スタジオジブリが国民的作品として親しまれ、新海誠監督の 『君の名は。』『天気の子』 がメガヒットを記録し、数々のアニメ映画が年間興行成績ランキングを席巻している。
そんな状況があろうが、それでもやはり「アニメを見る」という行為のハードルはそこそこ高い。「生身の役者を画面に映すのではなく、絵が動く」というだけで、視聴対象から除外してしまう人も未だに少なくはないのだから。
だがしかし、そうした決して低くはないハードルを乗り越え、アニメファンだけにとどまらず、さまざまなクラスタに強く響く作品がまれに存在する。たとえばここ10年でいえば、『魔法少女まどか☆マギカ』『ユーリ!!! on ICE』『ラブライブ!』『けものフレンズ』 『宇宙よりも遠い場所』などだろうか。普段、アニメにそこまで強い関心がなくても、これらの名前を耳にした人も多いのでは。
1月からNHK総合テレビで放送されている 『映像研には手を出すな!』もそんな作品のひとつになりそうだ。いや、すでになっているのかもしれない。この記事ではその魅力を考えてみる。
ガチなクリエイティブを志す
高校生3人
まず作品の概要を見ていこう。 『映像研には手を出すな!』は、芝浜高校という増改築を繰り返し特殊なゾーンと化した学校が舞台。3人の高校生が、自分たちが思い描く「最強の世界」をアニメで表現すべく、「映像研」という部活動に勤しんでいく。
タヌキのような顔立ちが愛らしい浅草みどりは、作品の舞台がどのような場所でどのような機械があり、動くときにはどのような挙動をし、音を立て、光を放ち、どんなストーリーを想像できるか……といったディティールを積み上げながらトータルの世界観を描き出そうとする、ざっくりいえば「宮崎駿」タイプのアニメーター。気を許した相手や得意な話題になるとスイッチが入るが、普段はコミュニケーション能力にやや欠ける。
ぬっと伸びたような長身と手足がトレードマークの金森さやかは、クリエイティブそのものには興味がないが、金勘定をはじめ作品を完成させることと成功へのロードマップを描くことには強い関心と才能を発揮する、根っからのプロデューサー。
水崎ツバメはカリスマ読者モデルで、両親と同じ役者の道を歩むことを期待されているが、本人は役者業ではなくアニメーターを目指している。アニメーターとしての方向性は、「動き」の快楽やキャラクターの「芝居」にとことんこだわるタイプで、浅草とは資質が異なる。
それぞれ突出した能力を持つものの1人では成し遂げられない3人が、力を合わせて壮大なものを作り出していく。『映像研には手を出すな!』とはそのような作品だ。
従来の「文化系部活もの」
との違い
日本のマンガやアニメには「文化系部活もの」というジャンルがある。古くはゆうきまさみの『究極超人あ~る』、比較的近年の作品では『げんしけん』『涼宮ハルヒの憂鬱』『けいおん!』などがこのジャンルの代表作として挙げられるだろう。
これら「文化系部活もの」作品に登場する人物の多くは、部活動において何らかの成果物を生み出すことは「従」の目的であり、「主」たる目的は“気の合う友達と楽しい時間を過ごすこと”である。しかし、これに対して『映像研』のキャラクターたちは、すべてが創作・クリエイティブに特化している。3人にとっては、より良き作品を作ることが何よりの楽しみなのだ。
8話のラストシーン、3人の関係性を「友達」ではなく「仲間」と表現するくだりに、その感覚が端的に現れている。8話、傑作回ですよ。見始めたらとにかく、そこまでは一気に見てください。1話~8話で、約20分×8=160分強。ちょっと長めの映画1本分くらいの時間。いける、いける。
……突然何かがダダ漏れてしまった。話を戻す。
原作コミックは「月刊! スピリッツ」(小学館)にて好評連載中。
作者の大童澄瞳は大規模同人誌即売会で見いだされ、今作でデビューした。もともと「アニメーション」という表現に対して並々ならぬ興味関心を抱いていたようで、そこにかける熱い想いが内容にも大きく反映されている。アニメではEDのキャラクター作画を担当し、念願だったアニメーターとしてのデビューも飾った。
“湯浅政明“という才能が
『映像研』にもたらしたもの
アニメーション作品の「顔」といえば監督である。厳密にはそうでない場合もあるのだが、そのあたりの複雑な議論は本稿では割愛する。『映像研には手を出すな!』の監督を務めているのは湯浅政明。間違いなく、いま名前を覚えておくべきアニメクリエイターのひとりである。
湯浅はアニメーターとしてアニメ業界でのキャリアをスタートし、『ちびまる子ちゃん』『クレヨンしんちゃん』の劇場版を筆頭に、卓抜な画力と奔放なイマジネーションに貫かれた作画を披露。遅くとも2000年前後にはアニメファンの間で「知る人ぞ知る」存在となっていた。
本格的な監督デビューを果たしたのは、今もなお世界的に評価の高い2004年のアニメ映画『マインド・ゲーム』。その後も『ケモノヅメ』『カイバ』といったエッジの効いた作品で、監督としても確かな力量を示す。
大きな転機となったのは、フジテレビの「ノイタミナ」枠で森見登美彦の人気小説を原作とするTVアニメ『四畳半神話大系』を手掛けたことだろう。イラストレーター・中村佑介の原案によるキャラクターを縦横無尽に動かしながらポップでキュートな青春ストーリーを描き、それまでとは違うファン層に大きくリーチした。なお、のちにほぼ同じスタッフによって『夜は短し歩けよ乙女』も劇場アニメ化している。
「ノイタミナ」枠ではその後、松本大洋の代表作『ピンポン』をアニメ化。卓球という難易度が高くほとんど前例のなかった題材を、快作として巧みに映像化してみせた。
『ピンポン』とほぼ時期に立ち上げられたのが、湯浅自身が代表を務めるアニメスタジオ「サイエンスSARU」。湯浅のワールドワイドな人気を物語るかのごとく、世界各地から集められた優れた人材によって結成されたスタジオだ。通常のアニメの制作手法に加えて、Flashを大胆に活用することが特徴的なこのスタジオは、以降、湯浅の本拠地となっていく。
2017年には先に触れた『夜は短し歩けよ乙女』に加え、完全オリジナル作品となる『夜明け告げるルーのうた』を公開。2019年には爽やかで切ないラブストーリーを描いた『きみと、波にのれたら』でまた新たな一面を見せた。そして今年、手掛けているのが『映像研には手を出すな!』である。
こうして湯浅のキャリアを振り返ると、オリジナル企画も原作モノも実にバランスよく手掛けていることが見えてくる。原作モノでは作品の“核”を正確に見つけ出し、設定やストーリー展開の隙間を巧みに埋めながら慎重に作り上げているのがよくわかる。『映像研には手を出すな!』においても、その方向性にはブレがない。
本作では、「アニメーション制作」に関連する描写や展開をとても丁寧に再構築している。当然といえば当然ではある。「アニメーション制作」という題材は、何よりも作り手たちが身近に接してきた行為なのだから。題材のディティールは、誰よりもスタッフたちが知っている。
加えて、原作コミックが「アニメーションという表現の面白さ」を「マンガという別の表現の形」で伝えているのに対し、アニメでは最初から表現を置き換える必要性がない。つまり、面白いアニメをちゃんと作り上げれば、おのずと「アニメーションという表現の面白さ」は伝わるというわけである。
と、さも簡単なことのように書いてしまったが、裏を返せば、ダメなものを作れば、作品のなかで語られるアニメーションの「理想」を表現できていないことになり、それは原作の持ち味を何もわかっていないことなる。原作とは違った意味で、高いハードルは存在している。だが、今作では湯浅と仲間たちの奮闘で、そのハードルを見事に乗り越えている。
クリエイティブにかける
情熱の入門/再確認
本作の展開を追いかけることで、おのずと視聴者は、アニメーションがどのような原理で生み出され、それを作る人や見る人は何を楽しんでこだわっているのか理解できる。今作が大きな話題を集める理由は、そこにあると考えられる。いささかマニアックな題材の“入り口”として優れているのと同時に、玄人筋にとっても自分の情熱の足場を再確認できるような内容に仕上がっているのだ、と。
というわけで、本稿の結論はシンプル。アニメーションという創作行為の奥深いところに触れたい、想い返したいのであれば、『映像研』には“手を出すべき!”だ。
放送を見逃している方もご安心あれ。便利な時代で、動画配信サービス『FOD』で今からでも追いかけられるのである。ちなみに独占配信だから、他のサービスでは見られません。「FODプレミアム」に入れば定額で見放題ですって。同じサービスで原作コミックの電子書籍も買えちゃうぞ。
……え? 「なんだこの露骨な宣伝は」って? いいじゃないですか。金や宣伝は大事なんですよ……と、金森氏なら言ってくれるんじゃないかと思うが、どうだろうか。言わないか。
(C)2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会
著者:前田久(前Q) Twitterはこちら。
[PR]提供:フジテレビジョン(FOD)