過去3回に渡って「陸戦におけるITの利用事例」について取り上げてきた。

ところで、これまでは「当たり前すぎる」という理由で書いてこなかったのだが、IT化に必要な各種の機材を動作させるには電源が要る。実は陸戦になると、その電源の確保が大問題だ。そして、そこでまたITが関わってくるという無限ループのようなことになっている。

電源の確保は大問題

陸・海・空を問わず、コンピュータやセンサーやネットワーク機器を動作させるには電源が必要である。しかも、電力会社から電力を買ってくればよい一般市民と違い、何もインフラがないところで仕事をする軍隊の場合、その電源も自前で用意しなければならない。

もっとも、艦艇は自前で発電機を持ち歩いている。コンピュータやセンサーやネットワーク機器だけでなく、照明や兵装、各種の機器を動作させるためにも電源は不可欠の存在だから、航行用の主機とは別に発電機を、それも冗長化のために複数台搭載している。もちろん、電源系統の配線も冗長化している。

その電力供給能力といったら、海上自衛隊の護衛艦クラスでも、ちょっとした小さな街の電力をまかなえるぐらいになる。ましてや米海軍の原子力空母になれば、乗組員だけで6,000名かそこらいるのだから、まさに「ちょっとした街」であり、相応の電源供給能力がある。

では、飛行機はどうか。エンジンが回っていれば、そこに取り付けた発電機を使って電力を得ることができる。用途によっては膨大な電力を食うので、発電機を増強していることもある。その典型例が早期警戒機だ。

では陸戦はどうかというと、車両なら航空機や艦艇と同様、エンジンに発電機を取り付けている。ただし、それだとエンジンを回していなければ電力を得られない。戦車にしろその他の装甲戦闘車両にしろ、常に走り続けているわけではないし、停止しているときにもエンジンを回し続ければ燃料消費が増える。そこで最近では、停止しているときに使う補助エンジンを別途搭載して、そちらから電力を得るケースも出てきた。

問題は、地上の駐屯地や前線作戦基地(FOB : Forward Operating Base)、あるいは監視哨といった施設である。本国の駐屯地ならいざ知らず、戦地では、出向いた先に電力会社があって、電気の供給を受けられるなんてことは期待できない。だから、発電機も自前で持っていく。

アフガニスタンのバグラム基地に設けた発電施設。コンテナに格納した発電機をズラッと並べて「発電所」を構成している(出典 : US Army)

発電機を動かすには燃料が要る

たいてい、使用するのはディーゼル発電機である。ディーゼル発電機なら車両用の燃料(つまり軽油)を共用できるし、値段も比較的安い。しかし、照明・空調に加えてコンピュータやセンサーやネットワーク機器まで動作させるとなると、電力の所要が増えて、その分だけ発電機の台数が増える。

そして発電機の台数が増えれば燃料消費が増える。インフラがないところに出向いて任務を果たすのだから、当然、必要な燃料も自前で運び込まなければならない。いちいちパイプラインなんていう不動産を設置するのも非現実的だ。第一、そんなものを設置したら、敵に襲撃目標をくれてやるようなものである。

すると、燃料輸送車の車列を連ねてFOBや監視哨に向かわせる必要がある。ところが昨今のアフガニスタンみたいなところでは、その車列が敵に襲われる。米空軍が以前に、燃料入りのドラム缶を大量に空中投下する壮絶な映像をリリースしたことがあるが、これでは投下する燃料よりも、それを運ぶための燃料代の方が高くつく。

米空軍が2011年2月にアフガニスタンで行った、燃料の空中投下。このときには120組の燃料入りドラム缶を投下した(出典 : USAF)

そこで最近、戦地の駐屯地、FOB、監視哨といったところで「電力の効率的利用」や「発電機の燃料消費低減」が大真面目に語られるようになってきた。

例えば、天気のいい場所であれば、太陽光発電システムを持ち込む事例が出ている。電力消費量があまり多くない機器であれば、これでもなんとかなる。また、個人携帯用の電子機器で不可欠なアイテムとなる、バッテリの充電にも有用だ。

さらに、電力の効率的利用ということで、マイクログリッドの話が出てきた。つまり、戦地の特定の場所に限定して、スマートグリッドを小規模展開するのだ。

昼間なら照明用の電力所要は減るだろうし、任務の状況や人の増減によっても電力消費は増減する。そうした状況を受けて電力の供給・分配を最適化して、できるだけ無駄なく、発電機で起こした電力を活用しようというわけだ。

それで発電用燃料の消費が少しでも減れば万々歳である。発電機や燃料の所要が減れば、兵站業務の負担軽減や、燃料輸送にあたる車列が襲われる危険性の低減につながるからだ。

車両だけでなく艦艇でも同様の傾向があるが、「走行・航行用以外の電力所要が増えているのなら、いっそのこと電気駆動やハイブリッド駆動にして、すべて同じ発電機から供給するようにすれば」という発想が出てくる。つまり、走行・航行用の発電機を同一系統にまとめて、必要に応じて配分すればよい。

そうなると、今度はひとつのヴィークルの中でマイクログリッドみたいなものを構築する話になるかも知れない。もしもそういう方向に世の中が進めば、BAEシステムズ社みたいに、民生用にハイブリッド駆動のバスを手掛けているメーカーは、有利な立場を得られる可能性がある。ちなみに、日本の防衛省技術研究本部でもハイブリッド駆動の研究を進めている。

ただ、武器用と走行・航行用がうまい具合にバランスするとは限らず、ときには両方で同時に所要が増えてしまう可能性もある。ひょっとすると「どうしても交戦のために武器に電力を回さなければならないから」といって走行・航行用の電力を召し上げられて、宇宙戦艦ヤマトの波動砲みたいなことが起きるかも知れない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。