本コラムの第16回で、軌道・電気・信号などの検査を走りながら行う「検測車」について取り上げた。地上設備に限った話ではなく、車両の検査においても、自動化が進んでいるのは同じである。
先に登場したのは自動検査装置
その一例が自動検査装置である。筆者がこの手の機器の存在を初めて知ったのは1980年頃の話で、場所は営団地下鉄(現・東京メトロ)の綾瀬検車区だった。
すべて機械的に制御していた昔の車両と異なり、最近の車両はコンピュータ制御になっている部分が多い。そうなると目視検査だけでは対応できないので、コンピュータの動作を別のコンピュータを使って検査する、という方法には合理性が出てくる。
そこで、車両が入庫してきたら、検査装置を接続してさまざまな信号を入れてみて、動作に問題がないかどうか検査するわけである。もちろん、物理的な故障や破損ということも考えられるから、目視検査をまったく行わなくてもよいということはないのだが、機能面の検査だけでも自動化できれば効率的である。
1980年代から自動検査装置というものが存在していたのだから、情報通信技術が発達して、車両の側でもコンピュータ化が大幅に深度化した昨今であれば、ますます強力な自動検査装置が使われるようになっているのではないか……と思ったら、実はそういう訳でもないらしい。
最近はモニター装置が取って代わっている
本連載の第1回で、最近の大半の鉄道車両が備えている「モニター装置」について取り上げた。そこでも少し触れたが、モニター装置は機器の動作状況をリアルタイムで表示するだけでなく、動作状況を記録しておくこともできる。
しかもそれだけではなく、列車が走っている時にはモニター装置が車輪の回転数などの情報を基にして地点情報を把握している。だから、モニター装置がこれらの情報をまとめて持っておけば、後から「〇キロ地点を走行している時に△号車の×機器に不具合が生じた。その際の走行状況はかくかくしかじか」といった情報を読み出せる理屈だ。この辺の話については、本連載の第1回でも少し触れているので、記憶されている方もいらっしゃるだろう。
入庫後に報告を受けて機器を検査するよりも、不具合が発生したときのデータが残っている方が、容易に原因究明を効果的に行えるだろう。しかも、どういった運転操作を行っていたかまで記録しておけば、さらに原因究明が容易になりそうである。つまり、地上側の自動検査装置が高性能化するのではなくて、自動検査装置の機能を車上側に移してしまったような格好である。
地上側に検査装置を持つのであれば、メカはひとつで済む。ところが、車上側に持つと、メカは車両の数だけ必要になる。一見したところでは後者の方が非合理的に映るが、要は検査を効率化するのが目的だから、それが実現できる方が正解である。
それに、制御伝送化による統合制御が進んでいる昨今の車両であれば、検査機能を付け加えたからといってメカが増えるとは限らない。どのみちモニター装置があれば機器の動作を読み出す仕組みは必要になるのだから、検査を支援するための記録機能を付け加えたところで、増えるのはソフトウェアとストレージぐらいで済むかもしれない。
といったところで話を大脱線すると、同じように搭載機器の動作状況をリアルタイムでモニターして、かつ記録する仕組みを備えるのが、航空自衛隊がこれから導入するF-35戦闘機である。おっと、閑話休題。
さらに進化して予防的検知に踏み込む
車上でデータを記録するにしても地上で入庫後に検査するにしても、「問題なく機能しているかどうかの確認」「不具合が発生した後の動作確認とデータ収集」が主な機能である。不具合が発生した場合には、どうしても受け身の対応にならざるを得ない。
といったところで、東海道・山陽新幹線の「N700A」が導入したのが、「台車振動検知システム」である。電子機器ではなくて、足回りの根幹である「台車」、すなわちメカニカルな部分を対象としており、その台車に取り付けた振動センサーからの情報を常時監視するものだ。これは、通常と異なる振動が発生していないかどうかを常時監視することで、故障や異常が発生する前に兆候を把握して、事故を未然に防止しようというものである。
難しいのは、「正常な振動」と「異常な振動」の区別である。「正常な振動」に関するデータを収集・蓄積しなければならないのはもちろんだが、「正常」と「異常」を区別する閾値をどう設定するかというのも難しい課題だろう。誤検出を起こさない、信頼性の高いシステムに仕上げる必要があるから、閾値や判断の方法をどうするかは重要な課題だ。
今後、N700Aの数が増えて累積運転時間が増えれば、また大量のデータを蓄積することになる。1編成に32台の台車があり、ひとつの編成が1日に2,000km以上も走り、それが31編成(2016年度末の投入予定数)である。これだけの数と走行距離になれば、べらぼうな量のデータになることは容易に想像できる。
すると、それを活用した分析・対処やシステムの改良という話につながるだろう。(あまりやりたくないのだが)流行り言葉に乗っかるならば、これはとてつもない「ビッグデータ」ではなかろうか。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。