今年6月1日に改正割賦販売法が施行され、クレジットカード利用環境のセキュリティ強化に向けた取組が加速するとともに、キャッシュレス推進に向けた産官学連携の動きが活発化しています。 近年のITのめざましい進歩が、消費者の生活、決済スタイルをどのように発展させていくのか、またそれらの変革にどのように取り組んでいくのか、日本クレジット協会の前副会長でもある、三井住友カード株式会社の久保会長にお話を伺いました。
久保 健(くぼ・けん) 1953年11月20日生
1977年 3月 東京大学法学部卒業 4月 株式会社住友銀行入行
1999年 4月 同 広報部長 兼 広報部社会文化事業室長
2004年 4月 株式会社三井住友銀行 執行役員 個人業務部長
2005年 6月 同 執行役員 個人部門副責任役員(西日本担当)
2006年 4月 同 執行役員 個人部門副責任役員(東日本担当)
2007年 6月 プロミス株式会社
(現SMBCコンシューマーファイナンス株式会社)
代表取締役副社長執行役員
2009年 11月 株式会社トータル保険サービス 代表取締役副社長
2013年 4月 株式会社三井住友銀行 取締役兼副頭取執行役員
個人部門統括責任役員、CF決済事業部担当役員
株式会社三井住友ファイナンシャルグループ 副社長執行役員
コンシューマービジネス統括部、CF決済事業部担当役員
株式会社SMFGカード&クレジット 社長
2015年 6月 三井住友カード株式会社 代表取締役社長兼最高執行役員
2018年 6月 同 取締役会長(現任)
大久保 涼香(おおくぼ・さやか)
埼玉県出身。亜細亜大学経営学部卒。2006年に秋田めんこいテレビに入社。2011年にWOWWOW専属アナウンサーを務める。その後、フリーとなりイベントMCやテレビ朝日、フジテレビ、T B S 、TOKYO FMなどでリポーターとして活躍中。趣味はスポーツ観戦とカメラ。
ITの進展による消費・決済スタイルの変化と課題
大久保:クレジット業界を取り巻く経済環境、社会環境をどのようにご覧になられますか。
久保:トランプ政権の保護主義経済政策を発端とした貿易摩擦の顕在化や、米国の利上げの加速化、北朝鮮・中東における地政学リスク等、足許の世界経済は不安定要素を増しつつありますが、わが国経済においては、アベノミクス継続のもと、輸出企業を中心に多くの企業が過去最高益を記録しており、引き続き緩やかな回復基調が続いていると言えます。
しかし、肝心の個人消費については、堅調な所得・雇用環境の一方で、その改善ペースは鈍く、少子高齢化による社会保障制度に対する不安等、将来にむけた展望が見出せない若年層を中心に、節約志向が広がっており、また、来年10月に予定されている消費税の10%増税も意識されつつあることから、必ずしも楽観できないものと思われます。
その中にあって、クレジット業界を取り巻く流れだけは、勢いを増してきていると思います。2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた、民泊新法や決済環境を含む各種インフラ整備等の政府インバウンド促進政策に加え、「骨太の方針2018」でも、消費税引上げに対する駆け込み・反動減対策として、中小事業者のキャッシュレス決済普及の促進が謳われています。また、4月に経済産業省が公表した「キャッシュレス・ビジョン」では、キャッシュレス後進国と言われるわが国において、現金主義から脱却し、キャッシュレス決済を拡大すべきとの提言をとりまとめ、キャッシュレス決済比率を足許の20%から2025年までに40%、さらに将来的には世界最高水準の80%まで引き上げるという高い目標が掲げられています。
もとより、経済産業省の統計等によれば、2017年度のクレジットカード取扱高は前年比+9.3%としっかりとした足取りにありますが、さらに、このほど産官学協働の枠組みである「キャッシュレス推進協議会」が新設されるなど、キャッシュレスを社会的に推進しようという機運はますます高まっており、業界としてはこの機を活かして、一段の市場開拓と構造改革、双方を進める必要があると感じています。
大久保:人工知能の本格的なビジネスへの活用や、自動車の自動運転に向けた取り組みが進んでいます。FinTechがさけばれるようになって久しくなりましたが、AIやIoTを活用した第四次産業革命が今後の経済発展の要となると思われます。クレジット業界には今後どのような影響を及ぼすとお考えでしょうか。
久保:10年後を見据えたビジネス環境の変化を見定めるうえで、まず、消費者の価値観・生活スタイルが大きく変化していくものと思われます。これまでわが国をけん引してきた団塊の世代が消費の表舞台から引退し、高度経済成長を知らず、バブル経済崩壊後にインターネットを通じて、あふれる情報のなかで育った世代が主役となります。すなわち、一億総中流時代が終焉し、これからは多様な価値観をもった世代が消費の主役となるということです。
モノを所有することに喜びを見い出すことなく、必要なときに利用するシェアリングエコノミーの拡大や、売り手と買い手が直接、売買を行うCtoCの拡大等、自らが欲しいモノを合理的に、そして簡単に手に入れられる消費環境が整いつつあります。ITイノベーションの進展は、こうした多様な消費・決済ニーズに応え、さらに便利なものにしていくうえで、欠かせないものとなるでしょう。すでにプラスチックカードだけではなく、スマートフォンを利用した決済も日常的に行われ、米国・中国においては、店員・レジを置くことなく、顧客が購入した商品をAIやセンサーによって識別し自動的に決済を行う店舗も出現しています。また、日常的に利用する食料品等においては、自動で残量を把握し、発注・決済する仕組みも活用されていくと思われます。また、我々の財産とも言うべき与信審査ノウハウも、AIに取って代わられる可能性が現実味をおびつつあります。政府が公表した「未来投資戦略2018」においても、新たなイノベーションの社会実装やデータ活用により、我が国が直面する少子・高齢化、エネルギー・環境制約等の社会課題を解決し、新たな国民生活や持続可能な経済を目指すとされており、「FinTech・キャッシュレス化」も今後の重点分野の1つとして位置付けられています。とはいいつつも、プラスチックカードがなくなることはなく、我々事業者としては多様な価値観を持つ消費者全てに対して、それぞれのニーズをきめ細かくフォローし、提供する決済サービスを多様化してくことが、重要なことだと思われます。
IT、デジタル化が進展する一方、セキュリティに対する脅威が高まっていることも忘れてはなりません。情報機器はすでにビジネス、生活に欠かせないものとなっていますが、それらは日常的にサイバー攻撃の危機にさらされています。攻撃される側も防御技術を高度化させているものの、システム、仕組みの隙間をついた、新手の攻撃が続々と発生し、いたちごっこの様相を見せています。その結果、日本クレジット協会がまとめたクレジットカード不正使用被害調査では2017年1月~ 12月の不正被害合計額が236億円と前年同期比で+66.5%と高い伸びを示し、そのうち、サイバー攻撃等により不正に取得されたクレジットカード番号を用いた「番号盗用被害」については176.7億円と前年比のほぼ2倍という状況にあります。これらに対応すべく、「クレジット取引セキュリティ対策協議会」において、クレジット取引にかかわる全てのプレーヤーの取り組みとして「クレジットカード取引におけるセキュリティ対策の強化に向けた実行計画」を策定し、2016年より毎年レベルアップを図ってきましたが、安全・安心なクレジットカード利用環境を実現するため、6月に改正割賦販売法が施行されました。これにより加盟店に端末のIC化対応や不正利用防止対策といったセキュリティ対策が求められるほか、カード会社も含めクレジットカード番号保護対策が義務化されます。業界にとっては大きな変化となりますが、加盟店、システム・セキュリティベンダー、国際ブランド等の関係プレーヤーと密接に連携しながら、キャッシュレス社会の基盤となる「安全・安心」な決済インフラづくりを進めていく必要があると思います。