本コラムではどちらかというと、鉄道車両の基本機能や列車の運行に関わる部分における、コンピュータ技術、あるいは通信技術の関わりについて取り上げることが多くなっている。しかしそれ以外の分野でも、コンピュータや通信が関わっていることは多い。

そんな一例として、今回は車両の設計を取り上げてみよう。

有限要素法の導入による軽量車体の実現

鉄道車両も自動車や航空機と同様に、軽量化の要求が強い。線路が許容できる軸重は決まっているから、車両を軽量化できれば線路を傷めないし、省エネルギー化や搭載量の増加にもつながる。(軸重とは、輪軸ひとつあたりの重量のこと。一般的には2軸ボギー台車×2基で1両あたり4軸となるから、車重を4で割った値に相当する)

鉄道車両の車体(一般的には構体という)の製造に使用する材料には、炭素鋼、ステンレス、アルミ合金の3種類があり、一般的には、この順番で軽くなる。また、ステンレスやアルミでは表面無塗装とすることで保守の手間を省く事例が多いが、炭素鋼では錆びてしまうので、無塗装というわけにはいかない。

閑話休題。

軽く作ることを優先するのであれば、アルミ車体が理想的である。そのためもあって、現役の新幹線電車はすべてアルミ合金製の構体を使用している。しかし、最近ではコストダウンの工夫が進んできているものの、過去にはアルミ車体は炭素鋼やステンレスと比べて高価になる傾向があった。

そのためもあってか、数を作る必要がある通勤型車両ではステンレス構体の事例が多い。ところが前述したように、ステンレス構体はアルミ構体より重くなる。それでも、錆びて減る分を見込む必要がない分だけ炭素鋼より有利だが、できればもっと軽く作りたいという考えがあった。

そこで登場したのが、有限要素法(FEM : Finite Element Method)を駆使した立体解析によって構体の設計を合理化し、強度・剛性を落とさずに軽量化する手法である。この課題に本格的に取り組んだのが東急車輛製造(現・総合車両製作所)で、時期は1970年代後半のことだ。

そして、東京急行電鉄向けに8400型×2両を試作した後で、本格的な軽量ステンレス構体の量産車として東急8090系を生み出したのが1980年の末だ。従来の8000系と比べて、8090系では2トンほどの軽量化を実現した。これでもまだアルミ製構体よりは重いが、その差は大幅に縮まっている。構体だけで2トン減ったのだから大変なことだ。

そして、この手法を適用するのが一般的になり、現在ではいちいち「軽量ステンレス車」と謳う意味はなくなっている。みんな軽量ステンレス車だからだ。

元祖「軽量ステンレス車」、東急8090系

コンピュータによる構造解析の基本的な考え方

鉄道車両の構体は、L型・I型・T型といった断面を持つ材料で作った骨格と、その外側に取り付ける外板で構成するのが一般的だ。完成品は金属製の六面体だが、それぞれの面は骨格と外板の組み合わせで強度を持たせている。

これは炭素鋼の場合でもステンレスの場合でも変わらない。アルミ合金でも過去には同様の手法を用いていたが、それではアルミのメリットを生かしきれないということで、最近では別の方法、つまり大型押出形材を活用する方法が主流になっている。その話を始めると脱線してしまうので、今回は割愛する。

ともあれ、板材などを組み合わせて構成する構体に対して、さまざまな荷重がかかるので、それに耐えられるだけの強度・剛性を持たせた構体を作る必要がある。そこで有限要素法では、板材の集合体を、細かなトラス構造(鉄橋でおなじみの構造である)の集合体に置き換える形で計算処理を行う。

トラス構造であれば、力がかかった時に、トラスを構成する個々の部材の長さや角度に基づいて、それぞれの部位にどの程度の荷重がかかり、どの程度の変形が生じるかを計算しやすい。ただしときには、板材は板材としてモデル化することもある。

どういう形態であれ、モデルを作って計算式の形にして、コンピュータで計算処理を行うことで強度や変形の度合を計算する点で、本質的な違いはない。ただし、そこで精度を向上させるには、どういった形のモデルにするか、どこまで細かく分解して計算できるか、といった要素が関わってくる。また、個別の部位ごとに平面的に解析するのか、ひとつの構体に組み上げた状態で立体的に解析するのか、という違いも影響する。

一般的には、忠実度を高めるほど計算量が増えると考えられるので、それだけ大型・高性能のコンピュータが必要になる。内容や程度の違いはあるが、他のコンピュータ・シミュレーションでも似たような事情ではないだろうか。

ちなみに、構造計算に有限要素法を活用するのは、鉄道車両に限ったことではない。そもそも、東急車輛が有限要素法の活用による軽量ステンレス車体の実現に取り組んでいた時代に、広く使われていた有限要素法のソフトウェアは航空機産業向けだった。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。