OCEANUSの中でもスリムスタイルと上質感が特徴の「Manta(マンタ)」シリーズ史上最薄の「OCW-S5000」。そのベゼル表現に伝統工芸の江戸切子を用いた「OCW-S5000D」が10月に登場、好評を得ている。
前作「OCW-S4000C」と2018年バーゼルスペシャルの「OCW-S4000S」から始まり、「OCW-S4000D」を経て、新作のS5000Dはどのように進化したのか。シリーズを通して監修及び制作を手掛けてきた江戸切子職人の堀口徹氏と、デザインを担当してきたカシオのデザイナーの梅林誠司氏が“本音”で対談! その模様をお届けする。
――新作の江戸切子モデル「OCW-S5000D」ですが、OCEANUSと江戸切子のコラボレーションを続けてきて、色々と判ってきたこともあるのでは?
堀口氏:「当然ながら、OCEANUSという時計への理解が増していきますよね。エレガントさであったり、洗練されたセンス、あるいは高級感であったり。それを考えれば考えるほど、(前作S4000の江戸切子シリーズの)あのデザインは正解だったと感じます。それは製品の美しさはもちろん、それに直結する精度の実現性や製造のワークフロー、すべてを含めて」
――ちなみに、堀口氏のいう「製造のワークフロー」の一例としては、ベゼルのカット精度と効率を飛躍的に上げるための「割り出し」という工程の発明が挙げられる。あらかじめカット位置の基準線をレーザーで引いておく、というアイディアだ。
堀口氏:「自分としては、このモデルが単純な目新しさとか、かぶいている感じの製品にならなければいいなと思いました。江戸切子が、“ひとつの加工技術としてありだよね”と捉えてもらえればいいなと」
梅林氏:「それどころか、私は伝統工芸が持つ力の凄さをあらためて感じました。江戸切子の美しさと価値は、みなさんご存知ですよね。そのおかげで、OCEANUSという時計を知らない人も江戸切子モデルを見たいと、実に多くの方が店頭に足を運んでくださったんです。これは素晴らしいことだな、と。脈々と続く歴史があって、それを伝える人がいる。技術としての重みと偉大さを感じました」
――製品の完成度だけでなく、こういった思いが今回のS5000Dの開発へと繋がったんですね。それを踏まえて、今度はどのようなアプローチを企画されたのでしょうか。梅林氏:「最初の江戸切子モデル(S4000CとS4000S)で掲げた“エレガントと革新=都会的な江戸切子”というテーマは、今回も外してはいけないと考えました。OCEANUSの良さはエレガントさですから。だから、いわゆる江戸切子の伝統柄、カットが斜めに交差した江戸切子の代表的なイメージですね。ああいったデザインもアプローチとしてはあったんですが、それはOCEANUSには違うかなと。
他にも万華鏡みたいなイメージや、東京の祭りをイメージした文様とかも考えました。でも、堀口さんの作品を見ていたら、綺麗に規則正しくカットされたものがあって、すごく新鮮で都会的だと感じたんです。
『あぁ、これは街の交差点だ』と。都会の交差点のような、大勢の人々が行き交う規則正しい線に見えた。従来は太陽光のような放射状の線でできたデザインでしたが、今回は徹底的に規則正しい幾何学的な線でモダンなデザインにしたいという思いがあったんです。このイメージなら行ける、と確信しました」
堀口氏:「やっぱり、今までの江戸切子モデルを見てきた方からしたら、新しいデザインを期待をしますよね。それが今回もほぼ同じだったら、『またこれなの?』となってしまう。何を変えて何を残すか。実はこれ、まさに江戸切子に対する自分の向き合い方なんです。『残す・加える・省く』っていう。
お客さんが期待するところは何なのか、そのために自分が担当する加工、精度、工程の中で変えるべきところ、加えるところ、省くところはどこなのか。梅林さんが提案されたデザインを見て何度も考えました」
――道路の交差や都会の街並みをイメージさせる幾何学的な線が『なるほど!』 って思わさせられるんですけど、これ、実際には線が交わっていないんですよね。これはデザインの巧さだと思います。交差していないのに、しているように見えますもん。
堀口氏:「デザインの妙ですよね。今までのモデルもそうですが、デザインの良さに助けられているところが結構あるんです」
梅林氏:「実は、線が本当に交わっている案もあったんですよ。切子の醍醐味って、やっぱそういうところがあるのかな、とも思っていたので……。試しにカットもしてもらってみたのですが、実際に線の交差が入ると、思った以上に伝統柄感が出てしまう。本当に伝統工芸品みたいになっちゃうんです」
――(S5000Dのベゼルデザインを見ながら)でも、この縦横の線の精度を出すだけでも難しそうですよね。梅林さん、これはちょっと難しそうだと思わなかったんですか?梅林氏:「前回のモデルでも、堀口さんがほとんど失敗しなかったって聞いたんですよ。だったら、これもできるだろうと(笑)」
――堀口さんは以前、S4000Cのときのインタビューで、「ひとつひとつ手作業でカットしていても、個体差がほぼ出ないようにしている」と仰っていましたね。そこまで精度を求めるうえで、これは放射状のカットより難しさがワンランク上ではなかったですか? しかも、S5000はケースも薄く、直径も小さくなりましたし。
梅林氏:「そうなんです。社内で最初にS5000で江戸切子モデルを作ろうという話が出たとき、『これにどう切子を入れるの?』と真っ先に考えました。ケース径が小さくなれば、ベゼルも当然小さくなりますし、今までのサイズを何十パーセント小さくすればいいとか、そういう単純なものではありません。
小さくなれば、ベゼルも薄くなります。サファイアガラスとはいえ、強度的にはある程度の厚みや幅が必要です。それをこの大きさの中にどう詰め込むかが大変でした。そして構造が決まった後も、堀口さんがこのサイズのガラスを本当に削れるのかと、最後まで不安でしたね」
堀口氏:「やりにくかったのは確かです。小さいし、縦と横の線があるので、カットの途中でパーツを持ち変えなければなりません。パーツから一回手が離れてしまうと、中心がずれてしまうんです。これが大変でした。
ただ、自分にとってはやはりガイド(線)の精度がすべてなんですよ。これさえ確かなら、カットも確実に精度が出せます。ガイドをいかに信用できるか。そして、そのガイドに関して、自分は絶対の信頼を置いていますから」
梅林氏:「このガイドに関しても、堀口さんからの指示が細かくて……(笑)」
――さぁ、本音トークモードに入ってきましたよ(笑)。
梅林氏:「イメージとして職人さんって感覚的なものの言い方をするものだと思っていたんですよ。ところが、堀口さんはそうではなくて、全部数値で指示してくるんですよ。ここはもうコンマいくつとか、コンマゼロいくつこうしてくれとか……。ガイドの精度には徹底的にこだわっていましたよね。ただ、こっちがその通りやれば、あとは堀口さんが絶対しっかりやってくれます。だからこそ、こちらもやらないわけに行きませんよね」
堀口氏:「前作と比べると、やりづらさは当然あるんです。あるんですけれど、そこはどうにかしますよ。今までも数千本やってきてますからね」
――あと、S5000Dの注目ポイントといえば「色」! 従来の青に加えて、琥珀色が使われて話題になっています。この色はどの段階で出てきたのでしょうか。
梅林氏:「これには皆さん相当驚かれたようで、最初にお目見えした新製品発表会では、OCEANUSはどこに向かってるのかという声もありました。何しろ、OCEANUSを象徴しているのが、いわゆる“オシアナスブルー”ですから。
ただ、堀口さんの言葉にもあった“残す、加える、省く”というのを私たちも考えていて、現在の時計市場を考えれば、OCEANUSも今のままでいいわけではないんです。より独創的でお客様にとって価値となる製品でなければ、市場の中で生き残っていけません。そのためには、OCEANUSのイメージはブルーだけでいいのか、サファイアガラスだけでいいのか、そんな意見も社内では交わされています」
――秋冬の新製品発表会のテーマにもなっていた「CMFデザイン」(※)の考え方ですよね。OCEANUSでは初めてチャレンジしたSSモデル「OCW-T200SS」も、素材に対する可能性への挑戦だったのですか?
※製品の表面を構成するColor(色)、 Material(素材)、 Finish(加工)の頭文字を取った言葉。色や素材、仕上げなどを中心に作ることで、より人間の感性に響くようなデザインのことを指す
梅林氏:「そうです。色に関しても、オシアナスブルーは守るべきところでありブランドカラー。これはずっと育ててきたものだし、これからも続けていくもの。その認識は社員一同持っています。とはいえ、オシアナスブルーという表現の中で、いかに新しさを出していくかも考えなければならない。
そこで、今回青と他色の組み合わせる、という考えに行き着きました。カラー選びにも試行錯誤があり、最終的に決まったのが琥珀色でした。ただ、この色には必然性があって、江戸切子の中にも『琥珀被(ぎ)せ』というブラウン系のガラスもあるんです。夕陽のような色であったり、都会では夕闇が迫る街灯の色になるという、その都度表情を変える色合いです。
そのため青との親和性が非常に高い、それでいて新鮮。決して青をやめるわけではなく、青と組み合わせたときに新しい表現ができるという視点で琥珀色を選んだのです」
――ブルーとブラウン系の組み合わせって、いわゆる「アズーロ・エ・マローネ」(イタリア男性の定番カラーコーディネート)ですもんね。
梅林氏:「そうですね。S5000Dも、スーツで着けていただくシーンを想定しているので、色味には大変気を使いました。普段はスーツで会議に着けていても似合う落ち着いた感じ。一方、外出時に太陽光が当たると、鮮やかに反射して個性的に見える。そういった調整を着色メーカーさんと何度も重ねて行いました。
でもこの色、実は堀口さんが一番驚かれたんじゃないかな(笑)」
堀口氏:「いや、驚きましたよ!(笑)。自分にとってもOCEANUSのイメージは青でしたから。それに、自分の商品や作品で琥珀色をあまり使わないこともあって、自分なりに色々と考えましたね。そして、あぁ、そういうことかと自分なりに納得したんです。今までのシリーズが高い評価を得ている中で、その新作といえども守りに入るべきじゃない、という精神の表れなんだと。攻めるというか、やれることを出し切るべきなんだと。これは共感できたし、結果的にも(この色は)良かったと思います。
正直、公式サイトやカタログはちょっと強めに色を出していますよね。でも、実物はそこまで派手じゃない。4000Cや4000Dにしてもそうですが、自分としても、カシオさんたちと話しての評価、考察としても、ちょうど良いバランス感になったと思う。モダンな部分もありながら、ビジネスシーンでしっかり使える。OCEANUSとしては攻めた色だったかもしれないけど、ぜひ現物を見てほしい。見てもらえたら、結構使いやすい色だと思ってもらえるんじゃないでしょうか」
――ここ数年、時計業界では伝統工芸的な技術や要素、和の美しさを他メーカーの製品でも見る機会が増えています。こういった動きについて、梅林さんはどう見ていらっしゃいますか?
梅林氏:「日本ブランドとしてアピールするには、日本の技術力を打ち出すことが重要だと思います。であれば、時計メーカ一だけでできる技術だけでなく、日本独自の伝統工芸と組み合わせて、コラボレーションという形で発信することは非常に有効だと思います。
カシオに関していえば、特にエレクトロニクスを強みとしています。それゆえ、最新技術と伝統工芸の組み合わせで新しさを生み出す。そのコントラストがより鮮やかに見えるかもしれません。逆に、江戸切子という伝統に対して、蒸着という技術を使っている面もあります。これは伝統のある江戸切子から見れば、『そんなのあり?』と見えるかもしれない。これはOCEANUSが標榜するエレガントと革新に、さらに伝統が融合した新しいOCEANUSの形といえます。
堀口さんのおかげで、私たちはそれに気付けたともいえます。伝統工芸をそのまま使っていたら駄目だって。そこにアイディアを加えて先進的、都会的にアレンジする。それがOCEANUSのひとつの進化すべき道なのだと」
――文化と技術の融合によるシナジー効果が、OCEANUSに原点回帰を促したんですね。実際、コラボレーションの回数を重ねることに、OCEANUSと江戸切子の融合が深まっていくような感じがします。
堀口氏:「一番最初に仕事の打診をいただいたとき、自分が江戸切子を扱う者として試されていると思いました。『こんな案件があるけど、江戸切子って対応できるの?』と。これに品質もコストもスピードも含めて対応できれば、江戸切子って幅も奥行きもある技術なんだと評価していただける。自分も江戸切子にそうあってほしいし、その可能性を信じてます」
――最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
堀口氏:「自分が江戸切子の持ち味だと思っている要素のひとつに、状況による変化と見応えがあります。それは例えば白いテーブルか黒いテーブルなのか、蛍光灯か自然光なのかによって、雰囲気が大きく変わります。そういう面でも、S5000Dは大いに楽しめるはず。とにかく、写真やカタログだけでなく、ぜひ店頭で実物を見てください」
梅林氏:「OCEANUSはおかげさまで15周年を迎えました。これからもエレガントと革新を感じられる製品づくりをブレることなくやっていきたいと思います。そして、切子モデルのような新たなストーリー展開も考えていますので、ぜひ今後も注目していただきたいと思います」
スペシャル感あふれるOCEANUS Manta S5000D。ベゼルを堀口切子がひとつひとつカットしているため生産数に限りはあるものの、スペシャルモデルとしては比較的手に入るモデルでもある。薄く、軽やかになったフォルムに目一杯込められた、開発者たちの熱い思いを、文字通り手にしてほしい。
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