公開中の映画『HELLO WORLD』は、『劇場版 ソードアート・オンライン-オーディナル・スケール』の伊藤智彦監督が初めて手掛けるオリジナル長編映画。脚本に小説家の野﨑まど、キャラクターデザインに『けいおん!』の堀口悠紀子を迎えて描かれるのは、京都に暮らす内気な高校生・直美が、突如現れた10年後の自分と名乗る青年・ナオミと共に、恋仲となる同級生・瑠璃が命を落とす運命を変えるために奮闘する、SFラブストーリー。
その制作を手掛けるのが、総合デジタルプロダクションとして知られるグラフィニカだ。劇場アニメ『楽園追放 -Expelled from Paradise-』(2014年)、TVシリーズ『十二大戦』(2017年)等の意欲作で注目を集め、近年勢いを増しているセルルック=セル画風の見た目をもつ3DCGアニメで業界をリードする同社だが、実は手描きによるデジタル作画の導入にも力を入れている。『HELLO WORLD』でも重要なポイントで活用されたデジタル作画について、同作で動画検査を担当した宮田知子さんに伺った。
■デジタルでの作業を要求されることが増えてきた
――『HELLO WORLD』で宮田さんが担当されている「動画検査」は、具体的にはどのようなお仕事ですか?
宮田:動画から上がってきたカットを検査して、線の抜けなどを見つけて修正する仕事です。ラッシュ(編集前の撮影素材)の段階で監督から「ここを直したい」という要望がくることもあるので、TP修正(トレスペイント修正)という、色のついた動画をデジタル上で修正して撮影に渡す作業もしています。『HELLO WORLD』では修正するカット数はそれほど多くありませんでしたが、作品によっては半分くらい直すこともあるんです。
――ここ数年、アニメ制作の現場では原画・動画のデジタル化が進んでいますが、宮田さんがデジタルでお仕事をされるようになったのはいつ頃からですか?
宮田:本格的にとりくみ始めたのは、去年の頭くらいからです。テレビシリーズだと急ぎでTP修正しなければいけないことも多く、デジタルでの作業を要求されることが増えてきたので、勉強しなければと思っていたのですが、デジタル作画に使われるソフトの種類もバラバラで、覚えなければならないことが多くて……。
グラフィニカは積極的にデジタル作画の導入に取り組んでいるので、以前『十二大戦』の現場に誘われた時に「教えてもらおう!」と思って参加したのですが、その時は結局、デジタルに触る機会がないまま紙でチェックしていたんです。
今回はPCと液晶ペンタブレットを用意していただけたので、周りの作画スタッフや色指定さんに聞きながら、体で覚えることができました(笑)。それでもまだまだ覚えなければいけないことが沢山あるんだろうなと思っています。
■あまり気づかれないところを作画している
――『HELLO WORLD』はセルルックの3DCGが前面に出ている作品で、普通に見ている手描きの部分があると気づかない人も多そうです。どのような場面でデジタル作画が使われているのでしょうか?
宮田:大きなところでは、古本市のシーンで勘解由小路三鈴(かでのこうじみすず)さんが赤ずきんちゃんのコスプレをしているカットですね。
彼女のアイドル的な可愛さで魅せる部分は作画でやっています。終盤にも意図的に手描きだけで処理した重要なシーンがあったりしますが、目立たないところだと、花瓶の花やベッドのシーツ、壊れて墜落するドローンみたいなものもデジタル作画で描いているんですよ。
――複雑だけど少ししか画面に映らないものなどは、わざわざ3DCGでモデリングするよりも手で描いてしまったほうが効率がいいということですね。
宮田:直実君が先生の話を聞いて暗くなっているシーンとか宇治川花火大会のシーン、後半で街中を人が逃げ惑うシーンでは、3DCGで描かれたモブキャラの中に何人か作画で描いたモブが混ざっているんですよ。そういう感じであまり気づかれないところを作画しています。
――セルルックの3DCGも、年々、違和感がなくなってきています。
宮田:以前の3DCGアニメは作画の人間からみると「どうしてこんな動きをするんだろう」と思うことがよくありましたが、『HELLO WORLD』はそれがありませんでした。グラフィニカでは3DCGで動かした絵をただコマ落としするのではなく、原画に相当するキーフレームを作ってから中割りをしているそうです。でなければ作画部分だけ目立ってしまいますからね。
■今はまだアニメーターが描くほうが早いものもある
――『HELLO WORLD』の様に3DCGを使ったアニメーション作品が増えつつある中で、アニメーターの手描きによる作画が活きてくる場面はどこにあると思いますか?
宮田:CGアニメーターに話を聞くと、セルルックの3DCGで動かしているように見えるシーンでも、実際はモデルの上から手で描き込んでいることがあるんですよ。人間の体は複雑な構造をしているので、繊細な表現が求められるところはデジタル作画でフォローしています。
あと、今回はエフェクトもほとんど手描きなんですけれど、今はまだ3DCGでセルルックの細かいエフェクトを表現するのに手間がかかるので、CGアニメーターの得手不得手に左右されてしまう状況があるんです。そうなると、エフェクト作画の得意なアニメーターが描いてしまったほうが早いんですね。
――動きのあるエフェクトは作画的な気持ちよさにも繋がりますね。
宮田:あまりにもエフェクトの作業ばかりをやっていたので、だんだんフラストレーションがたまってきて。どうしてもキャラクターが描きたくて、勘解由小路さんの最後のシーンの動画は「自分でやる!」といって描かせてもらいました(笑)。
――『HELLO WORLD』の制作中、3DCGとデジタル作画を共存させる上で難しかったことはありましたか?
宮田:線の細さですね。3DCGと合わせるためにデジタル作画の線を細くしていたのですが、それでも監督から「作画の線が太い」と言われることが多かったんです。あまり細くしてしまうと仕上げが色を塗れなくなってしまうので、撮影さんにAfter Effectsで細くしてもらうしかなく、「これで限界です」ということがありました。とはいえ、紙の場合はもっと調節がきかないので、こういう作品はデジタル作画の方が向いていると思いました。
――『HELLO WORLD』は3DCGのキャラクターもすごく自然で、見ている間はデジタル作画で描かれている部分に気付きませんでした。
宮田:カット内の全てではなく一部だけ作画というパターンも結構あって、キャラクターが飲んでいるペットボトルの水滴部分だけが地味に作画だったりするんです。ペットボトルは3DCGで作画用のガイド画像を出してもらって、そこに合わせてデジタル作画で水滴を描くのですが、作画データの解像度が150dpiなのに対してガイドの解像度が72dpiと低いので、作画フレームに合わせて拡大して使わないといけません。デジタルに慣れていないと「なんで大きさが違うんだろう」と困ってしまうところですね。
――アニメーターとしての経験値にくわえて、CGスタッフとのコミュニケーションも重要になりそうですね。
宮田:今回は素材として必要な部分を確認するくらいで、3DCGのスタッフと直接やりとりすることは無かったのですが、わからないことは同じビル内にセクションがある撮影さんや色指定さんに聞きにいって教えてもらうことができました。
■もう「デジタルなんて必要ない」とは言えない
――デジタル作画はここ数年で業界に浸透しつつありますが、宮田さんが今回、本格的に取り組んでみて感じた課題などはありますか?
宮田:デジタル作画に使うソフトはスタジオや原画マンによってまちまちなのですが、上がってきた原画のサイズまでバラバラだったりすることがあったので、最初に原画用紙的なファイルを作ったりしてルール作りをした方がよかったという反省点があります。その他にも拡大したつもりで画像のサイズだけ大きくなって絵は小さいままだったり、撮影段階でカットの大きさが足りなかったりと色々なことがありましたが、最初に受け取ったカットをチェックする段階でそこまで確認するべきでした。
――デジタル作画の注意事項はスタジオや現場ごとに異なっているという話はよく聞きますが、それが作業上の問題点にもなるのでしょうか。
宮田:例えばdpi(解像度)が大きすぎても動画検査をする時にファイルの扱いに困りますし、逆に小さすぎると、拡大作画のカットに撮影でズームしようとしても解像度が足りずにカメラが寄れないようなことになってしまいます。 この作品を通して私自身もデジタル作画に詳しくなれましたが、もう「デジタルなんて必要ない」とは言ってはいられないなと改めて感じました。
――実作業の上で、デジタルと紙で「違うな」と感じた部分はありましたか?
宮田:動画をチェックする時に気を付けなければいけないのが、動画用紙を指でパラパラしている時は「ここがおかしい」というのがすぐにわかるのに、デジタルの画面上でムービーの様になるとスムーズに動いているように見えてしまうんです。1コマずつ送りながら確認できる状況ならいいのですが、時間がない現場ではミスをスルーしないように気を付けて見なければと思っています。
――デジタル作画でよかったところはありますか?
宮田:よかったのは、必要以上に筆圧をかけなくても描けるということですね。紙の作画だと、湿度によっては色鉛筆の線が乗りにくくて、力をいれて描かなければいけないことがあるんです。それで指に負担がかかるのがけっこう辛かったので、デジタル作画になってかなり楽になりました。私の場合は年齢的に視力も悪くなっているので、拡大して描けるのもありがたいですね。
――今回、宮田さんは「Wacom Cintiq Pro 13」を使ってお仕事をされていますが、液晶ペンタブレットの使い勝手はいかがでしたか?
宮田:デジタル作画を始めてから、板のペンタブレットではなかなか慣れることができなかったので、作業がとても楽になりました。私は紙で作画する経験が長かったので、線を引いた時に手元が見えるほうが描きやすいんです。
カットの上がりがtargaファイル(アニメ業界で広く使われる画像保存形式)で送られてくることが多いのですが、仕上げツールのPaintMan上でtargaのデータを回転すると線が歪んでしまうんです。それでTP修正の時に絵を回して描けないのが悩みだったのですが、液晶ペンタブレットのおかげでかなり作業がやりやすくなりましたね。
■内容を知っていても映像に驚いてしまう
――完成した『HELLO WORLD』をご覧になって、感想はいかがですか。
宮田:3DCGを一緒のシーンも含め全ての作画カットを私がチェックしているので、作品のどの部分が手描きか分かっていましたが、もし何も知らない状態でいきなり見たら、どこが作画なのか分からなかっただろうと思います(笑)。全体的には色味を抑えているのですが、エフェクトの技でカラフルになっていて、すごく印象的な映像でした。終盤の舞台になる京都駅を実際に見に行きたくなりましたね。
――爽やかな序盤の学校でのシーンとは一転して、物語が大きく動く後半は絵的にもインパクトがありますね。
宮田:最初のフィルムチェックで、ビックリして「何これ⁉」と普通のお客さんのような反応をしてしまったんですよ(笑)。絵コンテで分かっていても、映像で見たら驚いてしまうんです。本当に3DCGならではの作品だと感じました。
――本作は伊藤智彦監督が初めて手掛けた完全オリジナル長編映画としても注目されています。監督とのお仕事はいかがでしたか。
宮田:監督はラッシュを確認するときに、モニターのすぐ前に胡坐をかいて座っているのですが、よくこんなところに気が付くなと思うくらい細かい部分を見ているんですよ。原画が上がってくる前にダミーとして撮影してもらったモブシーンがあって、ダミーなので私も仕上げさんも眼のハイライトを塗らずにいたんですけれど、監督はそこに気が付くんです。
いくら4Kのモニターで見ているとしても、監督の動体視力はどうなっているんだろうと(笑)。クライマックスのあるシーンがお気に入りで、「ずっと見ていられるね」と言っていたのが印象的でした。
――これから映画を観る人にむけて
宮田:私も年齢を重ねているので、若い子のラブストーリーに共感するような見方はできないですが、それでも「恋愛は何かを発動するために重要な要素なんだ」と感じさせる映画になっていると思います。物語の展開や映像は、内容を知っている私が観ても驚いてしまったような作品なので、劇場で観てびっくりして欲しいなと思います。
文:平岩真輔(digitalpaint.jp)
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