ダーモスコピー検査など、皮膚観察用デジタルカメラ「ダーモカメラ DZ-D100(以下、DZ-D100)」と、皮膚観察用拡大鏡「ダーモスコープ DZ-S50(以下、DZ-S50)」を開発・販売するカシオ計算機では、両製品の海外展開を進めており、1月末オーストラリア・ニュージーランドに向けて海外初出荷。コロナ禍の困難を乗り越えて挑戦する、カシオの戦略と出荷に至るまでの背景について、カシオ計算機の佐藤健介氏、吉岡崇氏に話を聞いた。

カシオのダーモカメラとダーモスコープ

カシオは2019年5月にDZ-D100を、2020年3月にはDZ-S50を国内向けに販売開始した。DZ-D100の発表と同時に、撮影した画像を管理できるPC用ソフト「D'z IMAGE Viewer」も提供を開始している。これらのツールは、AIによる皮膚がんの診断支援システムの開発へとつながる布石でもある。

  • ダーモカメラ DZ-D100
ダーモカメラ DZ-D100
  • ダーモスコープ DZ-S50
ダーモスコープ DZ-S50

DZ-D100やDZ-S50は医療現場のニーズを丁寧にヒアリングし、製品づくりに反映したことにより国内でも使い勝手の良さが高く評価されている。ダーモスコピーは国際的には皮膚がんの多い地域ほどより広く浸透しており、カシオのツールは海外でも評価されるのは想像に難くない。

2019年9月にカシオと信州大学が共同研究中の「イメージングデータを用いた皮膚がん診断ソリューション開発」が、AMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)の「先進的医療機器・システム等開発プロジェクト」に採択され、最長5年間にわたって研究費用の支援を受けることが決まった。本プロジェクトでは、先進的な医療機器・システム等を開発し、国内外へ展開することが期待されている。

カシオではオーストラリア・ニュージーランドから海外展開をスタートする。この2か国を出発点に選んだのはどんな理由があるだろうか。早速聞いてみよう。

オーストラリア・ニュージーランドは皮膚がんの罹患率が世界で最も高い地域

――オーストラリア・ニュージーランドから海外展開を始める理由について教えてください。

佐藤氏:「一番大きな理由は、この地域は皮膚がんの罹患率が世界でも非常に高いことです。公開されている統計データによっては最も高い地域とされています。

  • 事業開発センター メディカル企画開発部 マーケティング室の佐藤健介氏
事業開発センター メディカル企画開発部 マーケティング室の佐藤健介氏

皮膚がんは白人に多い疾患です。オーストラリア・ニュージーランドは欧州から移民された方も多く、気候と体質の関係で皮膚がんの罹患率が高くなっていると推察されます。また広大な国土の割に人口が少なく、皮膚科専門医の数も少ないと聞いております。一般医が皮膚疾患を診察するケースも多いことから、将来的にも画像診断や遠隔医療に当社の製品が貢献できるのではと考えました。

幸いにして積極的に展開してくれる現地のパートナー(販売代理店)も見つかりましたので、まずはこの2か国から最初の海外展開を始めることに致しました」

グローバル市場を欧州、アジア、オセアニア、北米と切り分け、まずはオセアニア(オーストラリア・ニュージーランド)から参入する

現地販売代理店や医師から高い評価を得る

吉岡氏:「オーストラリア・ニュージーランドに向けて展開する下準備は、2019年7月末には始まっていました。手応えを探るために、私が発売したばかりのDZ-D100や、開発中のDZ-S50の試作機を持ってメルボルンに出張し、現地の販売代理店であるC.R.Kennedy社を訪れました。同社は、内視鏡を扱う医療機器に強い販売代理店です。持参した実機を見てもらい、非常に高い評価を得ました。C.R.Kennedy社の仲介で大変権威のある皮膚科の先生にも会うことができ、同様に高い評価を得て自信を深めました」

――どのあたりが評価されたのでしょうか。

吉岡氏:「この先生は世界中で販売されている製品を持っているとのことでしたが、そのうえで当社のDZ-S50はレンズが大きくて見やすいといったことを客観的に評価してくれました。また、DZ-D100についても、先生は市販の一眼レフカメラにコンバージョンレンズを付けて使用していて、当社のDZ-D100はコンパクトでありながらレンズ交換なしで、偏光と非偏光の2種類の画像(※)を同時に撮影できる点などを気に入ってくれました。

※DZ-D100では、1回のシャッターで偏光、非偏光、UVの3種類の画像を同一画角で撮影可能

オーストラリア・ニュージーランドは皮膚がんの患者が多くて本当に困っているのだということがひしひしと伝わってきて、我々としても積極的にこの地域の医療に貢献したいと強く思いました」

  • 事業開発センター メディカル企画開発部 マーケティング室の吉岡 崇氏
事業開発センター メディカル企画開発部 マーケティング室の吉岡 崇氏

――海外で医療機器を販売するには、現地の医療認証を取得する必要があるはずですが、これも順調に進みましたか?

佐藤氏:「日本で既に認証を取ってありましたので、C.R.Kennedy社に認証取得に明るいエキスパートもおり、比較的短期間で取得できました。

むしろ現地での商品認知やマーケティング手法においては、C.R.Kennedy社と現地での展開手法について日本での事例や現地の状況を基に時間を掛けて話し合いました。カシオは時計や電卓などでは世界的に名を知られていますが、医療機器の市場では新参者です。当社にとっても初めての挑戦で、分からないことはたくさんありました。販売代理店との付き合い方ひとつとっても、コンシューマ製品の販売代理店とは勝手の違うところが多く議論が白熱することもありました。

2020年2月前半に吉岡と二人で現地に出張し、お互いに顔を突き合わせて話し合った結果、帰国後はスムーズに販売代理店契約と認証取得を完了することが出来ました」

ロックダウンを乗り越えて

――かなり順調に進んでいたのですね。

佐藤氏:「はい。当社ではこの勢いで、2020年4月には市場に製品を投入したいと計画していました。滑り出しは容易で遅くとも6月には余裕を持って展開できると考えていました。しかし、思わぬ大きな障害に足を取られました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックです。

オーストラリアは3月以降、都市ごとに断続的にロックダウン(都市封鎖)が繰り返されました。日本においても4月7日から7都府県で緊急事態宣言が発令され、出張に行くこともできない状況に陥りました。

海外展開が遅れた一番の原因は間違いなくこれです。我々が出張に行けないだけでなく、C.R.Kennedy社の営業も動けなかったのです。現地の医師にも全然会えないし、話ができないと言われました。オンラインの商談は何度か繰り返しましたが、面と向かって話し合うようにいきませんし、新型コロナがいつ終息するか誰にも見えませんから足踏みが続きました」

――そのような状況では議論も進まなさそうですね。

佐藤氏:「このときの議論で大変だったのが、生産と販売の台数や発売時期の計画が立たないことでした。販売代理店にとっては新型コロナの影響でいつどれだけ売れるか予測が付かないので、我々から仕入れる数を決められません。いつ商品を投下するのが現地の商戦に良いのかも判断できなかったのです。

せめて出張に行って現地の医師たちに実機を見せられれば、もう少しスムーズだったと思います。我々は商品力に自信を持っていますし、使ってもらえば分かると国内で経験していますので、それができなかったことが残念でした。

それでも、とにかくお互い前に進めようと、2020年の秋からオンライン会議で商談を重ねました。新型コロナの影響はあるけれど歩みを止めてはいけない、という意識が共有できたことで少しずつ進めることができ、2021年1月後半の出荷予定まで漕ぎ着けました」

オーストラリア・ニュージーランドの先を見据えたMEDICA2020への出展

――新型コロナの影響で半年以上も足を引っ張られながらも、出荷にたどり着いたのは何よりだと思います。海外展開に関して、オーストラリア・ニュージーランドへのアプローチ以外にも、新型コロナの影響はありましたか?

吉岡氏:「はい。特に大きな影響を受けたものとしては、ドイツのデュッセルドルフで毎年開催される医療機器の展示会『MEDICA 2020』に出展したことが挙げられます。MEDICAは5,000社を超える出展社が参加し、世界中から12万人を超える来場者が集まる催しです。ところが、新型コロナの影響で、開催直前にWebからアクセスするバーチャル展示会に変更となりました。出展スタイルの変更に伴う準備には苦労しました」

  • MEDICA2019会場の入口付近の様子
MEDICA2019会場の入口付近の様子
  • MEDICA2019のテクニカルフォーラムの様子
MEDICA2019のテクニカルフォーラムの様子

アフターコロナに活かせるノウハウを積む

  • MEDICAには日本語のWebサイトも用意されている
MEDICAには日本語のWebサイトも用意されている
  • MEDICAの出展者としてカシオのページも用意されており、その中にコンタクト先として吉岡氏のメールアドレスが顔写真と共に掲載されている
MEDICAの出展者としてカシオのページも用意されており、その中にコンタクト先として吉岡氏のメールアドレスが顔写真と共に掲載されている

佐藤氏:「商談も対面からオンライン会議に変更になりました。時差があることがデメリットでしたが、オンラインで完結するメリットがありました。少数精鋭で全世界に向けて営業を掛けて行くという意味では、アフターコロナのスタンダードなやり方になると思っています。

ある程度先方の生業や性格を見極め、パートナーとして相応しいと判断したときに出張に行って確かめ、取引や条件を固めてくるという効率の良いやり方になるでしょう」

吉岡氏:「今年のMEDICA2021も当社は出展予定です。リアルとバーチャルのハイブリッドスタイルとのことですので、当社の取り組みをご紹介できるよう準備を進めています」

世界最大市場のアメリカも視野

――オーストラリア・ニュージーランドの次のスケジュールはもう見えていますか。

吉岡氏:「当社では次はアメリカと考えています。アメリカや欧州も皮膚がんの罹患率はかなり高いエリアです。当社の商品のニーズも高くなります」

佐藤氏:「アメリカは3億3000万人ほどの人口があり、全体の母数が大きいので期待しています」

――アメリカ進出を目指す上で気に掛けていることはありますか?

佐藤氏:「やはり直近のコロナ禍拡大が気になります。FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)からの医療機器認証取得にも影響を及ぼすことを懸念しておりました。

新型コロナで非常に厳しい中、どうなるかと心配していましたが、幸い、当社子会社で現地販売会社のカシオアメリカ、現地コンサルタント会社との協力で今のところ順調に推移しています。認証取得後本格的に北米事業をスタート出来れば、周辺国やアジア諸国にも医療認証や商品認知にも良い影響を及ぼすのではと期待しております。

その上で次なる市場として皮膚がん罹患率がエリアを通じて高いと言われている欧州を考えております。此方もコロナの影響で事前準備は容易ではないと思われますが、粛々と進めて行きたいと考えております」

――最後に今後の抱負をお聞かせください。

佐藤氏:「海外展開の第一歩としてオーストラリア・ニュージーランドでの事業展開をスタートすることでノウハウを積み、そこで得た経験や教訓を基に異なるエリアに展開を広げることで、世界中で当社の医療機器がお役に立てるように精進致します」

吉岡氏:「今年の夏、アメリカのフロリダで皮膚科学会が開かれます。そちらに出展して、アメリカの医師達に商品を評価してほしいと思っています。世界最大のマーケットはアメリカです。早く導入を図りたいです」

――本日はありがとうございました。

新型コロナの流行は世界中のあらゆる人々に大きな影響を与えた。カシオのメディカル機器事業もその影響からは逃れられず、当初予定を大幅に遅らせることになった。しかし、事業を中断したり縮小したりするのではなく、遠回りしながらもその場その場で新しい発見やノウハウの蓄積へとつなげてきた。

まだ終息の見えない厳しい環境ではあるが、都市がロックダウンしたからと言って皮膚がんの進行は待ってくれない。世界中の皮膚がん患者の診察や治療に役立ち、さらにAIの診断支援システムを少しでも早期に実現するため、カシオの挑戦は続いていく。

  • 苦労が報われ笑顔のほころぶ佐藤氏と吉岡氏
苦労が報われ笑顔のほころぶ佐藤氏と吉岡氏

[PR]提供:カシオ計算機