オーディエンスの前で、限られた時間内にワコムの液晶ペンタブレット「Wacom Cintiq Pro 16」でデジタルアートを完成させ、そのパフォーマンスを競い合う「リミッツ 世界一決定戦 - ワールドグランプリ2019」。その開催を目前に控え、出場選手のひとりEikoさんのインタビューの模様をお届けしよう。
「これは画面が柔らかくて描きやすいですね。まるでペン先がキャンパスにめり込むような、そんな感触があります」
Wacom Cintiq Pro 16を初めて手にして、そんな素直な感想を口にしたEikoさん。これまで練習に用いてきた市販のタブレット端末との違いに驚いた。子どもの頃からアナログの画材に慣れ親しんできた彼女だが、リミッツでデジタルアートの世界に飛び込むとメキメキと頭角を現し、ついには6月の世界大会に挑む日本代表にも選ばれている。
Wacom Cintiq Pro 16は、液晶ディスプレイもペンセンサーも進化したシリーズ最新版。従来製品と比較して、描き心地がさらに向上しているのが特徴だ。Eikoさんは、ワコムのシリーズはペンの充電が必要ないのも好印象だと話した。
「私が使っていたタブレット端末では、ペンも充電しなくてはいけませんでした。でも1日8~9時間もディスプレイに向かっていると、描きたいときに充電が切れていて描けない、ということも起こります。この前も知り合いのアーティストと、気分良く描いていたのにペンが描けなくなったときのタイムラグって嫌だよね、なんて話をしていました」
ペンの太さに種類があることにも興味津々の様子。
「これまで腱鞘炎に悩まされていましたが、細いペンなら疲れないかも」と笑顔を見せた。よりクリエイティブな作業が行えるデジタルツールを手にしたことで、今後の活躍に期待がふくらむ。
今回は、そんな彼女にアートとの関わり方、リミッツにかける思いなどを聞いてみた。
イラストや絵を描こうと思ったきっかけについて聞くと「小さい頃、すでに気が付いたときには絵を描いていました。だから、描き始めたきっかけは記憶に残ってないですね。母には、紙と鉛筆を渡しておけばずっと絵を描いていた、だから育てるのも楽だったと言われました」と笑った。いらない紙に、ストーリー仕立ての物語を描いていたそう。
「自分の中にお話ができていて、それを絵にしていました。いま取り組んでいるリミッツも、そのお話の続きのような気がしています」
常にアートが身近にある環境で育った。
「子どもの頃から、母とよく美術館に行きましたね。家のあちこちにモディリアーニ、モネ、マネなどの絵が飾ってありました。祖父は趣味で油絵をやっており、日本画家の秋野不矩さんの美術館のスポンサーも務めていた。そうした縁もあり、家には秋野不矩さんの描いたお軸が月替わりで飾られていて。鶴、孔雀、富士山など、常に新しいテーマの作品を目にしていました。祖母は祖母で、布を切って色を染めて花を造形する、アートフラワーの先生の資格を持っていて」
Eikoさんも高校を卒業すると、美術大学に進学した。
いま勤めている絵画教室では、小学生、中学生、高校生、大人の生徒を対象に、それぞれの技術や趣向に沿ったものを教えている。水彩画、デッサン、油絵、ハンコづくり、バッチづくりなど対応ジャンルは幅広い。
「小学生には、自分が学校で教えてもらえなかった描き方も教えます。例えば雲ひとつ描くときも、単に鉛筆で輪郭を描くのではなく、はじめに水色の絵の具で上から下まで全面にグラデーションをつくり、ティッシュで色を抜いて、なんて描き方も。日本画や、アニメーションの背景の描き方に近いかも知れませんね」
大阪における4月の決勝トーナメントでは、勝者コメントを求められたときに「勝ち負けより、自分が表現した、生徒さんに見てもらいたい絵をこれからも描いていきたい」と話している。その思いについてあらためて聞くと「もちろん負けたら落ち込みますし、勝てたら単純に嬉しいですが、勝っても相手の絵に勝ったとはまったく思いません。その時々のテーマが自分の世界観に近かった、遠かった、の運もある」とEikoさん。勝負よりも大事にしていることがある、との思いを口にする。
「生徒にも、上手に描けなくても良いんだよ、上手に描くよりも今どんな絵を描きたかったか、その思いを描ければ良いよと伝えています。自分の世界をどれだけ表現できるか、だと思うんですよね」
うまい下手を追いかけていくと、絵を描かなくなってしまう子もいると思うんです、として「私は毎朝ジョギングしていますが、遅くても走ることを楽しめたら良い。それと同じで、せっかくたくさんの人が見てくれるのだから、自分も、見てくれている人も楽しくなる絵を発信したいですね。オーディエンスの方たちが主人公になれるような、そんな絵を描いていきたい」と穏やかに話した。
アートの知人を通じて、リミッツと出会った。
「知り合いのHirofumi Mochizukiさんが大会に出場されていたんですね。会場ではオーディエンスの投票で競われると聞いたので、友だちと応援に行きました。その後、世界大会が終わると作品を間近で見られるリミッツ展があった。そこで、自分もバトルに出てみようかなと思いました」
初参戦の思い出は。
「緊張しすぎて、周りがまったく見えなかったですね。そもそも出場の2週間くらい前から、夜中の3時に起きてしまう生活が続いていました。このテーマが出たら、何を描く? どうやって描く? ……全然、頭に浮かんでこない。いまでも、大量に与えられたテーマから無作為に2つのキーワードを抽出できるルーレットアプリを用いて練習しています。『野菜』と『夢』……どんな絵だ? と、途方に暮れながら(苦笑)」
もっとも、リミッツへの対策は人それぞれだという。
「大会が始まるまで、とにかく情報をインプットし続ける方もいます。この前も、大会に参加する友人は『良い絵を見つけちゃったから今夜は寝ないわー』なんて仰っていた。何が正解かは分かりませんが、突然、降ってきたテーマが描けないと困る。そこで描ける練習はしている積もりです。テレビや映画を見ているとき、良いシーンがあったら一時停止して絵に描く、なんてことも」
時間をかければ良い絵が描けるんだけど、では大会を勝ち進めない。
「アナログの画材ではのんびりじっくり描いていましたが、リミッツではそれでは間に合いません。イチバン少ない手数でモノを見せるには、どうしたら良いのかを考えるようになりました。例えば、無駄なレイヤーを重ねない。でも時間がないと、安全策で真正面や真横からのアングルで絵を描いてしまいがち。すると構図がツマラナクなります。奥行きが出ない。やはり俯瞰、あおりの角度から描かないといけない。そのためには練習が必要です。練習しないと線が狂うんですね。そこで、まずはスケッチブックに鉛筆で練習しています」
デジタルを描くため、アナログで練習をスタートするというのが面白い。
デジタルアートに詳しくない人でも、楽しんで見ることができるポイントは?
「ひとつは、アーティストのテクニックですね。あんな風に描けば良いんだ、あるいは、あんな描き方もあるんだ、と形が出来上がっていく工程を楽しんでもらえたら」
制限時間20分の中で山場もあり、起承転結もある。短い時間でドキドキする、それはスポーツの試合を観戦する感覚にも近いのかも知れない。
「もう時間がないのに、まだ要素をつぎ込むんだ、なんてことは日常茶飯事です。逆に出場者の立場から言うと、描きたいものをすべて描き終えて、まだ制限時間が3分も余っている、という状況は冷や汗モノ。3分間はとっても長いです。私は、そこで余分な効果を入れて失敗した経験もあります。ペース配分しなくてはいけないんですね」
これは筆者の考えだが、出場アーティストの作風を少し勉強しておくと楽しみが増えそうだ。例えばEikoさんの作風は、青を基調にしたファンタジックなもの。大海原や宇宙といった広大な空間に少女が佇み、クジラやイルカといった大きな生き物がダイナミックに描かれることが多い。そこで「いつ、どんな場所に、どんなクジラが描かれるのか? 」を期待するのも楽しみ方のひとつになる。
「私の場合、見る人が感情移入しやすいよう、まず主人公となるキャラクターを描きます。それを見た人が、自分に置き換えてくれると嬉しいですね。ではその人が、何に遭遇するか。そこがストーリーテリングの要素になります。是非、お楽しみいただければ。アナログの画材では描いたものは消せませんが、デジタルなら、描いたものを一瞬白く消してから、バンっ、と色を付けて見せたりできる。それがデジタルの魅力ですね。見せたいものを隠しておいて、最後に色を変えて見せたり。オーディエンスが何を期待しているか、描く順番にも気を付けています」
「絵を見てくれる人に、自然の美しさを魅せたい。心が温かくなってもらえたら嬉しいですね」とEikoさん。まだ慣れない、と言いつつも初めて手にしたWacom Cintiq Pro 16で、ものの15分ほどで作品をひとつ仕上げてくれた。見ると、青と紫のグラデーションが印象的な、Eikoさんならではの世界観が表現されている。初めての世界大会に、初めてのデジタルツールで臨む彼女の健闘に期待したい。
ワールドグランプリ2019は渋谷ヒカリエにて6月1日、2日の両日開催(入場無料)。YouTubeでも生配信が予定されているので、是非チェックしていただきたい。
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