日本AMDは10月30日に、米国本社のAditya Kapoor氏を招き、国内の法人向けのマーケットシェアを大きく伸ばす計画を発表した。この計画に関する詳細をKapoor氏から伺ったのでレポートしたいと思う。
拡大するビジネスPCのマーケット
そもそもAMDはなぜAMD PROという形で法人マーケットに参入を目論んでいるのか。まずその背景からKapoor氏は説明した。
「2013年における、日本の今後5年間のビジネスPCのマーケット予測は2600万台だった。2014年にはこれが3200万台になると予測されている。期間が1年延びた代わりに、台数が600万台増えている。この動きは日本に限った話ではない。ワールドワイドで同じようにみると、実に1億台の上乗せが見込めるという結果になった。これはすべてのPCベンダーやOEMベンダーが認識している話だ。実際、あるPCベンダーでは、コンシューマ向け部門では人員を削減する一方で、ビジネス向け部門では増員を図っている」
つまり、拡大が予測されるビジネスPCのマーケットは、PCベンダーにとってはもちろんAMDにとっても重要な市場という位置付けなのだ。
なぜビジネスPCの出荷台数が増えているのか?
これについて「もちろん日本でいえば、Windows XPのサポート終了や、消費税の変更による駆け込み需要、それと年度末ということである程度押し込みなどもある」としたうえで、「2014年の第1~第2四半期の数字で見ると、それらを踏まえても大きく増えている。日本の場合、従来では毎年平均して550万~570万台のビジネスPCが出荷されてきていたが、現在は630~640万台に増えた状態で安定している。XPのサポート終了などに加え、もう1つ大きな事柄として2009~2010年に起こった景気後退の影響がある。この時企業はITへの出費を抑えたが、これに伴ってPCの更新が後送りになった。結果として、景気が回復してくるとともに大量にある旧式マシンの更新が必要となり、これが台数増加につながっている」と分析した。
ビジネスPCのマーケットのトレンド
AMDでは、ビジネスPCの市場に対して積極的に仕掛けていく考えだが、そもそもこのマーケットは競合が非常に強い基盤を構築してきた分野だ。そこに対して、AMDが持つアドバンテージは何か? それを理解するためには、ビジネスPCのマーケットにおけるトレンドや問題を理解する必要がある。
Kapoor氏は注目すべきトピックとして3つを挙げる。
1つ目はビジネスPCでもグラフィックス性能が求められるようになってきたという点。「10年前、グラフィックスの性能はITマネージャにとって要求リストの一番下に並んでいる項目だった。ところが昨今はMicrosoft Officeですら内部でGPUを煩雑に使っており、以前よりもGPU性能へのニーズが高まっている。また、大画面、あるいは複数画面を必要とするユーザーは"Integrated Graphics"ではなく"Discrete Graphics"を好む。AMDであれば、どちらも同じドライバで動作するから動作検証や管理はラクだが、ほかのプラットフォームではそれぞれ異なるドライバが必要になり、より検証や管理が複雑になる」(Kapoor氏)
2つ目はデバイス管理における問題。これは、昔と比べてビジネスの現場に多種多様なデバイスが持ち込まれるようになったことによる問題だ。
Kapoor氏は「私はIntelのvProが有益であり、その機能にケチをつけるつもりはない。10年前はオフィスにWindowsマシンしかなく、vProで一括管理できた。ところがいまでは、メールはスマートフォン、会議にはノートPCやタブレット端末……というトレンドになっている。Macを使いたいというユーザーも多いし、少数派ではあるがChromebookを使いたいという動きも出てきている。そもそもデータの置き場所そのものが、Windowsベースの企業内サーバーからクラウドに移行しつつある。vProがカバーできるのはIntel製のWindowsマシンのみで、残りはvProで保護や管理がないデバイスやマシンだ。この状況で、vProの高価なライセンスフィーを支払い続けることにどれだけの意味があるだろうか? ―― ということだ」と主張する。
最後はソフトウェアの"標準"について。
「スノーデン事件によって、アメリカ政府は情報を自在に取得できることが明らかになった。vProはIntelのみが仕様を策定し、提供する独自のツールだ。私はさまざまな顧客と話をしたが、特にアメリカ以外の政府系の顧客は、アメリカの一企業が提供する独自のツールには頼りたくない、としている。考えてみてほしい。そもそもvProのマーケティングメッセージとは『私はあなたのデバイスをオフラインで制御できます』なのだ」(Kapoor氏)
ではこれらのトレンドや問題について、AMDではどんな回答を持っているのか? まずグラフィックス性能に関してはいうまでもない。AMDはAPUとDiscrete Graphicsの両方のソリューションを提供しており、これは1つのドライバでまとめて利用できる。性能の高さは、AMD自身によるベンチマークではあるが、競合を上回ると示されている(下図参照)。
2つめの管理機能について、Kapoor氏は「Tools for DMTF DASH」を挙げる。「これは業界団体のDMTFが定めるもの(http://www.dmtf.org/standards/dash)で、AMDの独自規格ではなく、IntelもDASHの規格制定作業に加わっている。ITマネージャのニーズの99%はこのDASHでカバー可能だ」とする。
またセキュリティ機能についても"標準"であることをアピールする。「われわれもセキュリティ機能の提供を予定しているが、それは独自規格のものではなく、業界標準に沿ったものだ。提供するツールは100%、オープン・スタンダードとしてリリースする。これは独自規格を利用することに対して懸念を抱く組織には大きな意味を持つと思う。必要であれば、こうした標準にアクセスして、カスタムバージョンを自前で開発することも可能だからだ」
「AMD PRO」ビジネス向けのユーザーにアピールするためのブランド
ビジネスPCにおける3つのトレンドや問題はAMDにとって追い風になっている、とKapoor氏は説明するが、競合に対する優位性をどう顧客に示していくか。AMDはここに課題を抱えている。
「業界に詳しいユーザーは、すでにAMDのことをよく知っている。ただしそれはコンシューマ向けの話であって、ビジネス向けはまた話が変わってくる」とKapoor氏。コンシューマ向け製品と比べて、ビジネス向け製品は知られていないのが現状だ。Kapoor氏によると「AMD PRO」は、ビジネス向けの顧客に対してアピールするために立ち上げたブランドとプラットフォームなのだという。
さて、そのAMD PROは、コンシューマ向けのAMD製品と何が異なるのか? これについてKapoor氏は4つの点を挙げた。
最初に挙げられたのは「パフォーマンス」だ。Kapoor氏よると「ビジネスPCでは通常3~4年の間ずっと使われ続けることになる。さらにコンシューマ向け製品は、個人が複数台所有することもままあるだろうが、ビジネス向け製品ではまれである。つまり、3~4年の間、すべての作業を1台でこなせるだけのパフォーマンスが要求される」ということだ。そこでAMD PROブランドのAPUでは、ハイエンドのSKUのみがラインナップされている。つまりAMD PROを購入すれば、それは間違いなくハイエンドモデルであることが保証されるというわけだ。
2点目としてあげられたのは「安定性」だ。ビジネスPCの場合、製品のライフサイクルにおける安定性を強く求められる。AMDでは顧客に対して2つの安定性を提供するという。1つ目はハードウェアだ。「われわれはAMD PROを2年間保障する。競合メーカーは毎年チップセットを更新するが、われわれは設計時点でアーキテクチャにヘッドルームを用意しているので、仮に新しいAPUに更新しても、既存のプラットフォームが利用できる。これはコストを抑える効果的な方法だと思う」とKapoor氏は説明する。
もう1点はソフトウェアだ。AMDはビジネス向け製品版の「Catalyst」となる「Catalyst Pro」を提供するという。Kapoor氏は「Catalyst Proはビジネス向けのバージョンで、プロファイルもビジネス向けとなる。またバージョンアップも、ゲーム性能の改善などは含まれないが、セキュリティあるいは管理性に関するアップデートを取り込むことになる。性能と同じだけ安定性を重要視したものになる」とした。
AMD PROの特長の3点目は「品質」だ。Kapoor氏は「コンシューマ向けの場合、PCの使い方はゲームをする→スリープ→動画を見る→スリープ→SNSアクセス→スリープ……といった形になるが、ビジネスPCでは、朝8時から夜7時くらいまで動きっぱなしであることも珍しくない。また、真夜中もセキュリティ関連の更新で稼働している場合もある」と例を挙げる。AMD PROでは長時間の稼働を前提として、コンシューマ向けと比較して倍のDuty Cycleで製品の検証を行うという。
「具体的には、CPUは使い方に応じてプロファイルが決まっており、稼働時間のうちIdleがこの程度、P0 Stateがこの程度……という数字が決まっているが、AMD PROはこのP0 Stateの比率を倍にした」(Kapoor氏)
また、ハードウェアだけではなく、ソフトウェアでもビジネス向けに製品の検証が行われるという。Kapoor氏は「コンシューマ向けはWindows 8や8.1をターゲットに検証を行うが、ビジネスPCはWindows 7がターゲットとなる。実のところビジネスPCを使うユーザーで、Windows 8を使っているのは10%程度であり、Windows 8.1を使うユーザーはほとんどいない」とした。
最後に挙げられたのは「ビジネスソリューション」。ここではセキュリティや管理性、あるいはビジネスユーザーやエコシステム、OEM、リセラーなどが必要とするアプリケーションへの対応を意味している。
「例えば、あるOEMはセキュリティ機能を強化したビジネスPCを提供したいとする。われわれは顔認識のログイン機能としてAMD Face Loginを提供する。あるいは生体認識+顔認識とか、パスワード+顔認識とか、さまざまなパターンが考えられるが、こうした機能をセキュリティ機能として統合できる形で提供する。もし、別のOEMベンダーが『消費電力を常時トラッキングできるソフトを統合したい』と考えたとする。われわれはそれに対し、プラグインの形で利用できる最適化ツールを提供できる」とKapoor氏は語っている。
管理性についても、前述したDASHのサポートに加えて、MicrosoftのSCCM(Microsoft System Center Configuration Manager)に対応できるアプリケーションを作るためのツールを提供するという。
「IntelのvProは1つのレイヤでしかなく、強いていえばハードウェアに近いレイヤだ。その上位にあたるものをMicrosoftやSymantecやその他多くの会社、HPとかDellなどが提供する。確かに彼らはvProを利用する。同様にわれわれはDASHをそうしたソフトウェアに統合するためのツールを提供する。もしある会社がMicrsoftのSCCM(System Center Configuration Manager)をベースに管理システムを作ろうとした場合、われわれはAMD DASHをベースにそれを可能とするツールを提供できる。こうしたさまざまなシナリオに沿ったツールやパッケージを、AMD PROとして提供する形だ」とした。
ちなみにこのAMD PROは、言語対応以外のローカライゼーションは考えていないとする。というのは、そもそも安定性を重要視する以上、さまざまな派生型を用意するのはできるだけ避けるに越したことはないという理由もあるが、それ以上に、「そもそも日本が世界で最もビジネスPCに対する要求が厳しいのであって、なので日本で通用するビジネスPCの水準を満たせば、世界のどの地域に持っていってもビジネスPCとして通用するから」だそうである。
また、Catalyst Proは現時点では存在しておらず、現時点ではおおむね現在のCatalystと同等(ただしゲーム向けのプロファイルは無し)で、これから具体的なスペックなどを詰めるとともに、今後どんな形で通常のOEM製品と差別化するかを現在検討中、という話であった。
そうしたアイデアの一つには、Graphics Driverに関し、同社のFire Pro製品と同等のOpenGLフル対応にすることも「議論はしている」とのことだった。ただFire Pro向けドライバの場合、実際には特定の業務アプリケーション向けの最適化も含まれているだけに、そこまで必要があるかどうかという話もあるそうで、現時点ではまだOpenGLに関してはCatalystと同じくOpenGLの限定サポートにとどまるという話であった。
最後に、このAMD PROのソリューションについて説明したページを日本AMDも開設したという話をご紹介しておきたい。現状はまだ本国版ページを日本語を訳しただけにとどまっているが、今後コンテンツを増やして充実させてゆく予定だという。
AMD PROのソリューションについて説明したページが日本AMDのWebサイトに開設された |
AMD PRO成功の鍵は何か
個人的には、AMD PROが成功するか否かは、最終的にはソフトウェアの充実とドライバの安定性がキーになるように思う。ご存じの通り、現在のAMDのビジネスPCにおけるマーケットシェアは、国内・国外問わず非常に低い。
だからこそ伸びしろがあるという言い方もあるのだが、それはともかくとして今後AMD PROベースのPCを導入しようというメーカーのほとんどは、既存のAMDベースPCの置き換えではなく、AMD PROの新規導入ということになる。
こうしたケースで多くの企業は、いきなりウン千台導入……とかいうムチャは普通しない。最初に数台導入し、安定性とか既存の環境との適合性、性能評価などを行った上で本格導入するか否かを判断するのが普通の手順だろう。なので、この最初の評価が駄目ならそこで話は終わってしまう。
逆にこれを乗り越えられるだけの安定性やアプリケーション対応がなされれば、あるいはKapoor氏の言うようなAMDのアドバンテージを生かす形でシェアを増やして行けるかもしれない。このあたりを引き続き注視してゆきたいと思う。
[PR]提供:日本AMD