ベゼルとダイヤルにプラチナ蒔絵を施した1,500本の限定モデルOCEANUS Manta(オシアナス マンタ)「OCW-S5000ME-1AJF」(27万5,000円/税込)が、6月11日に発売開始となる。これまでにも「江戸切子」「阿波藍」といった日本の伝統工芸を採り入れ、「伝統と革新の融合」をテーマに展開してきた本シリーズは、従来のOCEANUSや定番のラインナップとどう異なるのか。シリーズラインナップの美しさをあらためて振り返るとともに、開発思想や背景について開発スタッフに聞いた。
まず、これまでのラインナップを復習しておこう。
「伝統と革新の融合」をテーマに掲げたシリーズは、ベゼルに江戸切子を採用した「OCW- S4000C-1AJF」(2018年6月発売。世界限定1,500本)から始まった。17世紀以降日本文化の中心地となった江戸で生まれ、愛され続けてきた江戸切子の美を都会的な東京のエレガンスとしてサファイアガラスベゼルに再現。大きな話題となったことは記憶に新しい。
その後、同年10月にカラーバリエーションである「OCW-S4000D-1AJF」(世界限定3,000本)が登場。翌2019年には、10mmを切るOCEANUS最薄のケース厚を誇る最新のManta「OCW-S5000」をベースモデルに採用。江戸切子ベゼルの新デザインとともに琥珀色と青を組み合わせたカラーも話題となった「OCW-S5000D-1AJF」(世界限定2,000本)が登場した。
2020年末には、伝統的な天然藍(阿波藍)でダイヤルを着色した「OCW-S5000AP-2AJF」(世界限定2,000本)と、文字板に加えクロコ革も阿波藍で染めた「OCW-S5000APL-2AJF」(世界限定500本)が登場。同時に、天然藍を使った絞り染めのカーフレザーバンドのクラシックライン「OCW-T2600ALA-2AJR」(世界限定1,000本)と「OCW-T2600ALB-2AJR」(世界限定700本)も発売された。なお阿波藍のモデルでは、白蝶貝ダイヤルに藍を着色し、「叢雲(むらくも)染め」のイメージを演出した「OCW-S5000APA-2AJF」の発売が2021年6月に予定されている。
そして江戸切子、阿波藍に続くテーマとして今回OCEANUSが選んだ伝統工芸の美が“蒔絵”。冒頭でも触れた「OCW-S5000ME」だ。
本稿では、本シリーズの商品企画を担当したカシオ計算機の佐藤貴康氏、江戸切子のマンタOCW-S4000Cや今回の蒔絵モデルなどOCEANUSのデザインを数多く手がけている同社デザイナーの藤原陽氏をゲストにお迎えして、制作秘話を伺った。
---これら「伝統と革新の融合」をテーマとするシリーズは、企画や開発の面で通常のOCEANUSのラインとどう異なるのでしょうか。
佐藤氏「”Elegance,Technology(エレガンス、テクノロジー)”。これは、OCEANUSが誕生以来、掲げてきたコンセプトです。おかげさまでOCEANUSも今年で17年目を迎え、その歴史のなかでオシアナスブルーをはじめ、サファイアガラス、ザラツ研磨などの美しさ、いわばOCEANUSのエレガンスについてある程度、認知をいただけたと自負しています。
だからこそこのエレガンスの部分をより深く掘り下げ、表現力をさらに高めていこうと考えました。そこで、日本の伝統工芸が持つ美意識をOCEANUSの時計表現に採り入れてみようと考えたのです」
藤原氏「私はちょうどその頃、MR-Gの『MRG-G2000HT-1AJR』(参考:BASELWORLD 2017 - 写真で見るG-SHOCK MR-G特別仕様モデル)というモデルを手がけていました。このベゼルとバンドには”鎚起(ついき)”という日本伝統の金属加工技術が使われていて、このような和の美意識をOCEANUSでも採用してみてはどうかと思っていました」
---本シリーズの立ち位置は、レギュラーモデルのバリエーションということになるのでしょうか?
佐藤氏「バリエーションといえばそうなりますが、それだけではありません。毎回、その世界の匠と呼ばれる先生方にご協力をいただき、ときには本シリーズのために新しい技術やデザインを開発して商品化にこぎつけていますから」
藤原氏「デザインや素材、製造工程はレギュラーモデルとは比べものにはなりません。デザインはカシオ側と伝統工芸士の先生方と共同で、時間をかけて生み出し、素材においては伝統工芸の材料を、腕時計用に特別にレンジしたもの、今回発売する蒔絵でいうとプラチナ粉という高品位なものを使用。製造においては、その素材を描いたデザインに仕上げる特殊な専用技術、また先生方自ら製造に携わって本物に仕上げて頂く。手間惜しまずと技術を駆使した、最高峰CMFモデルです。」
---数ある日本の伝統工芸の中から「江戸切子」「阿波藍」「蒔絵」を選んだ理由を教えてください。
佐藤氏「江戸切子は、OCEANUSらしさのひとつ『サファイアガラス』の美しさをいっそう際立たせるというコンセプト。阿波藍は『オシアナス・ブルー』の青の原点、英語でジャパン・ブルーとも記される藍色に注目しました。蒔絵は京都の蒔絵師、下出祐太郎先生の作品群で表現されている水の世界、その水の煌めきOCEANUSの『海のイメージ』に投影しています」
OCW-S5000ME-1AJFプロモーションムービー
藤原氏「コンセプトとしては佐藤がお話した通りですが、実はもうひとつ大切な条件がありました。それは、この3つの伝統工芸の先生方が『革新的な考え方の持ち主だったこと』です。
先生方には大変失礼な話なのですが、私たちは伝統工芸を使った時計を作りたいわけではなく、かっこよくてエレガントな時計を作りたい。『今度のOCEANUSはすごくいいね! えっ、このベゼルって伝統工芸の○○なの?』というのが理想。だから、いかにも伝統工芸としたものは作りたくない 。新たな美しさをまとったOCEANUSを作るために、『先生の技術でご協力いただけませんか』という話なんです。そのようなわがまま話に、先生方は興味をしめしてくれました。OCEANUSの哲学と私たちの思いに共感してくださったのです。この出会いがなければ、このシリーズは実現不可能だったでしょう」
先生方に共通していたのは『新しいことに挑戦して、その文化を後世に伝えていきたい』という挑戦の精神だったという。かつて「OCW-S4000C」でベゼルのカットを担当した江戸切子職人、堀口徹氏にインタビューした際、その言葉のなかに以下のような一節があった。
『ベゼルの装飾に江戸切子を使うことの意味とストーリーはどこにあるのか。それが(商品を手に取る人に)伝わらないと、江戸切子という手法を使ったところで作り手の単なる自己満足で終わってしまう。(中略)そうじゃなくて、OCEANUSの新しいスタイル、東京らしいElegance,Technologyを提示するために、東京を象徴する美のひとつとして江戸切子の文化をこの時計に込める。こうあるべきなんです』 (参考:最新のOCEANUS Manta限定モデル「OCW-S4000C」の“江戸切子のサファイアガラスベゼル”が深い!)
藤原氏「下出先生も、数々の大学や専門学校で蒔絵や伝統工芸文化について教鞭をとる傍ら、大手電機メーカーとバイオロジーの開発をされていたりもするんですよ」
---先生方もご自分の技術や美学に「伝統と革新の融合」を求めているのでしょうか。
佐藤氏「そうだと思います。でなければお引き受けいただけなかったでしょう。実際、私たちも先生方とお仕事させていただき、多くの刺激や影響を受けましたし、新しい発見がありました。その結果、硬度の高いサファイアガラスでも江戸切子の手法で装飾を可能にしました。
また、阿波藍では、藍色の文字板に加え、止め紺というこれ以上染まらない深く貴重な藍を使った美しい革バンドを実現。そして蒔絵では、別々のパーツ、素材であるサファイアと文字板を一つのキャンバスに見立てて水の煌めきを表現し、美しさが長く保てる耐久性とともに形にしました。
これらの表現にはOCEANUSというブランドの哲学と、その象徴的なストーリー、ちょっとかっこよく言えば“ロマン”が込められています。ここが通常のOCEANUSのラインとは大きく違う点かもしれません。もちろん、通常のOCEANUSも全力で作っています。ただ、この伝統と革新の融合をテーマとするシリーズに対しては、伝統を背負うわけですから、ひときわ強い思いが込められていますね」
---「革新」とは技術的な象徴としてのOCEANUSを指すのかと思っていました。
佐藤氏「そう考えていただいても構いません。ただし、それは時計のモジュールや機能だけの話じゃなく、デザインや外装も含めての技術を含んでいます。カシオは耐衝撃や耐久性の社内規定が厳しくて、正直、商品企画やデザイナーの立場としては(アイディアと規格の板挟みで)苦しい部分もあります。しかし、それでもOCEANUSの美しさは、舶来時計にも決して見劣りしません」
---OCW-S5000の漆黒のベゼルと文字板なんて、黒の深みと表面の滑らかさ、蒔絵の立体感は、本当に漆器みたいですよね。
藤原氏「舶来時計では、実際の蒔絵の手法で漆の上に金粉をまいているものもあります。世界10本限定で何百万円とかね。でも、カシオが目指すのはそういう時計ではありません。蒔絵の美意識をまといながら、日常生活で何十年も使える時計です。それには本物の漆の質感と同時に、10気圧防水を持ち、陽にあてても簡単に退色したりプラチナ粉が剥がれたりしない品質がかかせません」
「ぜひお見せしたいものがあるんです」そういいながら、藤原氏は大量のサファイアベゼルリングと文字板の試作品をテーブルに広げた。いくつあるのか見当もつかない数だ。
藤原氏「ベゼルはサファイアガラス、文字板は樹脂製です。それに特殊な加工をしたり精密な研磨をしたりして、この美しさを出しています。詳細は特許技術に関わるので割愛させていただきますが、幾度となく試行錯誤を繰り返し生み出した特別な技術が随所に使われているんですよ」
---ということは、こういったデザインや加工を見据えたベースモデルの設計がより重要視されるようになりますね。藍染や蒔絵の文字板は、OCW-S5000のインダイアルソーラーあればこそ実現できたといえますし。
佐藤氏「技術が目的になってはいけませんが、『日本の伝統工芸×OCEANUSの美意識』が高度な最新技術に支えられているのもまた事実です。これらも”伝統と革新の融合”ですよね。カシオならではの研究開発ノウハウを大きく発揮できる、大きな武器だと思っています」
今回お話を伺って強く感じたのは、OCEANUSのコンセプト「Elegance,Technology」は、「Elegance,Technology Part2」ともいうべき次のステージに入ったということだ。インタビューのなかで藤原氏は「ただのエレガンスでなく、個性的なエレガンスを意識している」と語った。その最たる形のひとつが「伝統と革新の融合」なのだろう。より広い視野で、より深い表現を求めて広がっていく、カシオのモノ作り。今後もぜひ、我々ユーザーと時計業界に新しい驚きを与え続けてくれることを期待したい。
[PR]提供:カシオ計算機