Web業界では世界と日本は非対称
今回の主役は中堅商社のU社長ですが、彼の下で働く社員の気持ちがよくわかるのは、その行動がWeb業界でよく見るものだからです。今、Web業界ではFacebookが地殻変動を起こすと大騒ぎしています。
Facebookとは、「5億人以上の利用者がいる世界最大のSNS」です。さらに、SNSとは参加者同士のコミュニケーションを目的とするネットサービスの総称で、日本国内ではミクシィやグリーなどが有名です。そしてツイッターの次はFacebookというわけです。
結論を述べれば、「おNew」なサービスが上陸するたびに、白が黒に置き換わる「オセロ」のようなパラダイムシフトが起こると語るのはWeb業界の悪弊です。日本にはミクシィやグリー、あるいはモバゲーがすでにあり、この利用者のすべてがFacebookに乗り換えることなどあり得ません。
Web業界人は世界最大を持ち出してFacebookの優位性を語りますが、検索市場で世 界制覇をしたグーグルが日本国内ではヤフーの後塵を拝し続けた事実からも、Webにおいて世界と日本が非対称であることは証明されています。第一、世界の多くは英語圏です。
おNewなモノに振り回される日本人
英語圏で5億人の利用者がいたとしても、英語を自在に操れる日本人はマイノリティにすぎないことから、Facebookが国内市場に与える影響は軽微と導き出されるのは単純な算数です。そして何より、国内市場において最大のハードルとなるのは、Facebookが実名での登録が規約に明記されているということです。
かつて、ミクシィも実名で利用されていると喧伝されました。実名によるSNSの利用は、匿名掲示板による誹謗中傷、事実無根が書き散らかされる無法地帯との対極の位置にあります。つまり、個人が特定されることを由来とする安心感が叫ばれたのですが、普及と反比例する形で実名率は急速に下落しました。また健全な利用者であっても、実名公開をためらうのは奥ゆかしい日本人の特性と言えるでしょう。
拙著『Web2.0が殺すもの』で指摘したことですが、日本のWeb業界は新しいモノを実力以上にもてはやす「おNew0.2」なのです。死語のような「おNew」としているのは懐古趣味ではなく単なるイヤミです。
そのWeb業界と中堅商社のU社長が重なります。おNewな商品を見つけるたびに「パラダイムシフトが来る」と大騒ぎし傾倒します。そんなU社長が現在力を入れているのは電磁波により発光するという特殊な鉱物を用いたエコグッズで、既存の照明器具の半分の電気使用量で、従来以上の照度を実現すると発明家が持ち込んだ代物です。U社長は「ノーベル賞ものだ」と飛びつきました。
先行者利益はそうそう転がっていない
生活雑貨を扱う同社は「コダワリの男性向け調理器具」という企画を立て、従来のBtoB路線からコンシューマ向けのBtoCへの展開を目指しており、そのための調査も準備も進んでいました。しかし、それらは置き去りにされ、おNewな新商品に社内リソースのすべてが投じられます。この企画が成功すれば、U社長は自らの慧眼を自慢し、失敗すれば社員の怠慢をなじります。
ちなみに、Web業界では「おNew」なサービスが普及しなかった場合、日本人のリテラシー不足、日本社会の閉鎖性、あるいは英語教育を理由に挙げて、自分たちの目が節穴だったことを認めることはありません。
ここで、時計の針をバブル期まで戻します。当時のU社長はバブルに躍らされることなく、小さな取引を大切にする商売を営んでいましたが、知人が偶然見つけたおNewな商品で一山当てて大企業に成長していく姿を見て焦りを覚えます。バブル経済が弾けたことで冷静さを取り戻しましたが、次にはインターネットというおNewがやってきます。いち早く取り組んだ別の知人がネット通販で急成長し、現金でマンションを買ったことを知ります。これが「おNew」に傾倒するようになった理由です。
確かに「先んじれば制す」はビジネスの鉄則です。他社に先駆けて参入すれば実入りも大きく、これを「先行者利益」と言います。しかし世の中、そんなに美味しい話が簡単に転がっているほど甘くはありません。
Web業界人のビジネスモデルに騙されるな
それからのU社長はホームページを開設し、メルマガブームに追いすがり、ブログにもキャッチアップしました。もちろん仮想空間「セカンドライフ」への参加も忘れません。商用利用を禁じているミクシィを研究し、ツイッターはもちろんFacebookのアカウントも取得しました。
しかし、「おNew0.2」な彼に福音は響きません。そもそも、ノーベル賞級のおNewな商品は試作品どころか、そのメカニズムも発明家も甚だ怪しいのです。おNewに飛びつくU社長の下には、おNewを売り込む怪しい人脈が出入りしており、彼は「おNew」に振り回され続けます。
「これからは●●」とおNewを持ち上げるWeb業界人は多いです。しかし、そこまでわかっていながら、「●●」で儲かった人を見たことがありません。実際にいるのは「●●」の「コンサルタント」や「評論家」という「周辺産業」だけです。そして、日本のWeb業界人の喧噪をよそにFacebookとミクシィは連携を始めました。
エンタープライズ1.0への箴言
「おNewがすべてを塗り替えることはない」
宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは