出張先での仕事を終えた清水成人(なりと)は、地方都市の焼き鳥屋で金曜夜の食事を一人満喫し、ターミナル駅近くのホテルへ戻った。二七歳会社員の懐事情からすると、普段行かない場所へ仕事で行くのは楽しい。湯船につかったあともベッドの上で、買った酒を飲みながらスマートフォンでSNSを流し見していると、海鮮ラーメンの写真をのっけている投稿が目にとまった。位置情報が、成人が今いる市と同じであり、投稿者は「菅井航(すがいこう)」だ。彼も出張で来て、ついさっき食べたらしかった。

 まさか親友と、関東から遠く離れた地方都市に同じ日に滞在するとは思わなかった。成人がSNSでメッセージを送ると着信があり、話すと、航も駅近くのホテルに泊まっていることがわかった。翌日ホテルの朝食バイキングを愉しんでから、正午近くの飛行機で帰ろうとしているのも、同じだった。明日落ち合う約束を交わすと、通話を終えた。

 翌朝成人が駅前のカフェチェーン店に入ると、キャリーケースを席近くに置いた航と目があった。成人はコーヒーを受け取ってから、ソファー席へ向かった。互いの出張についての話を軽くしたあと、会うのはいつ以来だと航が口にした。

「えっと……酒井の結婚式二次会が最後かな? あれはいつだ」

 成人はそう答えながら、スマートフォンの写真フォルダをさかのぼる。航のほうが先に、二年弱前の日付を口にした。航は大学入学時に仲良くなったクラスメートで、彼が先に勤めだした新規開店のファストフード店のアルバイトに、成人も続いて加わった。バイクツーリングにも一緒に行っていたほどの、大学時代かなり頻繁につるんでいた相手と、二年弱も会っていなかったとは。

「航そういえば、ツアラーバイク買うとか言ってなかった?」

「とっくに諦めたよ。彼女の実家近くの1LDKに住んでるけど、バイク置き場ないし。会社までは片道一時間半もかかるし、色々しんどい」

「え、一人暮らしの俺の家と同じくらいって、狭いよそれは……。郊外なのに」

「年末に籍入れるんで、そのタイミングで引っ越すかも」

 付き合って丸四年が経ったとのことで、来年春に挙げる予定の結婚式でスピーチをお願いするかもしれないと、成人は航から言われた。

「結婚準備のために無駄遣いをとがめられる雰囲気があるから、もうずいぶんこんなふうにカフェにも来れてないよ」

 嘆きながらコーヒーに口をつける航を見て、成人は思いだす。大学時代、彼とやたらとカフェに足を運んでいた。バイクツーリングの目的地もカフェが多かった。でもアパートを訪れると、インスタントコーヒーしか飲んでいなかった。外でコーヒーを飲む時間が好きなのだと、当時話していた。

「今朝もホテルでゆったりコーヒー飲んで、最高だった。一人で飲む時間が、尊いんだよね。職場と1LDKの往復じゃ、それもなくて」

「水筒に入れて公園で飲んだら」

「それいいかも」

 成人からの提案に、航が軽く笑いながら答える。成人にはそれが、なにかを悟り、諦めも知ったような人間の表情に見えた。同棲して結婚を前にすると、人はそうなるのか。成人にも二年前まで三年間付き合っていた彼女がいたが、同棲まではしなかったからわからない。その元彼女は、大学四年生時に航から紹介してもらったのだった。就職活動がうまくいっていなかった当時、成人は単位が足りていなかったにもかかわらず、ゴールデンウィーク後の無気力感で、大学へ行かなくなってしまった。すると心配したらしき航から飲みに誘われ、ゼミの女の子を紹介してもらった。同じ学部の彼女に会いたいからと、成人は再び授業へ通うようになり、そのうちに企業からの内定ももらえた。今に至るまで、転職もせず勤め続けている。結果的にではあるが、航は成人にとって、人生の居場所を与え続けてきてくれた友といえた。

「そろそろ特急の時間かな」

 航に言われ帰り支度をした成人は店内のトイレへ行き、戻る際、先に外へ出る友の姿を見ながら思いついた。レジカウンターへ寄り、陳列されたご当地デザインの蓋付きタンブラーを指さす。

「それ一つ、ください。あ、中身もお願いしたいんですけど……」

 タンブラーにブラックコーヒーを入れてもらう注文をしてから、特急電車の出発時刻が迫っていることを思いだし、成人は今更になって焦らされた。

 女性店員による操作のあと、成人はVisaカードを端末にかざす。一瞬で決済が済み、店外で待っていた航と一緒に駅へ向かい、特急電車に乗り込むとドアが閉まった。空港までは半時間ほどだ。二人とも、事前に別々の席の指定席券を買っていた。

「これ、プレゼント」

「え……なんの?」

「うーん、結婚するから、かな。一人の時間、それで作ってくれ」

「ああ……ありがとう。じゃあ、後ほど」

 空港で再び合流し飛行機に乗ると、偶然にも航の席は、通路を挟み成人の席の斜め前だった。離陸してしばらくすると、機内Wi-Fiに繋いだのか、航が操作するスマートフォンのSNS画面が見えた。いくつもの絵文字を打ち込んでいる。男同士のやりとりで、航は絵文字なんか打ってこない。同棲中の彼女とのやりとりだろう。ふと、成人は思った。郊外の1LDKと会社を往復する生活を選んだのは、航自身だ。一人になれる逃げ場など、特段必要としていないのかもしれなかった。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

***

羽田 圭介(はだ けいすけ)

1985年、東京都生まれ。明治大学商学部卒業。2003年、「黒冷水」で文藝賞を受賞しデビュー。2015年、「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞受賞。他の著書に『盗まれた顔』『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』『成功者K』『5時過ぎランチ』『ポルシェ太郎』『羽田圭介、クルマを買う』など多数。

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