飛行機や自動車では「コンピュータがないと、走るどころかエンジンすらかけられない」という状況になっているが、コンピュータ制御を多用しているのは鉄道車両も同じである。そこで今回は、その辺の話を。

VVVFインバータ制御装置はコンピュータ制御

日本では「鉄道 ≒ 電車」とみなされるぐらいに電気車を多用しているが、その電気車の動力源であるモーターを制御するシステムが、昔と今では大きく様変わりしている。現在の主流は、三相誘導電動機(永久磁石を使用する同期電動機を使用する車両も出てきている。両者の違いを述べ始めると長いので、今回は割愛)を使用するものだが、これの回転を制御するには、可変電圧・可変周波数の三相交流を出力する必要がある。

そこで使用するのが、いわゆるVVVF(Variable Voltage Variable Frequency)インバータである。直流を入力として可変電圧・可変周波数の三相交流を出力する機器で、これを使って誘導電動機や同期電動機をコントロールしている。最初に試験車が登場したのは1980年頃のことだから、実は意外と歴史が長い。

直流電化区間では架線から取り込んだ直流1,500Vをそのまま使えばよいが、新幹線のような交流電気車では、まず架線から取り込んだ単相交流20,000~25,000Vの電気を降圧・整流して直流にした後で、それをVVVFインバータに入れて可変電圧・可変周波数の三相交流を得ている。迂遠に見えるが、単相交流から直接変換するよりも具合がよい方法であるらしい。

そのVVVFインバータが、実はコンピュータ制御の対象になっている。だから、ソフトウェアを手直しすることでVVVFインバータの動作が変わったり、それによって発する音が変わったりすることがある。昔の制御器であれば、機械的に電気接点を切り替えることで速度を変えていたが、いまはコンピュータ制御の無接点となったわけだ。保守の手間を軽減するだけでなく、たとえば加速性能の手直しをソフトウェアの変更で行える。

VVVFインバータ装置の例(つくばエクスプレスTX-2000系)。これもコンピュータ制御している機器のひとつ

ディーゼル・エンジンもコンピュータ制御

電気車を使えない非電化区間では、主役はディーゼル・エンジンということになるが、こちらもコンピュータ制御化している。高出力・低燃費に加えてクリーンな排気を追求する必要があるのは自動車用のディーゼル・エンジンと同じで、コモンレール化や電子制御化といった流れを取り入れている点も同じだ。

ディーゼル・エンジンの出力制御は燃料噴射量の調整によって行うが、昔はそれを機械仕掛けで行っていた。いわゆるガバナという機械である。車両用のディーゼル・エンジンは速度の変化に合わせて頻繁な回転数の変動が発生するため、一定の速度で回し続ける場合よりも要求が厳しい。広い回転数範囲に渡って最適な制御を行わなければならないからである。

そこで使用するのがコモンレール式ディーゼルという話になる。従来は、燃料噴射に必要な圧力を作り出す噴射ポンプにガバナを組み合わせていたが、コモンレール式では金属製のパイプ(レール)に圧力をかけた燃料を蓄積しておいて、そこから噴射させる操作を電子制御によって実施する。機械仕掛けで制御するよりもきめ細かい制御が可能になるので、その分だけ無駄な燃料を使わずに済み、かつ高出力とクリーンな排気ガスを実現できる。

また、エンジンと車輪の間に入る変速機もコンピュータ制御になっているが、この辺の事情は自動車用の自動変速機と似ている。昔であれば運転士が手作業で変速・直結の切り替えを行っていたが、いまはそれをコンピュータが自動的にやってくれる(直結とは、自動車でいうところのロックアップである)。さらに直結段の多段化によって、かつては想像もできなかったような韋駄天特急型機動車が登場した。

動力源にとどまらないコンピュータ制御

こうした動力源以外のところでも、コンピュータ制御を用いている場面がある。たとえば、N700系・E5系・E6系といった新幹線電車で使用している車体傾斜制御がそれだ。

これは、カーブを高速で走る際に超過遠心力による乗り心地の悪化を防ぐ目的で、車体をカーブの内側に傾斜させるものである。誤解のないように書き添えておくと、もともとカーブにおける速度制限は余裕を持たせた設定になっているので、制限速度をちょっと超えたぐらいでは脱線や転覆には至らない。しかし、乗り心地の悪化にはつながるので、それを考慮して制限速度を決めている。

車体を傾斜させるだけなら、旋回時に内側に傾斜させる飛行機や自転車やオートバイと似ているが、鉄道車両が他と異なるのは、複数のハコを連結して走っている点である。だから、先頭車両がカーブに進入しても、後ろの方の車両はまだ進入していないし、カーブから抜けるときはその逆になる。

たとえばN700系の16両編成は全長400m以上ある。そこで先頭車から最後尾車まで一斉に傾けたり引き戻したりするのでは、ハコによってカーブとのタイミングが合わないケースが出てきて、何のための車体傾斜だか分からなくなってしまう。だから、強制的に車体を傾斜させる場合には、先頭車から順番に、カーブに進入するタイミングに合わせて車体を傾斜させる必要がある。カーブから抜けるときも同様で、先頭車から順番に元に戻していく必要がある。

N700系はカーブに進入すると、速度に合わせて先頭車から順番に車体傾斜を作動させる。E5系やE6系も同様である

そこで、本連載の第5回で取り上げたデジタルATCを活用して、まず列車の正確な位置を把握する。デジタルATCでは停止すべき位置を列車に通知するようになっているから、その際の減速パターンを算出するには現在位置を知る必要があるのだ。そこで、現在位置を正確に把握するための仕組みを用意してあり、それを活用する。

そして、線路のどこにどれだけの曲率を持つカーブがあるかは事前に分かっているから、自車位置と速度が分かっていれば、カーブに進入するタイミングをハコごとに算定できる理屈である。同じ内容の編成が同じ場所を走っていても、速度が異なれば車体傾斜のタイミングが違ってくる点に留意されたい。

ちなみに、JR各社の在来線で使用している「制御付き自然振子」も同じである。カーブに進入する際に、先頭車から順番に空気シリンダで車体傾斜を引き起こし、カーブから抜ける際には先頭車から順番に引き戻す。

ただし、空気シリンダが行うのは「きっかけ作り」だけで、その後に「振る」動作は遠心力によって実現している。つまり、傾斜をすべて強制的に行っているわけではないのだが、位置情報に基づいて先頭車から順番にスムーズな車体傾斜を起こすことで円滑な高速運転を可能にするという、根幹の部分は似ている。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。