五十嵐大介のコミックを劇場版アニメーションとして映画化した「海獣の子供」。生命の誕生を描いた海洋冒険物語で、14歳の少女とジュゴンに育てられたという2人の少年のひと夏の出逢いを圧倒的なスケールでスクリーンに描いた作品だ。本作は制作したSTUDIO4℃にとって、初めて本格的にデジタル作画を導入した作品となる。その制作の裏側を、総作画監督補佐を務めたアニメーターの板垣彰子さんに話を聞いた。
――板垣さんは映画「海獣の子供」で総作画監督補佐をなされていましたが、そもそも、アニメーターを志したきっかけは?
板垣:小学校のときに好きだったテレビゲームのキャラクターデザインやパッケージを描いている人がアニメーターだったので、そういう職業があることは早くから知っていたんですね。絵を描くことは好きでしたが、ストーリーから考える作家は何か違うな、と思って、高校生の進路を決めるときにアニメーターになりたいと思ったんです。アニメも大好きでずっと観ていましたから。
――これまではアナログ作画でお仕事をされていたそうですが、今回の映画「海獣の子供」については、デジタル作画も併用して制作されたとお聞きました。デジタル導入のきっかけはどのようなものだったんでしょうか?
板垣:デジタル作画については、学生時代からプライベートでEasy ToonやニンテンドーDSの「うごくメモ帳」などを使って遊んでいたんです。ただ、仕事ではデジタルを使うことはありませんでした。ですが、CLIP STUDIO PAINTにアニメーション機能が搭載されることになったので、そのタイミングで始めることにしたんです。道具を使う上での慣れは必要でしたが、導入すると決めたからにはやろう、と思っていたので、さほど戸惑いもありませんでしたね。
前々からデジタルを導入しているスタジオを見学したりして、事前にPCなどの機材を用意していたので、本当に最初の操作を覚えることに少し躓いたくらいです。そこを越えれば、さほど困ることはありませんでした。
――制作が始まった当時のデジタル作画の状況はどのような感じだったんでしょうか。
板垣:「海獣の子供」の制作が始まったのは2014年ごろ。当時は動画だとスタジオでデジタルを導入しているところがポツポツあって、原画からだとショートムービーや、映画・テレビの一部分でデジタル作画を多く使うことを目指すスタジオが出てきたという感じだったと思います。
「海獣の子供」については、監督(渡辺歩)と総作画監督(小西賢一)がデジタルを使っていないので基本はアナログ制作。ただ、社内にデジタル制作に詳しい人が居ましたし、次のセクションの色から撮影までが揃っているので、そこと話し合いながら都度、デジタル作画での方法を構築していきました。
――デジタル作画について、アナログ作画との違いは体感しましたか?
板垣:慣れるまでは、アナログで描くよりも考えて描かなきゃいけなかったですね。単純に、別セルにするときは別の紙にすればよかっただけなんですが、デジタルだと仮想状態なので、より考えなきゃいけないんです。すごくいい勉強になりました(笑)。
あと、すぐキレイに描けちゃうので、ニュアンスがちょっと違ってしまったりするんですよ。アナログの時みたいに鉛筆を変えればいい訳じゃないから、自分が今までどうやって書いていたのか考えながらやることになるんです。細い線が欲しい時に、今までは鉛筆削りでガーッとやっていたのが、どれくらい細いのでやっていたかな? と。自分の好みなどを改めて発見したりしました。
――デジタル作画を導入したことで、自分を客観的に分析する必要があったんですね。制作環境についてはなにか気を付けられた点はありますか?
板垣:PCのスペックについては、動画プレビューがスムーズになるように選んでいます。書き出した映像を再生するのであれば、ある程度のPCであればできるんですが、描画ソフト上プレビューとなるとカクカクしてしまうんですね。私の担当でハンドボールの試合シーンがあるんですが、手持ちのカメラで追ったような臨場感はプレビューでしっかり確認しながらやれたので良かったと思います。
――今回、実際に制作してみてデジタル作画の得意とする部分はどのようなところだと考えていますか?
板垣:デジタルでできることはアナログでもできるんですが、人込みのスケール感とか、人が歩く時の上下運動などは、デジタルで制作するほうがやりやすい印象です。派手な動きの画面というより、ちょっとだけ体を乗り出すとか、そういう微妙な動きの処理はしやすかったですね。そういうところも小西さん、すごくこだわるので……「よし、まだ……まだいきますか! 」なんて気分です(笑)。
――そういう繊細な表現がデジタルだと時間のなかでより粘れるという感じなんですね。
板垣:あと、これまではアニメーターチームは撮影などの作業について紙や文面で指示するしかなかったので、ちょっと明るめにとか、陰の範囲はこのくらいとか、ざっくりと鉛筆で範囲指定するだけだったんですが、そういう指示をもっと繊細に出せるようになりました。これまでは撮影さんや色彩さんが汲み取ってくれていたものを、より伝えやすくなった気がします。次のセクションの人と同じ画材を使えていることが大きかったですね。
――制作過程で印象にのこっている作業やシーンは?
板垣:とにかく小西さんのチェックが……(笑)。でも、同じ資料を見ているはずなのに、私はそこまで見つけられていなかった、ということもたくさんあって。とても勉強になりました。印象に残っているシーンは……自分の担当したところだといろいろなモブの人が交差するお祭りのシーン。そこはあんまりスマートにならないようにしたいと考えたんですね。本当にゴミゴミしたような、密度の高いお祭りの雰囲気にしたかった。それがうまく表現できていればいいですね。
――お祭りの雰囲気、よく出てたと思います! 制作にはワコムの製品を使われているそうですが、使用感などはいかがでしょうか。
板垣:第一印象は、いいな! って感じです(笑)。もともとはCintiq 13HDを使っていて、その後Wacom Cintiq Pro 16に移行しました。タブレットPCも持っているんですが、書き味が全然違いますね。ツルツルしすぎていないのがいい。アナログと近いとかではなく、新しいツールの感覚ではありますが、心地よいです。一番最初は板タブを使っていたんですが、液タブにして動画が描きやすいなと感じました。
もちろん板タブでもできるんですが、液タブだと細い隙間とかの狙ったところに描きやすいんです。ラフまでは板タブ、そこからは液タブですね。液タブのほうが、スピード感をもって清書ができるので。視差でポインタが少しずれているのも、狙ったところが視認できるので、それはそれで書きやすいんです。細かいところは特に助かりましたね。すごい引きのシャチの群れとか描きましたから(笑)。あと、髪の毛のタッチとか、ブラシツールを作ったりしたんですが、そういうツールを共有できるのもとても便利だと思いますね。
――「海獣の子供」の見どころはどんなところでしょうか?
板垣:最初の1回は、映像のダイナミックさに浸るような感じになると思うのですが、また観て深く潜っていっても楽しい作品ではないかと思います。あまりポイントをしぼることをせず、全体を感じて頂きたいのですが、作画で言えばいろんな現象がシーンごとに思い思い描かれているところでしょうか。でも、まずはとにかく“体感”していただきたいです!
――あの没入感はぜひ劇場で体感していただきたいですね。最後に、今後デジタル作画はどのようになっていくと考えていますか?
板垣:時代の流れとしては、ソフトの機材の改善でデジタルにどんどん移行して、最後はデジタル制作のみになってしまうのかもしれませんけど……私は、絶対にデジタルとアナログを混ぜたほうが面白いと思うんですよ。今回の作品は、小西さんからの要求があって、それを実現するためにはデジタルでもアナログでも使えるものなら何でもいいから使って表現する! っていう感じで(笑)。
どっちがどうとかじゃなく単純に表現の幅が広がるので、うまく混ざっていくといいな、と思います。個人的には……(アニメーション制作の)仕事でもできるところまで手をつけてみたいですね。担当カットの数を増やすこともそうですが、もっと先の作業までいつかやってみたいです。私にできること、私がコントロールできる部分をもっと増やしてみたい。趣味でも何か作りたいですね。大勢での制作もよいですが、一人で好き勝手もよいものです(笑)。
――ありがとうございました!
<映画『海獣の子供』作品概要>
公開日:6月7日(金)全国ロードショー
原作:五十嵐大介『海獣の子供』(小学館 IKKICOMIX 刊)
キャスト:芦田愛菜 石橋陽彩 浦上晟周 森崎ウィン 稲垣吾郎 蒼井優 渡辺徹 / 田中泯 富司純子
スタッフ:監督 / 渡辺歩 音楽 / 久石譲 キャラクターデザイン・総作画監督・演出 / 小西賢一 美術監督 / 木村真二 CGI監督 / 秋本賢一郎 色彩設計 / 伊東美由樹 音響監督 / 笠松広司 プロデューサー / 田中栄子
主題歌:米津玄師『海の幽霊』(ソニー・ミュージックレーベルズ)
アニメーション制作:STUDIO4℃
製作:『海獣の子供』製作委員会
配給:東宝映像事業部
公式Twitter:映画『海獣の子供』公式
(c)2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会
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