カシオ計算機が3月16日に発売した、皮膚科医や形成外科医向けのダーモスコープ「DZ-S50」。同製品を開発した、企画、デザイン、設計の担当者にインタビューし、開発の背景やこだわったポイント、競合製品に対する優位性などを熱く語ってもらった。

  • カシオのダーモスコープ「DZ-S50」

ダーモスコープは、皮膚を観察するための拡大鏡だ。皮膚の腫瘍などの色素病変を観察し、普通のほくろと「ほくろのがん」と言われるメラノーマ(悪性黒色腫)を見分けたり、脂漏性角化腫などのいぼや、ボーエン病や基底細胞がんなどを見分けたりすることができる。

皮膚検査では経過観察用に病変部を撮影する機会も多く、カシオでは皮膚観察 / 撮影用デジタルカメラ「ダーモカメラ DZ-D100」を昨年5月に発売している。ダーモスコープではダーモカメラの開発に携わっていただいた先生方にも、引き続き協力してもらい完成したという。

今回、マイナビニュースの取材に応じてくれたのは、事業開発センター メディカル企画開発部 企画開発室 リーダーの石橋純平氏、開発本部 デザイン開発統轄部 第二デザイン部 アドバンスデザイン室 室長の杉岡 忍氏、同 コンシューマデザイン室 リーダーの石井恭平氏、山形カシオ EM製造技術部 商品設計課 課長の松本弘樹氏、同 商品設計課の箱山裕司氏の5名だ。

患者さんに顔を近づけ過ぎずに使えるダーモスコープが欲しい

――早速ですが開発のきっかけから教えていただけますか。

石橋氏:「開発を企画した石橋です。仕様の取りまとめや進捗の管理などを担当しました。当社ではダーモカメラを昨年5月に発売しましたが、皮膚科の先生方にヒアリングを行う中で、競合他社のダーモスコープについても不満の声をいただいていました。

特に多かったのが『病変部を離れて見たい』という声です。病変部が顔やデリケートな部分のとき、患者さんが異性であれば特に、顔を近づけて覗き込むように観察するのは気を遣うという意見がありました。このため、ダーモカメラ開発と並行して企画の検討が始まりました」

  • 事業開発センター メディカル企画開発部 企画開発室 リーダーの石橋純平氏

――医師が患者さんに顔を近づけなくても、病変部がはっきり観察しやすいダーモスコープが望まれているということですね。

石橋氏:「先生方にヒアリングを重ねていくうちに、レンズ倍率を上げるよりも、レンズ径を大きくしたほうがニーズを満たせるのではと考えました。

レンズ倍率を上げると、光学設計上どうしても見える範囲が狭まってしまい、結局は患者さんを覗き込むことになります。他社製品のレンズ倍率は8~10倍が多かったのですが、当社ではレンズ倍率を6倍とし、レンズ径を直径40.5mmと大きく設定。レンズの端まで歪みを少なくすることで、他社製品との差別化を図りました」

  • DZ-S50の使用イメージ。顔を近づけなくても病変部が見やすいよう工夫している

愛らしいデザインに隠された使いやすさへのこだわり

――白くて柔らかいフォルムも特徴的で差別化されていますね。

杉岡氏:「デザインを担当した杉岡です。デザインについては、2018年初旬にダーモカメラと同じタイミングでスタートしています。開発に当たっては医師にも患者さんにも『信頼と安心』を提供することを共通のテーマとして掲げていました。先生方の要望に応え、診療を確実にサポートするのはもちろんですが、患者さんにもストレスなく安心して診療が受けられる、そんなデザインをフォルムの中に取り入れたいという思いで検討しました」

  • 開発本部 デザイン開発統轄部 第二デザイン部 アドバンスデザイン室 室長の杉岡 忍氏

――試行錯誤の繰り返しだったのですか?

石井氏:「同じくデザイン担当の石井です。デザインを確定するまでにラフモデルをたくさん作り検証を繰り返しました。この製品のデザインのポイントは大きく3つあります。1つめは手触りの良い柔らかい形状で、段差がなく引っかかる継ぎ目がない、握り心地の良さです。2つめは医療機器なので、汚れや血が着いた時に拭き取りやすいこと。3つめは患者さんが安心感を受けることです。

黒くてゴツゴツした武器みたいな道具が出てくると患者さんが緊張しますので、白くて柔らかな見た目の、安心と信頼が一見して伝わるデザインを目指しました。

  • 開発本部 デザイン開発統轄部 第二デザイン部 コンシューマデザイン室 リーダーの石井恭平氏

ラフモデルは先生方のところに持っていって実際に握ってもらいながら試行錯誤しました。その過程で、先生方によって握り方の流儀があることに気づき、グリップした時の指先位置を分析。結果、本体レンズ付近全周をどこでも自由にグリップできる形に辿りつき、グリップに沿って1周する1本の美しいエッジラインが、柔らかい塊の中でのアクセントとなっています」

  • 設計が入る前の段階で握りやすさや持ちやすさを検討するために、微妙に形やサイズの異なる大量のデザインモックを作っている。写真に写っていないモックもたくさんあるという

――デザインする上では、落としたときにレンズが傷付かないような工夫もされていると思いますが、そのあたりはどうですか?

杉岡氏:「もちろん、傷が付かないようレンズは奥まっています。目をかなり近づけて見る先生もいるので、レンズの周囲は滑らかになっていますし、汚れても拭き取りやすいシームレスな形状にしています。あとはポケットに入れてもこすれにくいようにして、持ち歩きやすいようストラップホルダーも備えました。このあたりは先生方に何度もヒアリングして改良を重ねました。

携帯するのが前提なので、レンズも筐体もプラスチック材料で形成するなどできるだけ軽量化を図っている点も特徴の1つになると思っています」

――このほか、機能上で工夫された点はありますか。

石橋氏:「病変部の状態によっては、レンズ倍率が欲しいというケースもありますので、オプションでレンズ倍率を9倍に拡大するコンバージョンレンズ『DSL-50M』を用意しています。マグネットを採用して、着脱を容易にしているのはユニークなポイントかと思います」

CPU制御まで排除して徹底した安全設計を実現

――設計の面でのこだわりについてはいかがでしょうか。

松本氏:「設計を担当した、山形カシオの松本です。製品設計(機構、電気)から、試作、評価、製造まで当社で一貫して担当しました。DZ-S50は、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)に医療機器登録しなければならないのですが、山形カシオは医療機器の製造販売業の資格を持っていますので、山形カシオで医療機器登録しています。DZ-S50の設計でこだわったのは、安全な医療機器であるという点です。

  • 山形カシオ EM製造技術部 商品設計課 課長の松本弘樹氏

医療機器には基礎安全というとても強い要求事項があります。これが一般の家電製品や業務機器等と大きく違うポイントになります。安全設計は通常、壊れにくい、壊れても安全、使い方を間違えても安全という3つが求められます。設計者の立場からすると『壊れにくい』に重点を置いて製品開発しがちなのですが、医療機器の場合は『壊れても安全』を最重視しなくてはなりません。

このため、使用する全部品の故障モードを調べています。部品というのは壊れた時にどういう風に壊れるか決まっています。故障モードとは、この部品は壊れるとショートして動かなくなる、閉じていたものが開きっぱなしになってしまうといった、それぞれの部品が故障したときにどうなるか把握することを言います。全ての回路の故障リスクをマネジメントした結果、大きな設計見直しにはなりましたが、故障リスクの高いCPU制御をやめるという判断まで行いました。その結果、どの部品が壊れても絶対に安全であるという回路を作り上げることができました。保護回路なども必ず二重で入っています」

――今回、リチウムイオンバッテリーを使っているので、発火することもあるのではないかと思ってしまいますね。

松本氏:「たしかにリチウムイオンバッテリーはリスクの高い部品だと言えます。そのため、本製品では十分過ぎるくらいの仕様マージンを設けてバッテリーを使っています。例えば充電して良い温度は決まっていますが、それはリチウムイオンバッテリーのメーカーが規定する数値よりもずっと低い、安全な領域で使うようになっているので、発火の恐れはまずありません。

他にもネジなどが表面に出ないように工夫しました。ネジが何かに引っ掛かる可能性はなくしたかったのと、ネジが表面に出ないことで静電気も入りにくくなります。ネジを隠すのは結構大変なのですが、安全性にこだわるうえではどうしても譲れない設計ポイントでした」

オプションのコンバージョンレンズ『DSL-50M』も工夫がてんこ盛り

――安全という点では、先ほどレンズや筐体をプラスチックにしたというお話もつながってきますね。

箱山氏:「機構設計を担当した箱山です。レンズは大口径にする仕様でしたので、ガラスを用いると重くなってしまいます。プラスチック材にして軽くすることで、持ちやすく、落としにくく、壊れにくいという、ユーザビリティと安全性の両立を図りました。また、バッテリーとレンズの位置関係にも配慮しており、一方だけが重くなるような重量バランスにならないよう留意しました。

  • 山形カシオ EM製造技術部 商品設計課の箱山裕司氏

今回、設計を行う上でユーザビリティも重要項目の一つになります。先ほども話に出たコンバージョンレンズ(DSL-50M) の装着性を良くする為、簡単に着脱できるようマグネットを採用しています。マグネットを本体側に配置するのか、コンバージョンレンズ側に配置するのかが重要なポイントでした。

外観にも関わってくる部分ですので、デザイン担当と意見交換しながら、最終的にマグネットはコンバージョンレンズ側、貼り付く金属を本体側に装備しました。本体の金属はネジを隠すパーツにもなっています。デザイン性をキープしつつ、機能を共存させる部分が苦慮したところです。誰が使っても間違わずに装着できる構造にできたと思っています」

  • デザインと設計の間で様々な検討を加えたことが分かる指示書。レンズと本体の間にグリップになる首があるのが分かる。この首をどうするかも議論した部分のひとつだという

――本体をマグネットの貼り付く側にしたのは、金属がネジを隠すパーツにもなったからということですか?

箱山氏:「そうです。マグネットも表面に出さずに、中に入れることでマグネットの耐久性も上げています」

杉岡氏:「当初、モックではレンズの周囲には樹脂を想定したリングがはまっていました。しかし、それだとマグネットを付けるために構造上どうしても厚くなってしまいます。

当初、設計から提案されたプロトタイプでは、マグネットの装着を考えてレンズ周りにメタリック感が強く残っていました。デザイン担当としてはこのメタリック感をなくしたいと意見して、かなりやり取りをしています。最終的には表面処理のブラストで金属ができるだけ白っぽくなる仕上がりにすることで落ち着きました」


  • DZ-S50のプロトタイプ。メタリック感が残っているのが分かる


  • DZ-S50の先行で作った最終に近いモデル。完成品とはサイズ感が違う。この時点では、レンズの周囲はまだ樹脂だった。ボタンの配置も異なり、ストラップ部分の金属もこのあと表に出ないよう変更された

――コンバージョンレンズ DSL-50Mは本体に負けないくらい、いろいろな工夫が盛り込まれていますね。

杉岡氏:「コンバージョンレンズ DSL-50Mは外すシーンのことも考慮してデザインしています。掴むところが浅いので、そこの断面をいかに誰でもぱっと外して掴めるか考え、半球状のくぼみを付けて工夫しました。これにより、指掛かりも良いし、取り外しの時にエッジが立って指が痛くなることもなく、厚みも抑えられて本体と一体感のあるデザインにできました」

  • コンバージョンレンズ「DSL-50M」。よく見るとリングの側面は、中央がくぼむデザインになっており指で押さえやすくなっている

松本氏:「設計からもう一つアピールポイントを出させていただくと、修理も山形カシオで担当することが挙げられます。国内にサポート拠点のない海外メーカーのダーモスコープは、故障したときの修理が絶望的に煩雑なので、万が一のときの安心感はアドバンテージだと思っています。ただ、これまでのところ、発売から半年経ちましたが修理の問い合わせはまだ一件もありません」

石橋氏:「企画から製造、アフターサポートまですべてMade in Japan体制でやっていますので、安心して使って頂ける製品を提供できたと思っています」

石井氏:「日本中の先生方に使って欲しいです」

――本日はありがとうございました。

なお、DZ-S50の主なスペックは以下の通り。

本体サイズは幅67.5×高さ140.2×奥行23.1mm、質量は約125g。
レンズ倍率は6倍、最大有効径は直径40.5mm。
LEDライトは偏光 / 非偏光を切り替え可能、連続点灯時間は約120分。
電源はリチウムイオン充電池を内蔵、充電は付属のACアダプターを利用。
価格は税込76,780円。

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