連載の第27回で、事故や輸送障害の原因につながる、ホームからの転落に言及した。もちろんホームドアや可動式ホーム柵の設置が切り札であることは論を待たないが、すべての駅に設置するのは、費用の面からいっても多様な車種への対応という観点からいっても、あまり容易な仕事ではない。

それ以外にも輸送障害の原因はいろいろあるが、その一例として、大雨や地震に起因する構造物の破壊がある。

そこで今回は、JR東日本のテクニカルレビューを参考にして、転落検出に関する研究と盛土区間・切取区間の崩壊検出に関する研究を紹介しよう。

ステレオカメラを用いた転落検出の研究

転落検出については、ポピュラーな手段として転落感知マットがあり、これについては連載の第27回目で少し触れた。要するにスイッチを仕込んだマットであり、これをホーム下に設置する。転落が起きるとスイッチが入るという単純明快な仕組みである。しかし、これ自体は単純明快だが、多数の転落感知マットを設置すると費用がかかるだけでなく、配線が増えて面倒なことになりそうだ。

このほか、非常停止ボタンがあるが、これが作動するのは駅員や利用者が転落事故を目撃してボタンを押した場合に限られるのが辛いところだ。

そこでJR東日本が研究したのが、ステレオカメラによる転落の検出である。間隔を空けて設置した2台のカメラからの映像を利用することで、立体映像による距離や高さの情報取得が可能になる。それに基づいて、転落の有無を検出しようというわけだ。これがモノになれば、カメラ1台だけでは実現が難しい影や反射光といった周辺環境の影響排除が可能になる。

それに加えて、機材の簡素化とカバー範囲の拡大も期待できそうだ。ステレオカメラを1台設置するだけで、ある程度の範囲をまとめてカバーできるからだ。

研究で使用したステレオカメラはホーム上屋から斜め下方向に向けて設置しており、カバーできる範囲は40mとのことだ。つまり、車両2両分だから、10両編成でもカメラ5基でカバーできる。これが転落感知マットだと、はるかに多い数が必要になる。かといって、扉の下にだけマットを設置するのでは不感地帯ができてしまう。

急カーブ上にホームがある駅で、ホームの下に転落感知マットを設けた例(飯田橋)

ステレオカメラを設置するには、間隔を空けて設置した2台のカメラが必要だ。その2台のカメラから得た映像にはズレ(視差)が生じるので、そこから映っている物体までの距離を幾何学的に計算できる。そして、カメラの光軸と地表がなす角度が分かっていれば、その光軸を斜辺とする直角三角形を構成できるので、光軸上にある物体までの距離を算入することで、物体の高さも計算できる。

ただし、単に線路のエリア内で「動く物体」を検出するだけではなく、「人の転落」だけを確実に検出する映像解析アルゴリズムの実現がキモになると考えられる。そこでステレオカメラが威力を発揮するのだそうだ。

検知の流れは、「レール高さ判定」、進入する列車を識別する「列車検知」、そして「転落者検知」の順となっている。レールは列車がいなければ常に見えている静止映像だから識別しやすい。それが2本とも同時に見えなくなり、かつ、その範囲が連続的に移動してくれば、列車が進入してきたものと判断できる。その後、レールが2本とも見えるようになるまでは、列車がいるものと判断できる。

それらの条件を考慮に入れた上で、高さ50cm~1mの範囲で一定以上の大きさを持つ物体が連続して映るかどうかで転落者検知を行う仕組みとのことだ。検出する物体のサイズに下限を設けることで、人より小さなもの(新聞紙や鞄など)は排除するそうである。

盛土・切取の崩壊検出

ちょうど本稿の執筆にかかるより少し前に北東北で大雨があり、多くの路線で安全のために運休を余儀なくされた。大雨が降ると、線路を支える路盤、あるいは切取区間(いわゆる切り通し)などが緩んで崩落する危険が生じるため、大雨が降ると規制がかかる理屈である。このほか、大雨や台風の襲来に際しては、落石・土砂崩れで線路をふさぐ問題もある。

土砂崩落で線路が埋められて運行不可能になってしまい、それを修復したばかりの現場(JR西日本・三江線)

落石や土砂崩れについては、柵を設けて途中で食い止めるようにしたり、線路上に検知装置を設けたりしているが、こうした対策はピンポイントで行うものだ。土砂崩壊検知で使用するセンサーというものはあるが、崩壊だけでなくその予兆まで捕捉できる高性能な機材であり、それだけ費用が高くつくので、全線にくまなく設置するのは難しい。しかし、可能であれば盛土・切取の崩壊検出も実現したい。

その場合、ピンポイントではなく連続的に設置したいところだ。ところが前述したような事情から、盛土・切取で連続的にセンサーを設置するには費用が問題になる。

そこで、予兆ではなく崩落の発生だけを検知するようにして、コストダウンと安全確保の両立を図る研究を実施したとのことである。もちろん信頼性も重要で、誤検出は排除する一方で、本物の崩壊は確実に捕捉できなければならない。

ところで、盛土の崩壊とは土砂が流失して構造物が部分的に消失することを指すが、切取区間では反対に、崩壊した土砂が流れ込んできて線路をふさぐ。つまり、同じ崩壊でも検出すべき現象が異なるので、検出用のセンサーは別々に必要になる。

過去の災害データや安全上の余裕を考慮して、盛土では線路方向4m以上で施工基面に達する崩壊を検出することとした。盛土に傾斜センサーを一定間隔で設けており、崩壊が発生するとこのセンサーが傾く。30度以上の傾斜が発生するとセンサーが作動するので、それと断線検知を併用することで、崩壊の発生を把握する仕組みである。

ポイントは、連続的な傾斜角の変化を検出する代わりに、30度以上の傾斜が発生したか否かだけをみている点だ。そこに断線検知を併用することで、センサーの数を抑制できてコストダウンにつながるのだそうだ。

一方、切取区間では過去のデータに基づき、崩壊土量2立方メートルの土砂が、4m以上の高さから流入する事象を検出することとした。こちらは線路脇にケーブルを設置して、それに断線検知を組み合わせる。土砂が流入するとケーブルが押されて動き、断線が生じるので、断線検出が土砂流入検出につながる理屈である。

いずれも、崩壊や土砂流入の発生を把握するだけでなく、それを迅速かつ確実に伝達する必要があり、そこで情報通信技術がモノをいう。しかも、崩壊や土砂流入の発生を指令所に伝達するだけでなく、走行中の列車に停止の指示を出さなければならない。後者には、本連載の第4回で取り上げた列車無線を利用する。

このシステムは実験による性能確認を経て、2001年度から全社的な導入を開始したとのことだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。