カシオ計算機は10月5日、耐衝撃ウオッチ「G-SHOCK」のベゼル・バンド・電池を交換するレストアサービスを開始した。同社はこれを「G-SHOCKを長く愛用してくれるユーザーの気持ちに応えるサービス」と位置付けるが、正直、ビジネスとしては割に合わなそうにも思える。利益を追求すべき企業が本当にそんな慈善事業のようなことができるのか、実は隠れた狙いがあるのではないか。性根が腐……いや、疑い深い私は、直接お話をうかがうべくカシオ本社を訪れた。
対応してくださったのは、本プロジェクトの中心人物ともいえるお二人。本サービスの技術や仕組みを考えたカシオ計算機 品質企画部の難波和哉氏と、マーケティング企画やプロモーション企画を担当された時計マーケティング部の大林大祐氏だ。
本題に入る前に「G-SHOCKレストアサービス」の内容について、簡単に触れておこう。本サービスは、G-SHOCKの傷んだ箇所を綺麗にしてまた使いたいというファンの要望に応え、古いモデルのベゼル (飾りビス含む)・バンド・電池の交換を期間限定で実施するもの。サービスはすでに実施中で、2022年1月18日までの期間限定で行う。
対象モデルはDW-5000系、いわゆるウレタン樹脂製のスクエアベゼルを持つG-SHOCK初期の計8モデル。料金は10,560円 (税込/返却送料などが別途必要)。ただし、レストア後のベゼルとカラーはブラックになることや防水性能が日常生活防水になるなどの制限がある。対象モデルも含め、詳しくは別記事「カシオ、思い出のG-SHOCKが甦るレストアサービスを期間限定で実施」をご覧いただきたい。
―――なぜ、今回のレストアサービスを実施しようと思われたのでしょう?
難波氏「私はもともとサービス部門におりまして、そのとき感じたのが、『古い製品でもまだまだ使いたいと修理にお持ち込みされる方が非常に多い』ということでした。ただ、やっぱりある程度経つと部品がなくなってしまってメンテナンスができず、お断りせざるを得ないっていう件数も少なからずあるんです。が、そうであっても使いたいと言ってくださる方もいて、とりあえずバンドが付けばいいから、という方も結構いらっしゃるんですね。
『デザインがちょっと違っちゃってもいい、この時計が使えればいいんだ』と。とはいえ、やっぱりデザインにも必然性があって、どうしてもお断りせざるを得ないというケースを実際に経験しました。これは仕方のないことなのですが、やっぱり申し訳なくて、心苦しかったんです。
そんなこともあって、G-SHOCK35周年のときは、特別企画として『DW-5000CDW-5600Cのベゼルレストアサービス』の開発を担当しました。これも期間限定の企画だったのですが、これがかなりのお申込みをいただいたのに加えて、“申し込み期間を過ぎてから知ったから今からでもやってほしい”とか、“次はいつやるのか”といったお問い合わせを毎月のように頂いていました。私たちとしてもサービスの改善点や新しい技術を見つけていたので、近々またやりたいとは考えていました」
大林氏「また、もともとG-SHOCKは『ファンを大切にするブランド』を標榜してさまざまなサービスや『SHOCK THE WORLD』などのイベントなどを展開してきました。ただ、新型コロナウイルス感染症の影響やデジタルマーケティングの進化を機に、従来とはまた違った方向でお客様一人一人と、もっと深くOne to One(1対1)で繋がって行こうという動きが社内で大きくなってきたのです。
今までは、実際にご購入いただいた製品、どんなモデルがどれだけ売れたということしか把握できませんでした。でも今は、WebやSNSなどデジタルのメディアでの接点があります。これにより、G-SHOCKのファン一人一人の顔がいっそう明確に見えてくる。つまり、メーカーとしてどんなサポートやサービスができるのかをさらに深く提案できるようになると思いました。こういった品質企画とマーケティングの思いがちょうど重なったのが、このタイミングだったんです」
―――難波さんのお話にあったG-SHOCK35周年特別企画のレストアサービスは、私も取材させていただきました。あちらは実際のDW-5000CとDW-5600Cを型取りして型を作り、光成型して作ったベゼルを使っていましたよね。一つ一つが手作業だったので、なかなか大変だったのではないか、と。
難波氏「しかも、予想以上にお申し込みをいただいて、嬉しくもあり大変でもありで(笑)。さすがにあのやり方では難しいと思ったので、今回はやり方を変え、ベゼルにはアルミ素材の簡易金型をおこす方法を採用しました。もちろん、当時は手描きの図面しかありませんから、それをもとにCADで金型用のデータを作るのですが、どうも完成品とイメージが違ってしまうんです。実物より斜面の傾斜がきつかったり、端々の微妙なニュアンスが違うといいますか」
―――実際は、金型を彫るときに職人さんが色々修正を加えていたんでしょうね。
難波氏「そう思います。なので、実物を3Dスキャンしたものと比べながら、金型用のデータを修正していきました」
―――これですよ、この熱量がカシオイズムなんですよね!
大林氏「今回の対象機種はだいたい80年代から90年代に発売された製品です。これを現在持っていて、なおかつ化粧し直してまた使いたいという方々ですから、正真正銘のG-SHOCKファンですよね。傷が付いたり、破損してしまったから買い替える、じゃなくて、『それでも使い続けたい』という思い入れの強いお客様ですから、私たちも真剣です」
難波氏「今回のプロジェクトは、前回実施以降約2年かけて、製造方法などの見直しを行いました。前回の部品開発、内容検討に約3年かかっていますので、実に5年の月日をかけています。さまざまな研究をしてできる限りの対応をしたつもりです。が、残念だったのは、どうしてもカラーが黒のみの対応だということ。そして、ベゼル上の『PROTECTION』『G-SHOCK』の色埋めがグレーのみになってしまうことです。でも、G-SHOCKは複数の色の組み合わせがあり、これらにすべて対応するのは非常に困難でしたので、1色に絞り『再び時計としてよみがえる』ことを最優先にしようと決めました」
大林氏「ただ、カラーもまたG-SHOCKにとっては重要な要素です。お客様にとってはそのカラーだからこそ意味があるのかもしれません。たとえば人気の黄色のG-SHOCKをレストアに出して、黒くなって戻ってきたらどう思われるだろう、とかなり悩みましたね」
―――実際のレストア作業にも気を使いますね。
難波氏「お客様のG-SHOCKが届いた時点で、まず動くかどうか、レストアにて対応できるかどうかを確認します。ここで問題がなければいいのですが、何かしらの不具合があった場合はお客様に連絡をして、『こういう状態ですがどうされますか?』とお尋ねします。そこでお客様の承諾を頂いてから作業に着手するようにしています。
実際に作業する方々も緊張すると言っていますね。何しろすべてがお客様の思い入れのある製品ですし、傷でもつけたら大変なことなので」
―――ちなみに、ボタンの押し込みの渋みとかについても診ていただけるのでしょうか?
難波氏「できるだけ快適に使える状態でお戻ししたいので、ちょっと渋いなとか動きが悪いなと感じたときはメンテナンスさせていただいています」
―――このサービスの狙いは、もう純粋にファンの方々とのコミュニケーションだったりとか、G-SHOCKを一生愛していただくための、好きになっていただくためのサービスなんですか? お話をうかがう限り、カシオさんとしては全然割に合わないような気がします。それ以外に何か狙いがあるんじゃないかなと、実は考えていたんですけれど。
大林氏「本当に、純粋にユーザーサービスであり、お客様とのコミュニケーションの手段です(笑)。正直、今回予想を上回るお申し込み数をいただいていまして、お客様にはずいぶんお時間を頂いているんです。でも、嬉しいですね。おっしゃるように、事業としては採算がぎりぎりだったりしています。が、発売後40年近く経つ時計、しかもまだ直せる状態のものを多くの方々がお持ちいただいていることに、社員みんなが驚いています。あぁ、G-SHOCKってやっぱり愛されているんだな、という実感が沸くんです。
G-SHOCKは中身こそデジタルですが、やっぱり時計として認識されているんです。長く使いたいとか、何本か持っていたいという品物なんですね。私たちとしても『親から子へ受け継がれるような商品』になってほしい。『低価格なモデルだから、売ってしまえばそれまで』というのは、あまりにも寂しいじゃないですか」
大林氏「G-SHOCKも来年は40周年を迎えます。歴史のあるブランドとして、もっと皆さんに親しんでいただき、長く使っていただきたいということを踏まえて、今回こういった企画やサービスを実施しているとお考えいただければ幸いです」
―――いや、このビジョンって高級時計メーカーの視点ですよね。
難波氏「値段は、実はそんなに関係ない気がするんです。たとえ一万円前後でも、自分が気に入ったものをお子さんに譲りたいと思う気持ちはわかりますし、今回のレストアサービスの口コミでも、亡きお父上の形見なので、ぜひ直したかったという方がいらっしゃいました。多くの方々の時計に対する思い出や思い入れにお応えできるのは、私たちも誇りに思うというか、やって良かったなと思います」
―――ちょっと感動しました。今回の記事を読まれた方は、ますますカシオとG-SHOCKが好きになっちゃうと思います。(思わず涙ぐむ筆者)
大林氏「いえ、まぁ長くご愛用してくださっている方々がこれを機にというか、今後も継続的に使っていただければ嬉しいですね。で、マーケティング担当の立場としては、また時計が欲しくなったとき、G-SHOCKをご検討いただけるようなら幸甚です、と(笑)」
―――まぁ、そのくらいは言ってもいいと思います(笑)。
大林氏「ちなみに、これはあくまで結果論かつ参考データとしてご理解いただきたいのですが、今回レストアページをご覧になられた方々のサイト巡回データを見ると、ひとつ面白いことがわかったんです。
レストアサービスは、価格より時計本体への愛着が強い方が申し込まれます。が、この価格なら新しいのを買った方がいいと思われる方も当然いらっしゃいます。そういう方は、どうせ新しいのを買うなら同価格帯のニューモデルをご購入されてもいいと思うんです。たとえばスリムケースと8角形ベゼルで人気の『GA-2100』などですね。ところが、皆さん律儀なほどオリジンのスクエアモデルを選ばれるんです。
やはり、5000系のものをずっとお使いいただいているとか、この形やデザイン、着け心地に非常に興味を持っていただいて、大変思い入れがあるようで、新しいものをお求めになられるとき、選ぶのは同じ系譜のモデルなんですね。
で、また面白いのが、10月にオリジン初期カラーのリバイバルモデルとしてブルーの『DW-5600RB-2JF』とカーキの『DW-5600RB-3JF』、11月にイエローの『DW-5600REC-9JF』が発売されました。すると、これらに人気が集中したんです。
これは本当に偶然ですが、マーケティング的側面からは、レストア企画とリバイバルモデルのリリースが上手く連動できたといえるかもしれません。当時のユーザーの方々が今またオリジンを欲しくなってご購入いただいたということが見て取れますよね。
これは人間の根本に関わるところでもあるんじゃないでしょうか。あの時買えなかったけど今なら買えるとか、かつて使っていた頃が懐かしくて買っちゃうとか。自分の人生を振り返りたくなるんですよね。
―――分かります。私も、子どもの頃作ったプラモデルが今でも売っていたりすると買っちゃいますもん。でもね、本当はプラモデル本体より、そのプラモデルに投影されたあの頃の自分を求めているんですよね。思い出を買うというか、自分の時間を取り戻すというか。ちょっとしたタイムスリップですよ。
大林氏「今回のレストアサービスも、申し込まれている方やサイトを見に来てくださる方の8割は40代、50代です。当時持っていたもしくは使っていた人が来てくださる。ゆえに、ニューモデルよりオリジンに心惹かれる方が多いのかなと。これは非常に興味深い結果だと感じました」
―――スクエアモデルのG-SHOCKは、自分の記憶を呼び覚ます存在でもあるんですね。あぁ、話に夢中になって、久々に長い原稿になってしまいました(笑)。では最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。
難波氏「G-SHOCKをここまで大事にしてくださってありがとうございます、というのがまずひとつ。もう、ずっと捨てずに持っていてください(笑)。我々も、さらにいいものを提供し続けていきたいと思っています」
大林氏「G-SHOCKはファンの皆様とともに歩んできたブランドだと、あらためて感じています。ファンの皆様のご期待に応えられるような商品、サービスなど、商品を長くご愛顧くださる皆様に感謝をお返しできる企画を今後も考えていきたいと思います。ぜひ、今後ともG-SHOCKをよろしくお願いいたします。
―――お二人とも、本日はありがとうございました。
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