実際の残業時間に関係なくあらかじめ残業代が決められている、"固定残業代"の制度が導入されている企業は少なくありません。
会社側が「労働法で認められている裁量労働制を導入しており、入社時に合意を交わしているので適法だ」と主張し、いかなる場合でも固定残業代以上の金額を支払おうとしないケースもあります。
しかし実は、固定残業代が導入されていたとしても、実質的な残業時間が大幅に上回っている場合には、残業代を請求できる可能性があります。
みなし残業代とは?
みなし残業(固定残業代)とは、毎月の給料に、あらかじめ決めておいた一定額の残業代を合わせて支払う制度です。たとえば「月20時間分の残業代を含む」などの形式で、固定の残業代が毎月支払われます。この場合、実際の残業時間がゼロであったとしても、月20時間分の残業代は必ず支払われます。
しかし反対に、実際の残業時間がみなし残業時間を超えていた場合には、従業員はその差額分を受け取る権利を有しています。深夜労働・休日労働による割増賃金についても、通常の割増賃金に上乗せして受け取る権利があります。
「実際の残業時間が多かろうと少なかろうと固定残業代しか受け取ることができない」というのは、間違いなのです。しかし中には月20時間を超える残業が発生している場合でも、月20時間分の固定残業代しか支払わない企業も少なくなく、問題視されています。
事業所以外での労働など正確な労働時間を把握することが難しいケースもあれば、初めからみなし残業を悪用する目的で導入するケースもあります。
事業所外労働・2つの裁量労働制がサービス残業の温床に
みなし労働時間制には、以下の2種類があります。
・事業所外労働(労働基準法第38条の2)
営業職、広報職、旅行添乗員など事業所外の場所で仕事をしているため、労働時間の正確な把握が難しいケース。
・裁量労働制(労働基準法第38条の3、第38条の4)
従業員に裁量を委ねるのが合理的と判断されるケース。専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類。
上記の場合でも、実質的に使用者の指揮監督が及んでいると判断される場合には、従業員に裁量があるとは言えないため、みなし労働時間制が適用されないことがあります。たとえば、事業所外にいる従業員に上司が随時メールや電話などで指示を出しているケース、あらかじめ詳細な一日のスケジュールが定められており従業員がそれに従って動いているケースなどです。
表向きは従業員の裁量に任せるとしながら実質的には上司の命令に従わざるを得ない状況も少なくなく、こうした制度自体がサービス残業の温床になっていると言われています。
みなし残業代のメリット
みなし残業代にも、メリットはあります。毎月の残業時間がみなし残業時間未満である場合には、従業員にとっては多めに賃金を受け取ることができるというメリットがあります。会社側にとっては、面倒な労働時間の計算の手間を省けるという労務管理上のメリットがあります。
しかしこれはあくまでも理想論的な話。みなし残業時間を超えてのサービス残業を強制されているケースが非常に多いのが実情です。
あなたの会社は違法?みなし残業をチェックする方法
「裁量労働制だから残業代はない」と説明された
入社時に「裁量労働制だからいかなる場合もみなし残業代以上の金額は払わない」と、もっともらしく説明されたとしても、それは誤りです。
冒頭で説明した通り、みなし残業時間を超えて働いた場合には、裁量労働制であっても残業代を請求することができます。また、残業時間が少なかった月と多かった月を合わせて相殺することも、認められていません。
入社時もその後も、残業代についての説明がない
会社が従業員と雇用契約を締結する際、一定の労働条件を書面で明示しなければなりません(労働基準法第15条)。この書面は、労働条件通知書と言われています。
労働条件通知書に絶対に記載しなければならない労働条件の中には、
・所定労働時間を超える労働の有無
・賃金の決定、計算及び支払の方法
も含まれています。この義務に違反した企業は、30万円以下の罰金刑を科される可能性があります。
定時になったらタイムカードを押す習慣がある
定時にタイムカードを押してから残業を続ける企業もありますが、その場合でも残業をしていた証拠があれば残業代を請求できる可能性があります。
たとえば、定時後のメール履歴、パソコンのログなどが証拠となります。会社のパソコンから自分のプライベート用アドレスに送信すると、日時が記録されるので、証拠の一つと認められることがあります。
企業側が「従業員が自主的に残業をしていた」と反論してくることが考えられますが、客観的状況から“黙示の残業命令”があったと判断される場合には、企業のこのような言い分は認められません。
深夜作業も多いのに毎月同じ給料
実質的な残業時間がみなし残業時間以内に収まっていたとしても、従業員に深夜労働や休日労働をさせていた場合には、通常の時間外労働に加えて、深夜手当と休日手当も別途支払わなければなりません(労働基準法第37条)。
各割増賃金は以下の通りです。
・法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える時間外労働……25%以上
・時間外労働が月60時間を超えた場合……50%以上
・法定休日(週1日)労働……35%以上
・深夜労働(22時~翌5時)……25%以上
複数の条件が重複している場合には、それぞれの割増率を加算して残業代を計算します。たとえば、「時間外労働かつ深夜労働」であった場合には25%+25%=50%となります。時間外労働の時間がみなし残業時間未満である場合には、深夜労働の割増分(25%)のみを別途請求できます。
しかし休日労働の場合は1日8時間の法定労働時間というものがそもそも存在しないので、35%以上の割増賃金のみが生じます。
「裁量労働制」の対象でないのに導入されている
前述の通り、裁量労働制の対象職種は、専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の大きく2種類に限定されています。
たとえば専門業務型裁量労働制は、弁護士・建築士・研究者・新聞記者・編集者・テレビプロデューサー&ディレクターなど19業務が対象です。企画業務型裁量労働制は、事業運営の企画・立案・調査及び分析の業務が対象となっています。
これらの条件に当てはまっていないにもかかわらず、残業代の支払いを逃れるためだけに制度を悪用しようとする企業も存在しています。
「裁量労働制」なのに上司が実質的に指示している
裁量労働制の対象職種であり、きちんと条件を満たした上で適法に導入されたとしても、運用の仕方に問題があるケースもあります。
前述のとおり、裁量労働制では従業員本人に仕事の裁量がなければなりません。上司が逐一細かく指示を出している場合は、実質的に従業員に裁量がないと判断されます。たとえば大量の仕事を「明日までに仕上げてほしい」と命じられた場合、従業員はやむを得ず長時間の時間外労働をしなければならなくなります。
「残業をしなさい」と明確に指示を受けなかったとしても、残業をしなければ回らないほどの業務量やノルマを課された場合には、黙示の残業命令があったと判断される可能性があります。
まとめ
勤め先の企業にみなし残業制(固定残業代)が有効に導入されていたとしても、みなし残業時間以上の残業や深夜労働・休日労働をしていた場合には、残業代を請求できる可能性があります。
具体的なプロセスは、まず残業の証拠を収集し、正確な残業時間と割増賃金総額を計算した上で、会社に内容証明郵便を送って請求するのが一般的です。しかし慣れない人にとっては専門的で難しく、負担が大きい手続きでもあります。加えて、未払い残業代請求権の消滅時効は3年(2020年4月施行)となっており、迅速に対応しなければ権利を失ってしまうことになりかねません。
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