13番目の目標「気候変動に具体的な対策を」にも役立てられるのではないでしょうか。 |
他にも、8番目の目標「働きがいも経済成長も」の達成を後押しするなど、SDGsの多くの項目に当てはまるのは間違いありません。
漁業者がどんどん減っている今、作業効率と生産量をアップさせることができれば、次世代の若い人たちにとって牡蠣養殖がより身近な産業になるのではないかと期待しています。 |
時間はかかるかもしれない。だからこそ、中尾教授をはじめ、下家さん、角田さん、真鍋さんは、持続的な取り組みの必要性を揃って訴えました。
「デジタル化によってSDGsを推進することが牡蠣生産を担う人材確保につながり、広島県の経済成長を加速させる」。
今後は、ふっくらとしたおいしい牡蠣を生産するための裏付けも取りたいと意気込む彼らの瞳には、明るい未来がしっかりと映っているのでしょう。
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